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16話 機構都市とハイエナたち

 

 数日の旅路を経て、森の空気が変わった。

 木々の緑の匂いに混じって、焦げた鉄とオイルの匂いが漂ってくる。


 地面を揺らす微細な振動。遠くから聞こえる、重厚な蒸気の排出音。


「……着いたみたいだな」


 カノアが足を止め、前方を指差した。

 街道を抜けた先の盆地に、その巨大な都市は鎮座していた。


 鉄機都市『ギア・ガルド』。

 無数の煙突から黒煙と白煙が立ち上り、都市全体が巨大な機械仕掛けのように歯車とパイプで覆われている。


 ベル・ルージュのような煌びやかさはない。あるのは、無骨で実用的な「鉄」の機能美だ。


「わぁ……すごい。街全体が動いてるみたい」


 ルミナが仮面の奥で目を輝かせる。

 だが、最後尾を歩くヒルダの足取りは、いつになく重かった。


「……変わらないわね。相変わらず、錆と油の匂いが鼻につくわ」


 兜の奥から漏れる声には、懐かしさよりも苦い感情が混じっているように聞こえた。


「ヒルダさん、大丈夫? 調子悪いなら、街の外で待ってる?」


「いいえ、平気よ。……それに、この巨体をメンテナンスできるのは、この街の技師くらいだもの。避けては通れないわ」


 ヒルダは強がるように胸を張った。

 カノアたちは頷き、都市の正門へと向かった。


 ギア・ガルドの門番は、人間ではなく蒸気駆動のゴーレムだった。無機質なレンズが三人を見下ろすが、通行料さえ払えば誰でもウェルカムなのが、職人の街らしい。


 街に入ると、そこは喧騒の坩堝るつぼだった。

 蒸気自動車が行き交い、工房からはハンマーを叩く音がリズムのように響き渡る。


 すれ違う人々は皆、油にまみれた作業着を着ており、ルミナの仮面やヒルダの巨体にも、一瞬驚きはするものの、「変わったオートマタか?」程度の反応ですぐに興味を失っていた。


「ここなら、あまり目立たずに済みそうね」


 ヒルダが安堵の息を漏らす。

 だが、その認識は甘かった。


 この街において、「目立つ」という意味は「美しい」ことではない。「金になりそうな素材」であることだ。


 街の裏通り、整備工房を探して歩いていた時のことだ。

 ガラの悪そうな男たちが、道を塞ぐように現れた。

 身体の一部を機械化したサイボーグや、巨大なレンチを担いだ解体屋(ジャンク屋)たちだ。彼らの視線は、ルミナでもカノアでもなく、一点に集中していた。


 ヒルダの全身を覆う、ヴィオラ特製のフルプレートアーマーに。


「おいおい、上等なモンが歩いてるじゃねぇか」


「あの装甲……オリハルコン合金か? いや、もっとレアな古代金属かもしれねぇ」


「中身は空っぽみてぇだが、ガワだけで城が建つぞ」


「ヒャッハァ!お宝が歩いてるぜ!」


 男たちが舌なめずりをする。

 彼らにとってヒルダは人間ではない。歩く宝の山だ。


「……どいてくれる? 私たちは急いでるの」


 ヒルダが低い声で警告する。

 だが、男たちは怯むどころか、ニヤニヤと笑いながら包囲網を縮めてきた。


「へえ、喋る機能付きか。高級な自律型ゴーレムってとこか?」


「持ち主はそこの盲人と、仮面の嬢ちゃんか? 悪いが、この街じゃあ『落とし物』は拾ったもん勝ちなんだよ!」


 リーダー格の男が合図をすると、周囲の建物の陰からさらに十数人の男たちが現れた。


 手には、対重装甲用の「パイルバンカー」や「高圧電流ロッド」が握られている。完全に狩る気だ。


「……人気者は辛いね、ヒルダさん」


「皮肉を言っている場合じゃないわ。……私のせいで、ごめんなさい」


 ヒルダは身体を縮めるようにして、ルミナを背後に庇った。

 その背中には、ボロ布でぐる巻きにされた「長大な棒状のもの」が背負われている。だが、彼女はそれを使おうとはしない。


「いくぞ! バラしてパーツ売りだ!」


 解体屋たちが一斉に襲いかかった。

 カノアが剣を抜き、迎撃に出る。


「ルミナ、離れるなよ!」


 カノアの剣閃が走り、先頭の男の武器を弾き飛ばす。

 だが、数が多い。しかも、彼らの狙いはカノアではない。一番大きく、高価なヒルダだ。


 ドガガガッ!!


 四方八方から放たれた鉄杭が、ヒルダの鎧に直撃する。

 『物理無効』の加護があるとはいえ、衝撃までは完全に消せない。ヒルダの巨体が揺らぐ。


「効いてるぞ! 電流を流せ!」


 ジジジジッ!

 数本のスタンロッドが鎧に突き立てられ、青白い電光が迸る。


「くぅッ……!」


 ヒルダが苦悶の声を漏らす。

 彼女は反撃しなかった。ただひたすらに腕組みをして、ルミナへの流れ弾を防ぐ「壁」に徹している。


「ヒルダさん! 戦って! その背中のやつ、武器なんでしょ!?」


 ルミナが叫ぶ。

 だが、ヒルダは頑なに首を振った。


「だめ……。私はもう、騎士じゃない。あの日、王女様を守れず、身体を奪われた私が……剣を握る資格なんて……」


 三年前のあの日、彼女は守るべきものを守れず、剣を捨てて降伏した。

 剣を持つことは、彼女にとって「敗北と無力」の象徴なのだ。


「そんなこと言ってる場合かって!」


 カノアが叫び、ヒルダに群がる男たちを蹴散らす。

 だが、多勢に無勢。

 隙を突かれ、一人の男がルミナへと肉薄した。


「この女も連れか! 人質にしてやる!」


「きゃあッ!」


 男の油まみれの手が、ルミナの腕を掴む。

 その瞬間。


 ゴォォォォォォンッ!!


 大気が震えた。

 男の身体が、紙屑のように吹き飛んだのだ。

 カノアではない。

 ヒルダだ。


 彼女が裏拳を振り抜いたその先で、男が壁にめり込んでいる。


「……私の、大事な仲間に」


 ヒルダの鎧から、凄まじい熱気が噴き出した。

 蒸気ではない。それは、彼女の魂が燃焼する音。


「その汚い手で、触れるなァッ!!」


 ヒルダの手が、背中の包みに伸びた。

 迷いは消えていた。

 過去の誇り? 騎士の資格? そんなものはどうでもいい。


 今、目の前にいる大切な「この子」を守れないなら、それこそ私はただの鉄屑だ。


 バリバリバリッ!


 布が引きちぎられる。

 現れたのは、身の丈を超えるほど巨大な、白銀の大剣ツヴァイヘンダー

 刀身に刻まれたルーン文字が、月光のように蒼く輝き出す。


 ヒルダはそれを片手で軽々と振り回し――そして、顔の前で垂直に掲げた。

 騎士の礼。


 だが、それは儀礼ではない。戦場において、敵に「死」を宣告するための構え。


「近衛騎士団長ヒルダ……参ります」


 静かな宣言。

 その瞬間、カノアの『心眼』が捉えた世界が、真っ白に染まった。


「……うわ、アンタもかよ!……まぶしっ」


 カノアは思わず目を細める。

 ルミナを初めて見た時同様。


 ヒルダの魂から放たれる光が、強烈すぎたからだ。

 それは単なる魔力光ではない。彼女の全盛期、肉体を持っていた頃の生命の輝きが、剣を通じて具現化しているのだ。


「視えるよ……カノア」


 ルミナが呆然と呟く。

 彼女の目には、無骨な鋼鉄の鎧の上に重なるように、一人の女性の姿が透けて見えていた。


 流れるような美しい銀髪。意志の強さを宿した黄金の瞳。そして、女神のように鍛え抜かれたしなやかな肉体。


 かつて最強と呼ばれた、騎士の幻影。


「はぁぁぁぁッ!!」


 ヒルダが踏み込む。

 一閃。

 ただの横薙ぎではない。大気が断裂し、衝撃波が扇状に広がる。


 ドォォォォォォォンッ!!


 前方にいた三十人の解体屋たちが、一撃で吹き飛んだ。

 パイルバンカーも、スタンロッドも関係ない。圧倒的な「個」の暴力が、群れを粉砕する。


「な、なんだコリャァァァ!?」


「バケモノだ! 逃げろぉぉ!」


 残った者たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

 だが、ヒルダは止まらない。


 銀色の幻影を纏い、舞うように大剣を振るう。その姿は、無骨な鎧の巨体とは思えないほど優雅で、そして恐ろしいほどに美しかった。


「貴方たちが売ってきた喧嘩でしょう! 男らしく責任を果たしたらどうなの!」


 ヒルダが大剣を地面に突き立てる。

 衝撃で石畳が波打ち、周囲の敵が転倒する。

 完全な制圧。

 カノアは口笛を吹いた。


「へえ……。アンタ、剣を持つと性格変わるタイプ?」


「……うるさいわね。少し、昔の血が騒いだだけよ」


 ヒルダはふんと鼻を鳴らし、大剣を再び背中の留め具に戻した。

 幻影が消え、いつもの無骨な鎧姿に戻る。


 だが、その魂の色は、以前のような後悔の灰色ではない。

 誇り高き、黄金の輝きを取り戻していた。


「行くわよ。……この騒ぎで、警備のゴーレムたちが来る前に」


 ヒルダが歩き出す。

 その背中は、どんな城壁よりも頼もしく見えた。

 

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