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101話 鏡の奥の悪魔


 ヴィオラが消滅した玉座に、黒い染みが広がっていた。


 それはインクのように床を侵食し、立体的に盛り上がりながら人の形を成していく。


 『鏡の間』の空気が凍りついた。


 カノアの『心眼エイドス』が捉えたその存在は、底知れない「虚無」だった。


 色がない。


 ヴィオラのどす黒い欲望とも、シレーヌの冷たい静寂とも違う。


 ただ、世界にある全ての「確かなもの」を否定し、喰らい尽くそうとする空洞。


『……見事だ』


 黒い影が、拍手をした。

 乾いた音が響く。

 影の顔には目も鼻もないが、三日月形に裂けた口だけが、嘲笑うように歪んでいる。


 『虚飾の王(ヴァニタス)』。


 人々のコンプレックスを糧とし、ヴィオラに力を与え、破滅へと導いた真の元凶。


『だが、幕を下ろすにはまだ早い。……宴は、これからが本番なのだから』


 ヴァニタスが指を弾く。

 瞬間、見えない衝撃波がカノアたちを襲った。

 カノアはとっさに剣で防ぐが、重い圧力に弾き飛ばされる。


「くっ……! なんだこいつ、魔力の質が違うぞ!」


 ヒルダとフィーネも体勢を崩す中、ヴァニタスの指先がルミナを捉えた。


『まずは、その美しい歌姫から黙らせようか』


 黒い閃光が放たれた。

 目にも止まらぬ速さで、ルミナの心臓を貫こうとする。

 カノアの転移も間に合わない距離。


「ルミナッ!」


 誰もが最悪の結末を予感した刹那。

 黒い影が、ルミナの前に滑り込んだ。


 ドスッ!


 鈍い音が響き、鮮血が舞う。


「……ぐぅっ!」


 ザインだった。

 彼は咄嗟にルミナを庇い、その肩口を閃光に貫かれていた。


「ザインさん!?」


 ルミナが悲鳴を上げる。

 だが、ザインは膝をつきながらも、鋭い視線をヴァニタスから逸らさなかった。


「構うな! 奴から目を離すな!!」


 ザインの叫びと共に、衝撃の余波でルミナの仮面がひび割れ、砕け散った。

 陶器の破片が床に落ちる音。

 そして、露わになった素顔。


 そこには、もう醜い火傷跡はなかった。

 ヴィオラが消滅し、概念が還ったことで、ルミナの顔は完全に再生していたのだ。


 透き通るような白い肌。桜色の唇。そして、星屑を散りばめたような大きな瞳。


 かつて「王国の宝石」と謳われた、絶世の美貌がそこにあった。


『ほう……』


 ヴァニタスが、感嘆の声を漏らす。


『やはり美しいな……。人とは思えぬほどの美しさだ。女神と呼んでも差し支えない』


 影の王は、値踏みするようにルミナを見つめた。

 その視線は、かつてヴィオラがルミナに向けていたものと同じ、表面的な美しさだけに執着する空虚なものだった。


「……あなたも」


 ルミナは、ザインの傷口を押さえながら、ヴァニタスを睨み返した。

 その瞳に怯えはない。

 かつては隠していた素顔を、堂々と晒して言い放つ。


「……あなたも、表面的なものしか見えないんだね」


 冷たく吐き捨てると、ルミナはザインに優しく手を差し伸べた。


「奴から目を離すなと……!」


 ザインが焦る。

 敵の目の前で視線を逸らすなど、自殺行為だ。


「大丈夫だよ。だって……」


 ルミナが顔を上げる。

 ザインがつられてその方向を見ると、カノアが、ヒルダが、そしてフィーネが、全員でヴァニタスの前に立ちはだかり、壁となっていた。


「ボクらがいるっしょ!」


「手出しはさせないわ」


「……よそ見してていいぞ、ザイン。こっちは任せろ」


 三人の背中が、ルミナとザインを守っている。


「私は……ひとりじゃないから。私の見えないところは、みんなが見ててくれるから」


 ルミナは微笑んだ。

 その笑顔は、かつて「人形」と呼ばれていた頃の作り物ではない。

 仲間への信頼と、愛に満ちた、人間としての笑顔。


「……お前たち……」


 ザインは言葉を失った。

 彼は今まで、誰かを守るために孤独を選んできた。誰にも頼らず、一人で背負い込んできた。


 だが今、彼自身が守られている。

 損得勘定も、利用価値も関係ない。ただの仲間として。


 ルミナが歌う。


 『聖詠アリア(ヴェール)』。


 優しい緑の光がザインを包み込み、貫かれた肩の傷を癒やしていく。

 痛みと共に、彼の中にあった孤独な氷も溶けていくようだった。


 傷が塞がると、ルミナは立ち上がり、ザインに手を差し伸べた。


「わがままを言ってもいいですか?」


「……?」


 ザインが怪訝な顔をする。

 ルミナは真っ直ぐに彼の目を見て言った。


「……共に……戦ってください。あなたの力が必要なんです」


「……!」


 ザインが息を呑む。

 必要とされている。

 ヴィオラの配下としてではなく、妹を守れなかった兄としてでもなく。

 ただのザインという一人の男として。


「……私たち、もう……仲間ですよね?」


 ルミナの手が、そこにある。


 掴めば、もう後戻りはできない。

 孤独な影の道には戻れない。


 だが、その手の温かさは、彼がずっと求めていた救いのようにも思えた。


「……」


 ザインはため息をつき、そして苦笑した。

 彼はルミナの手を掴み、力強く立ち上がった。


「……俺も……ほだされたか……」


 ザインはコートの埃を払い、鞭を構えた。

 その顔には、もう迷いも、諦めもなかった。


「ザイン、背中預けるからな」


 カノアが振り返り、ニカっと笑う。


 ヒルダが大剣を肩に担ぎ、ウインクする。


「私もよ。レディをエスコートしてね?」


 フィーネが耳を立ててジャンプする。


「よーし! やるよ!!」


 ザインは仲間たちを見渡し、フッと口元を緩めた。


「……ああ。お前たちの背中、預かる」


 五人の視線が、虚飾の王に集中する。

 最強の目、最強の剣、最強の歌声、最強の速さ、そして最強の遊撃手。

 全ての色が揃った。


「……みんな、倒そう。終わらせよう」


 ルミナが告げる。


「ああ。やるぞ、俺たち5人で!」


 カノアの号令と共に、五つの影が同時に動いた。

 最終決戦。

 虚構の世界を打ち砕く、真実の色たちの戦いが始まる。


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