15話 最高の復讐
ザインが去った後の森には、再び静寂が戻っていた。
カノアたちは街道を少し外れた小川のほとりで野営の準備を整えていた。
焚き火の炎がパチパチと爆ぜる。その暖かな光が、三人の顔を照らしていた。
「……生きたバッテリー、か」
カノアが、焼きあがった串焼き肉を回しながらポツリと呟いた。
先ほどのザインの言葉が、まだ耳に残っている。
自分たちが生かされていた理由。五年間の苦しみが、すべてヴィオラの美貌を維持するための養分だったという事実。
普通なら、絶望するか、激昂するところだろう。
「ふざけた話だね。俺の苦労が、あの魔女の化粧水代わりだったなんてさ」
カノアは鼻で笑った。だが、その声に悲壮感はない。
「でも、逆に言えば……私たちが幸せになることが、あの女への一番の攻撃になるってことよね?」
ヒルダが、焚き火に薪をくべながら言った。
彼女もまた、肉体を奪われた被害者だ。だが、彼女の『生体鎧』の奥にある魂は、力強く燃えている。
「うん。ザインは『君たちの存在は、ヴィオラ様を内側から腐らせる猛毒だ』って言ってたね。」
「猛毒、か。……私たちが、毒」
ルミナが自分の手を見つめる。
以前なら、自分が「毒」だと言われれば傷ついていただろう。
けれど今は違う。
その毒は、悪しき魔女を討つための、希望という名の毒なのだ。
「ねえ、カノア」
ルミナが顔を上げた。
焚き火の明かりに照らされた陶器の仮面が、オレンジ色に輝いている。
「私、決めたよ」
「ん? 何を?」
「私、もっともっと幸せになる。美味しいものを食べて、綺麗な景色を見て、歌を歌って……カノアやヒルダさんと笑い合うの」
ルミナの声は弾んでいた。
「それが、ヴィオラへの復讐になるなら……私、全力で幸せになってやるんだから!」
その言葉に、カノアは一瞬きょとんとして――次の瞬間、吹き出した。
「ぶっ……! あははは! 最高じゃん、それ!」
カノアは腹を抱えて笑った。
なんて痛快な復讐だろう。
相手を憎み、血眼になって殺しに行くのではない。
ただ自分たちが笑い、人生を謳歌することで、敵が勝手に苦しみ悶えるのだ。これほど愉快な話はない。
「いいねえ、乗ったよその案。俺も全力で協力する」
「私もよ。……まずは、この旅を最高の思い出にしましょうか」
ヒルダも優しく笑う。
重苦しい空気は完全に消え失せていた。
ザインの残した不穏な警告も、今の彼らにとっては、絆を深めるためのスパイスでしかない。
「よし、じゃあ早速だけど」
カノアは串焼きをルミナに差し出した。
「まずは腹ごしらえだ。見た目は悪いけど、味は保証するよ」
「うん、いただくね!」
ルミナが仮面を少しずらし、串焼きにかぶりつく。
もぐもぐと頬張るその姿を、カノアは『心眼』で見守っていた。
彼女の魂から溢れる「美味しい」「幸せ」という感情の色彩。
それが今この瞬間も、遠く離れた王都の城で、ヴィオラの顔に新たな皺を刻んでいるかと思うと、肉の味も格別だった。
「……食ったら寝て、明日は早起きだ。次の街まではまだ距離があるからな」
「次の街って?」
「『鉄機都市ギア・ガルド』。……ヒルダさんの故郷の近くだ」
カノアの言葉に、ヒルダの鎧がカシャンと音を立てた。
「ギア・ガルド……懐かしいわね。あそこなら、私のこの体(鎧)のメンテナンスもできるかもしれないわ」
「それに、美味い機械油もあるらしいよ?」
「あら、私は油なんて飲まないわよ? ……まあ、潤滑油くらいなら試してもいいけど」
軽口を叩き合う三人。
夜空には満天の星。
復讐の旅は、いつしか「幸福な旅」へとその色を変え始めていた。
だが、彼らは忘れていない。その幸福こそが、最大の武器であることを。




