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17話 地下の隠れ家と3年前の真実


 解体屋たちの追跡を振り切り、カノアたちはギア・ガルドの地下層へと逃げ込んでいた。


 地上とは打って変わり、そこは放棄されたパイプラインと蒸気が支配する迷宮だった。魔導灯の明かりも届かず、錆びついた鉄骨の隙間から汚水が滴り落ちている。


「ここなら、簡単には見つからないはずだ」


 カノアは周囲の気配を探りながら、古びた配管整備用の小部屋にルミナとヒルダを招き入れた。


 ヒルダは重そうに腰を下ろすと、背中の大剣をそっと床に置いた。

 その動作一つ一つに、今までにはない疲労の色が滲んでいる。


「……助かったわ。まさか、あんな大立ち回りを演じることになるなんてね」


「凄かったよ、ヒルダさん。あの剣技、さすがは騎士団長様だな」


 カノアが感心したように言うと、ヒルダは自嘲気味に笑った。


「元・よ。剣が使えなきゃ、ただの鉄屑だわ」


「……ねえ、ヒルダさん」


 ルミナが恐る恐る口を開いた。

 彼女は、先ほどの戦いで一瞬だけ見えた、ヒルダの「幻影」が頭から離れないでいた。


「さっき、ヒルダさんの姿が透けて見えたの。すごく……綺麗で、悲しそうな人の姿が」


「……そう。貴女たちには視えたのね」


 ヒルダは兜を外し、中身のない空洞の首元を晒した。

 そして、ため息のように言葉を紡ぎ始めた。


「話さなきゃいけないわね。私がなぜ、剣を封印していたのか。そして、なぜこんな姿になったのかを」


          ◇


 三年前。


 当時二十四歳だったヒルダは、王国史上最年少、かつ女性初の近衛騎士団長として、王家の守護を任されていた。


 彼女が特に目をかけていたのは、当時わずか十歳だった第二王女、ミリアだった。


「ミリア様は、魔力を持たない代わりに、とても聡明で優しい子だったわ。私は彼女を守ることを誇りに思っていた」


 だが、その平穏は唐突に終わる。

 ヴィオラの襲撃だ。


 魔女は王城の結界をすり抜け、深夜の寝所に現れた。狙いはミリア王女の「若さ」と「無垢な魂」。


「私は戦ったわ。愛剣を振るい、ヴィオラを追い詰めた。……力比べなら、私の方が上だったのよ」


 だが、ヴィオラは卑劣だった。

 彼女は隠し持っていた『呪いの短剣』を、自分ではなく、怯えるミリア王女の喉元に突きつけたのだ。


『動けば、この子の喉を裂くわよ?』


 その一言で、ヒルダは動けなくなった。

 騎士として、主君の命を危険に晒すことはできない。


『剣を捨てなさい。そして、お前のその美しい肉体を差し出せば、この子は助けてやる』


 ヴィオラの要求は、ヒルダの肉体だった。

 鍛え抜かれた完璧なプロポーション。傷一つない肌。老いることのない強靭な器。


 それは、他人のパーツを継ぎ接ぎして生きるヴィオラにとって、喉から手が出るほど欲しい「土台」だったのだ。


「私は……受け入れたわ。ミリア様が助かるなら、私の命など安いものだと思った」


 ヒルダは剣を捨て、無抵抗のままヴィオラの魔法を受けた。

 魂を引き剥がされる激痛。自分の体が乗っ取られる喪失感。

 だが、それ以上に彼女を絶望させたのは、ヴィオラの裏切りだった。


『バカな女。……まあ、約束通り命だけは助けてあげるわ。ただし――』


 ヴィオラはミリア王女に「忘却の呪い」をかけ、さらにヒルダの肉体を使って、王女を城外へと連れ去ったのだ。


 現場に残されたのは、魂をこの鎧に封じ込められた私だけ。


「私は、肉体だけでなく、騎士としての誇りも、守るべき主君も、全て奪われた。……世間では、私は行方不明扱いになっているけれど、実際は何も守れなかった敗北者よ」


 ヒルダの声が震える。

 鉄の身体には涙を流す機能はない。だが、その慟哭は痛いほどに伝わってきた。


「だから、剣を持てなかった。剣を持つと、あの日、無力だった自分を思い出してしまうから」


「……でも、今日は持てたじゃん」


 カノアが静かに言った。


「ルミナを守るために、アンタは剣を抜いた。……十分立派な騎士だよ」


「カノア……」


「酷い話だけどさ。逆に言えば、アンタの肉体も、王女様も、まだヴィオラの手のひらの上にあるってことだろ? なら、取り返せる」


 カノアはニヤリと笑った。

 その笑顔には、悲壮感など欠片もない。ただ、確かな「未来」を見据える強さだけがあった。


「取り返そうぜ、全部。肉体も、名誉も、王女様もさ」


「……ええ。そうね」


 ヒルダの声に、力が戻る。

 そして彼女は、ハッとしたように顔を上げた。


「そうだわ。この街の地下には、王政に反対する『レジスタンス』がいるという噂を聞いたことがあるの。彼らなら、王女の行方や、城の裏事情を知っているかもしれない」


「へえ、そんな連中がいるんだ。話が早いじゃん」


 カノアは立ち上がり、愛剣を肩に担いだ。


「じゃあ、次はそいつらを探しに行こうか。……この地下迷宮のどこかにいるんだろ?」


 カノアが歩き出す。

 その後ろ姿を見つめながら、ヒルダはふと、胸の奥が熱くなるのを感じた。


(ねぇ、気付いてる? カノア)


 ヒルダは心の中で、そっと彼に語りかけた。


(あなたはルミナや私を眩しい光だと言うけど……その私たちを暗闇から照らし出してくれた一番強い光は、あなた自身なのよ)


 闇の中で輝くのは、虹色の魂だけではない。

 それを「美しい」と肯定し、前に進む力を与えてくれる、この盲目の少年の魂こそが――誰よりも眩しい希望なのだと。


 ヒルダは静かに兜を被り直した。

 鉄の顔の下で、彼女は確かに微笑んでいたように見えた。それが幻影だとしても。


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