111話 響き合う色
偽物の自分たちを打ち砕いたカノアとルミナは、玉座に座る『虚飾の王』へと向き直った。
「……さて。邪魔者はいなくなったぞ」
カノアが『黒鉄』を構える。
その刀身は、ルミナの歌声を受けて七色に輝いている。
『……理解できんな』
ヴァニタスが、心底不愉快そうに呟く。
影の身体が揺らめき、その輪郭が棘のように鋭くなる。
『なぜ拒む? 傷も、痛みも、喪失もない完璧な世界を。……人間とは、そうまでして「不完全」に固執するのか?』
「あなたには分からないよ」
ルミナが一歩前に出る。
彼女は共鳴石を両手で包み込み、ヴァニタスを見据えた。
「不完全だから、補い合えるの。……一人じゃ完璧になれないから、誰かと手を繋げるの!」
ルミナの叫びと共に、歌声が響く。
『聖詠・光響』。
それは防御や回復のためだけの歌ではない。
カノアの剣に、攻撃、防御、加速、全ての属性を付与する最強のバフ。
「行こう、ルミナ!」
「うん!」
カノアが地を蹴った。
速い。
ヴァニタスが指を弾き、無数の影の槍を射出するが、カノアはそれを見向きもしない。
避ける必要がないのだ。
迫りくる影は、カノアに触れる直前で、ルミナの歌が作り出す光の障壁に弾かれて霧散していく。
「遅いッ!」
カノアが肉薄する。
一閃。
黒鉄の刃が、ヴァニタスの影の腕を切り落とす。
『……ッ!』
ヴァニタスが初めて驚愕に目を見開く。
実体のないはずの影が、物理的に切断され、再生しない。
カノアの『心眼』が捉えた「核」へのパスと、ルミナの「真実の光」が、虚構の存在を現実に引きずり下ろしているのだ。
「そこだ!」
カノアは追撃の手を緩めない。
――『空間転移』。
ナイフを投げる動作すら省略し、切り落とした影の破片をマーカーにして転移。
死角からの斬撃。
右、左、上、下。
光の残像を残しながら、カノアは踊るようにヴァニタスを刻んでいく。
『小賢しい……ッ!』
ヴァニタスが咆哮し、全方位に衝撃波を放つ。
だが、ルミナの歌声が転調する。
激しいビート。
衝撃波を相殺する音波の壁。
「カノア、今だよ!」
「ああ、見えてる!」
衝撃波の晴れ間。
ヴァニタスの胸元に、一瞬だけコアが露出した。
カノアは剣を突き出す。
虹色の魔力が一点に収束する。
「消えろォォォッ!!」
ズドォォォンッ!!
突きがヴァニタスの胸を貫いた。
黒い影が爆散し、玉座が粉々に砕け散る。
「……やったか?」
カノアが着地し、残心をとる。
手応えはあった。
核を砕いた感触。
だが。
『……ふふふ。……ハハハハハッ!!』
部屋中に、哄笑が響き渡った。
砕け散ったはずの黒い霧が、再び集まり、より巨大で、より禍々しい姿へと再構築されていく。
それはもはや人の形をしていなかった。
城の天井を突き破り、空を覆い尽くすほどの、巨大な「黒い太陽」のような球体。
『面白い。実に見事だ』
空から声が降ってくる。
『個の力で、神に届く領域まで達するとはな。……だが、それもここまでだ』
黒い太陽が脈打つ。
その表面に、無数の「目」が開いた。
それら全てが、カノアとルミナを見下ろしている。
『遊びは終わりだ。……世界ごと消え失せろ』
ゴゴゴゴゴ……。
空間が軋む音がした。
黒い太陽から、タールのような泥が滝のように溢れ出し、部屋を満たしていく。
それは、触れたものを「無」に帰す、虚無の濁流。
「な……ッ!?」
カノアがルミナを抱え、跳躍する。
だが、足場がない。
床が、壁が、天井が、黒い泥に飲み込まれて消滅していく。
逃げ場がない。
『虚構侵食・終焉』
ヴァニタスが宣告する。
城だけでなく、王都全域を飲み込み、世界そのものを初期化する最大奥義。
「くそっ……! 流石にデカすぎる!」
カノアは空中で体勢を整えるが、着地点が見つからない。
全方位から迫る黒い波。
ルミナの障壁も、この質量差の前では紙切れ同然だ。
飲み込まれる。
「カノア……!」
ルミナがカノアの服を掴む。
万事休すか。
そう思った、その時だった。
ヒュンッ!!
一陣の風が、黒い泥の波を切り裂いた。
ピンク色の閃光。
それが、落下するカノアとルミナを空中でキャッチし、瓦礫の足場へと運んだ。
「……へ?」
カノアが顔を上げる。
目の前には、長い耳を揺らし、息を切らせながらもニカっと笑う少女の姿があった。
「間に合ったぁ! ……やっぱりボクがいないとダメダメだね、カノア!」
彼女は、崩壊する城壁を駆け上がってきたのだ。
「フィーネ……!?」
「ボクだけじゃないよ!」
フィーネが指差す先。
黒い泥の波が、カノアたちを追って迫ってくる。
だが、その波が凍りつき、砕け散った。
パキパキパキッ!
黒い狩猟服の男が、空中に氷の足場を作り出し、鞭を振るっていた。
「……まったく。少し目を離すとすぐに死にかける」
彼は氷の上に降り立つと、呆れたようにカノアを見下ろした。
「ザイン……」
ドォォォォンッ!!
天井の大穴から、銀色の流星が落下してきた。
大剣を構えた、戦乙女。
彼女はヴァニタスの本体である黒い太陽に向かって、渾身の一撃を叩き込んだ。
「お待たせ! ……さあ、総力戦よ!」
ヒルダが叫ぶ。
彼女の一撃で、黒い太陽が大きく揺らいだ。
絶望の淵に、三つの光が舞い降りた。
役者は揃った。
最後の決戦が始まる。




