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110話 完璧な偽物


 王城最上階、『鏡の間』。


 眼下の広場からは、勝利の歓声が微かに響いてきていた。

 ザインたちが、地上の虚構を打ち破ったのだ。


『……ほう。私の軍勢が全滅したか』


 玉座に座る『虚飾の王(ヴァニタス)』は、感情のない声で呟いた。


 焦りはない。

 むしろ、想定内の余興が終わったと言わんばかりの冷徹さだ。


『だが、所詮は雑兵。……真の絶望は、ここにある』


 ヴァニタスが指を弾く。

 カノアとルミナの前に、二つの巨大な鏡が出現した。


 水銀のような波紋が広がり、そこから二つの影が這い出してくる。


 一人は、美しいドレスを纏った少女。

 傷一つない白磁の肌、星のような瞳。

 かつて「王国の宝石」と呼ばれた、完璧な歌姫ルミナ。


 もう一人は、両目が開いた剣士。

 黒髪をなびかせ、緑と赤に輝く『アレキサンドライトの瞳』で世界を見据える青年。

 視力を奪われなかった世界線の、完璧な剣士カノア。


「……またこれかよ。芸がないな」


 カノアは『黒鉄(クロガネ)』を構え、吐き捨てた。

 幻覚は見飽きた。

 だが、今回の「理想」は、ただの映像ではなかった。


 ヒュンッ!


 殺気。

 カノアが反応するより早く、理想のカノア(偽物)が間合いを詰めていた。

 速い。

 そして、太刀筋が正確無比だ。

 カノアは剣で受けるが、重い衝撃に腕が痺れる。


「……ッ! 実体があるのか!」


『当然だ。これは幻ではない。お前たちが捨てた「可能性」を具現化した、最強のドッペルゲンガーだ』


 ヴァニタスが嘲笑う。

 偽のカノアが追撃を仕掛けてくる。

 その動きには一切の無駄がない。

 『心眼』で未来を予測しようとするカノアに対し、偽物は「視覚」でカノアの筋肉の動きを捉え、先回りしてくる。


『見えるぞ。……お前の貧弱な予測が』


 偽物が冷酷に告げる。


『心眼? 笑わせるな。それは視力を持たぬ弱者の杖に過ぎない。……「真実の目」を持つ私には、お前の全てがスローモーションに見える』


 視覚情報による圧倒的なアドバンテージ。

 死角がない。フェイントが通じない。

 カノアは防戦一方に追い込まれる。


 一方、ルミナの前にも「理想の自分」が立ちはだかっていた。


『歌いましょう? 私の方が、ずっと上手に歌えるもの』


 偽ルミナが優雅に手を広げ、歌い出した。

 その声は、完璧だった。

 音程のズレも、息継ぎの乱れも一切ない。クリスタルのように純粋で、美しい旋律。

 だが、そこには温度がなかった。


 ――キィィィィィン……。


 偽物の歌声が、物理的な衝撃波となってルミナを襲う。


 ルミナは『聖詠アリア』で防御しようとするが、声が出ない。

 圧倒的な「美声」の前に、自分の声が汚れたノイズのように感じられ、喉が萎縮してしまうのだ。


『醜い。傷だらけの顔で、愛を歌うなんて滑稽よ』

『人々が求めているのは、傷のないアイドル(偶像)。……貴女のような「壊れたもの」じゃないわ』


 精神攻撃。

 偽物の言葉は、ルミナが心の奥底で抱えていた劣等感を的確にえぐる。


「くっ……!」


 ルミナが膝をつく。

 カノアも、偽物の猛攻に押され、壁際まで追い詰められていた。


『理解したか? 欠落した「本物」など、完璧な「偽物」の前では無力なのだ』


 ヴァニタスの言葉が、絶望の宣告として響く。

 スペックが違う。

 傷のない肉体、完璧な才能。

 それが敵として立ちはだかった時、どれほどの脅威となるか。


「……はぁ、はぁ。……よく喋るな」


 カノアは血を拭い、ニヤリと笑った。

 追い詰められているはずなのに、その瞳《心眼》は死んでいない。


「完璧? ……だからどうした」


 カノアは剣を構え直した。


「お前の剣は軽いんだよ。……綺麗すぎて、重みがねぇ」


 偽物が眉をひそめる。


『負け惜しみを。……死ね』


 偽物が突きを放つ。

 最速、最短の刺突。

 視覚があるからこそ可能な、針の穴を通すような精密な一撃。

 だが。


 ガキンッ!!


 カノアは、それを見ずに弾いた。

 剣ではなく、篭手ガントレットで軌道を逸らし、懐に飛び込む。


「目で見える情報なんて、表面だけだ!」


 カノアの『心眼』は、敵の「視線」を読んでいたのではない。

 完璧すぎるがゆえの「慢心」と、機械的な「思考パターン」を読んでいた。


 痛みを知らない奴の剣には、迷いがない代わりに「深み」がない。

 だから、読みやすい。


「俺は、泥水を啜ってきた! 見えない闇の中で、何千回も死にかけた!」


 カノアの剣が閃く。

 それは、泥臭く、洗練されていない、生きるための剣。


「その『汚い経験値』が、お前の綺麗な教科書通りに負けるわけねぇだろッ!」


 ――『空間転移バウンダリー・ステップ』。


 カノアは偽物の背後に転移し、振り返りざまに斬りつけた。

 偽物は反応したが、カノアの剣の「重さ(気迫)」に押され、剣を取り落とす。


 一閃。

 偽カノアの身体が両断され、鏡の破片となって砕け散る。


「ルミナ! 負けるな!」


 カノアが叫ぶ。

 ルミナが顔を上げる。

 目の前には、依然として美しい歌声で攻撃してくる偽物がいる。

 傷一つない、完璧な歌姫。


(……綺麗。でも……)


 ルミナは気づいた。

 その歌には、誰もいない。

 誰かに届けたいという想いも、誰かを守りたいという祈りもない。

 ただ、自分の美しさを誇示するためだけの、空っぽの音色。


「……違う」


 ルミナは立ち上がった。

 仮面の下の素顔を晒し、真っ直ぐに偽物を見据える。


「貴女の歌は、誰も救えない。……だって、痛みをしらないから!」


 ルミナが共鳴石を握りしめる。

 響かせるのは、完璧なソプラノではない。

 震えて、掠れて、それでも必死に伝えようとする、魂の歌。


 ――『聖詠(アリア)光響(プリズム)』!


 七色の光が炸裂する。

 それは、単一の美しさではない。

 悲しみ、喜び、後悔、希望。様々な感情が混ざり合った、複雑で、だからこそ誰よりも温かい「人間」の色。


「あぁぁぁ……!?」


 偽物が耳を塞ぐ。

 完璧な音階が、ルミナの感情の奔流によって乱される。

 ガラスにヒビが入るように、偽物の身体に亀裂が走る。


「私の歌は、誰かのための歌。……自分のためだけに歌う貴女には、絶対に負けない!」


 ルミナの声が、偽物を飲み込む。

 パリンッ!

 美しい歌姫の像が粉砕され、光の粒子となって消滅した。


 静寂が戻る。

 二つの完璧な偽物は、傷だらけの「本物」によって否定された。


『……ほう』


 ヴァニタスが、玉座の上で興味深そうに顎をさする。

 自分の分身が倒されたというのに、その表情には焦りがない。


『個の強さは認める。……だが、個で勝てるほど、この「虚構」は甘くないぞ』


 ヴァニタスの影が膨張する。

 城全体が揺れ、壁が透明になる。

 そこに見えたのは、王都の空を覆い尽くすほどの、巨大な鏡の軍勢だった。

 倒しても倒しても湧いてくる、無限の悪意。


『さあ、絶望の第二幕だ。……世界そのものを敵に回して、いつまで抗えるかな?』


 ヴァニタスの底知れない力が、カノアたちを包囲する。

 だが、彼らはもう恐れない。

 最強の自分自身に打ち勝った今、どんな敵が来ようとも、背中を預け合える仲間がいる限り、負ける気はしなかった。


「上等だ。……全員まとめて、叩き割ってやる!」


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