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最終話 君は、世界で一番綺麗な色をしている


 新しい朝が来た。


 小高い丘の上で、カノアは目を覚ました。

 瞼を開けても、そこに光はない。


 昨日見た夕暮れの黄金色も、ルミナの涙の輝きも、今はもう記憶の中にしかない。


 完全なる闇。

 物理的な視力は、その役目を終えて永遠に閉ざされたのだ。


 けれど、カノアは恐怖を感じなかった。

 手を伸ばせば、すぐ隣に温かい気配がある。


 規則正しい寝息。

 ルミナだ。彼女は昨夜、カノアの手を握ったまま眠ってしまったらしい。


「……おはよう」


 カノアが小声で呟くと、隣の気配がもぞもぞと動いた。


「ん……カノア……?」


 眠たげな声。

 声帯を取り戻した彼女の声は、朝露のように澄んでいて、聞くだけで心が洗われるようだ。


「おはよう、ルミナ。……よく眠れた?」


「うん。……すごく、いい夢を見たよ」


 ルミナが身を起こし、大きく伸びをする音が聞こえる。

 カノアの『心眼エイドス』が、ゆっくりと起動した。


 真っ暗だった世界に、ふわりと色が灯る。

 ルミナの魂の色。

 それは、朝焼けの空よりも美しく、透明な虹色をして輝いていた。


「おーい! 二人とも! 朝だよー!」


 元気な声が降ってくる。

 フィーネが、木の上から飛び降りてきた。


 彼女は両手に抱えきれないほどの果物を持っている。


「見て見て! 森の奥ですごいの見つけたんだ! これ、絶対甘いやつだよ!」


「朝から元気ね、フィーネ」


 呆れたような、けれど優しい声。

 ヒルダが、小川で水を汲んで戻ってきた。

 彼女の魂は、銀色に輝いている。


 かつてのような冷たい鋼鉄の色ではない。陽の光を反射して煌めく、温かい銀色だ。


「さあ、朝ごはんを食べましょう。……今日は、少し遠くまで歩くことになるわよ」


          ◇


 四人は、丘を降りて街道を歩き始めた。

 行き先は決めていない。


 北へ行くか、南へ行くか。

 風の向くまま、気の向くまま。


 かつては「奪われたものを取り戻すため」に歩いていた道だが、今は違う。

 この広い世界に散らばる、まだ見ぬ「美しいもの」を探すための旅だ。


 道中、すれ違う旅人たちが、四人を振り返る。


 目隠しをした少年。

 絶世の美貌を持つ少女。

 長身の女剣士。

 そして、ちょこまかと動き回る兎人族の少女。


 奇妙な取り合わせだ。

 だが、誰もが彼らを見て、自然と道を空け、あるいは微笑みかける。


 彼らが纏う空気が、あまりにも楽しそうで、幸せそうだからだ。


「……ねえ、カノア」


 ルミナが、カノアの腕にギュッと抱きつきながら歩く。

 彼女はもう、仮面をつけていない。


 その美しさを隠す必要はないし、誰かに見せびらかす必要もない。

 ただ、隣にいるカノアにだけ、自分の笑顔が伝わればそれでいい。


「私ね、歌を作ったの」


「へえ。どんな歌?」


「内緒。……いつか、とびきり綺麗な景色の場所に着いたら、歌ってあげる」


 ルミナが恥ずかしそうに笑う。

 その魂が、嬉しそうにピンク色に明滅するのを、カノアは愛おしく感じた。


「楽しみにしてるよ」


 カノアは、ルミナの頭を撫でた。

 視界はない。

 だが、風が運んでくる花の香りや、鳥のさえずり、そして仲間たちの笑い声が、世界を極彩色に染め上げている。


 ふと、ヒルダが立ち止まった。


「……あら」


「どうしたの? ヒルダ」


 フィーネが問う。

 ヒルダは、街道の脇にある古い石碑を見つめていた。


 そこには、かつてこの地を救った英雄たちの伝説が刻まれているらしかった。


「いいえ。……ただ、昔の私が目指していた『最強』って、こんな感じだったのかなって」


 ヒルダは腰の剣――カノアから受け継いだ『黒鉄(クロガネ)』の柄を撫でた。


 鎧を捨て、地位を捨て、名誉を捨てた。

 けれど、今の彼女は、かつてのどの時代よりも強く、そして美しく見えた。


「最強かどうかは知らないけどさ。……最高の『剣』だよ、アンタは」


 カノアが言うと、ヒルダは嬉しそうに目を細めた。


「ありがとう。……貴方の『目』に恥じないように、これからも精進するわ」


「ボクも! ボクも最高の『足』になるよ!」


 フィーネが負けじと手を挙げる。


「はいはい。……頼りにしてるよ、みんな」


 カノアは空を仰いだ。

 真っ青な空が広がっているはずだ。

 そこには、雲が流れ、太陽が輝いている。


 5年前。

 ゴミ捨て場で泥水を啜っていた頃は、こんな日が来るとは想像もしなかった。


 世界は残酷で、汚くて、憎むべき場所だと思っていた。


 でも、違った。

 世界は、誰と見るかで、こんなにも色を変えるのだ。


「……カノア」


 ルミナが、立ち止まったカノアの顔を覗き込む。

 心配そうな、優しい声。


「見えてる?」


 その問いに、カノアは微笑んだ。

 彼はゆっくりと、自分の目隠しに触れた。

 布の下にあるのは、永遠の闇だ。

 物理的な光は、二度と戻らない。


 でも。


「ああ。……しっかり見えてるよ」


 カノアは、ルミナの方を向いた。

 『心眼』が捉える彼女の姿。


 そこには、外見の美しさなど比較にならないほどの、圧倒的な光が溢れていた。


 優しさ、強さ、愛、そして希望。

 それらが混ざり合い、揺らめき、世界でたった一つの色を奏でている。


 カノアは、そっと手を伸ばし、ルミナの頬に触れた。

 温かい。

 この温もりこそが、真実。


「ルミナ」


 カノアは、万感の想いを込めて告げた。


「やっぱり……君は、世界で一番綺麗な色をしている」


 ルミナの瞳から、涙が溢れた。

 彼女は泣き笑いのような顔で、カノアの胸に飛び込んだ。


「……うん。……知ってるよ。カノアが、そう教えてくれたから」


 二人は抱き合った。

 ヒルダとフィーネが、それを温かく見守っている。


 風が吹き抜け、草原の草花を一斉に揺らした。

 青色の無数の花びらが舞い上がり、四人を祝福するように包み込む。


「わぁ!綺麗!なんだっけこれ?」


「確か……アズライトって名前のお花ね」


「いい響きだ」


「だね」


 彼らの旅は、まだ終わらない。

 この先には、どんな困難が待っているか分からない。

 どんな悲しみが、どんな別れがあるか分からない。


 けれど、きっと大丈夫だ。

 彼らの瞳には、決して消えることのない「色」が灯っているのだから。

 

 盲目の剣士と、歌姫と、鋼鉄の意志を持つ騎士と、風よりも速い兎。


 四つの魂が織りなす物語は、いつまでも、いつまでも続いていく。


 世界は、こんなにも美しい。

 彼らが見つけたその答えを、風がどこまでも運んでいった。


これにて完結です!


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!


カノアとルミナ、二人がお互いの色を見つけ合い、幸せになれたこの結末、うんうん、良かったねぇ〜と書きながら一人頷いていました。


全120話、追っていただき、本当にありがとうございました。そして、お疲れ様でした!


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