10話 硝子の城と鋼鉄の進撃
鏡の迷宮を突破したカノアとルミナの前に、ベル・ルージュの支配者が住まう「領主の館」がその全貌を現した。
それは、建物というよりは巨大な宝石のようだった。
壁面はすべてステンドグラスと鏡で構成されており、月明かりを浴びて妖しく、そして毒々しいほどに鮮やかに輝いている。
カノアの『心眼』には、館全体から放出される過剰な魔力が、極彩色のオーロラとなって夜空を焦がしているように見えていた。
「うわぁ……。綺麗だけど、なんか目がチカチカする」
ルミナが仮面の奥で顔をしかめる。
その直感は正しい。
この館から発せられている光は、ただの物理現象ではない。見る者の精神を昂揚させ、同時に正常な判断力を奪う幻惑の魔力が練り込まれている。
「悪趣味極まりないね。見てるだけで胃もたれしそうだ」
カノアは吐き捨てるように言い、館へと続く一本道を見据えた。
そこには、歓迎のレッドカーペットならぬ、銀色に輝く兵士たちの壁が築かれていた。
その数、およそ二百。
全員が、先ほど街で戦った「自動人形」化した衛兵たちだ。彼らの虚ろな瞳が、一斉にカノアたちを捉える。
「……さっきの五人とはわけが違うってか」
カノアが愛剣の柄に手をかける。
倒すこと自体は造作もない。だが、二百体を相手にしながら、背後のルミナを完璧に守り切れるかと言われれば、流石のカノアも即答はできなかった。
『空間転移』で逃げることは可能だ。だが、それではナルシスの元へ辿り着けない。
「カノア……私、足手まといだよね……?」
ルミナが不安そうにカノアの背中にしがみつく。
カノアは振り返らず、ニカっと笑ってみせた。
「馬鹿言うなよ。君は俺の目だ。それに――」
カノアは空いている左手で、夜空を指差した。
「俺たちには、最強の『盾』がいるって言っただろ?」
その言葉と同時だった。
夜空を引き裂くような轟音が、頭上から降り注いだ。
ドォォォォォォンッ!!
隕石の落下にも似た衝撃。
衛兵たちの展開していた陣形のド真ん中、一番分厚い部分が、爆発したように吹き飛んだ。
舞い上がる石畳の破片。宙を舞う衛兵たち。
もうもうと立ち込める粉塵の中から、巨大な影がゆっくりと立ち上がる。
月光を浴びて鈍く輝く、重厚なフルプレートアーマー。
その背中には、まるで翼のように展開された大型の魔力の翼から、余剰魔力の蒸気がシューッと音を立てて噴き出している。
「お待たせ。……少し、派手に着地しすぎたかしら?」
兜の奥から響く、艶のある落ち着いた女性の声。
元近衛騎士団長、ヒルダだ。
「ヒルダさん!」
ルミナが歓声を上げる。
ヒルダは振り返り、その無機質な鉄の顔で、しかしどこか優しげにルミナへと頷いてみせた。
「遅くなってごめんなさいね。宿の窓から出るには狭すぎたから、壁を壊す手間がかかってしまったわ」
「宿の親父が泣くね、そりゃ」
カノアが苦笑する。
ヒルダは衛兵たちの方へ向き直った。
二百の兵士たちが、新たな脅威に対して一斉に剣を構える。だが、ヒルダは一歩も引かない。
それどころか、彼女の纏う空気が、鉄の冷たさから、燃え盛るような闘志の熱へと変わっていくのをカノアは感じた。
「さあ、カノア、ルミナ。私の後ろに続きなさい」
ヒルダがガントレットを打ち合わせ、甲高い音を響かせる。
「この程度の有象無象、私が道を作るわ」
次の瞬間、鋼鉄の要塞が疾走した。
速い。
その巨体からは想像もつかない加速。魔力によって強化された脚力が、石畳を砕きながら前進する。
「止めろ! 排除せよ!」
衛兵たちが一斉に斬りかかる。槍が突き出され、剣が振り下ろされる。
だが、その全てが――
カァン! キィィン!
無意味だった。
ヒルダの『生体鎧』は、物理攻撃を透過する特性を持つ。しかし今回は、透過させるまでもない。彼女の纏う魔力障壁と、オリハルコンすら凌駕する鎧の強度が、衛兵たちのなまくら刀を弾き返しているのだ。
透過と防御の使い分け。これこそが、かつて王国最強と謳われた騎士団長の技量。
「悪い子にはお仕置しないとねッ!」
ヒルダが腕を薙ぎ払う。
ただそれだけの動作が、質量兵器の一撃となって衛兵たちを吹き飛ばした。
五人、十人がまとめて空を飛び、館の壁に叩きつけられる。
「すっげ……」
カノアは目を丸くした。
敵対していた時は厄介極まりなかったが、味方になるとこれほど頼もしい存在はいない。
ヒルダがこじ開けた中央突破の道を、カノアとルミナが駆ける。
「右から来るぞ!」
カノアが叫び、横合いから飛び出してきた衛兵を斬り伏せる。
前方はヒルダが、左右と後方はカノアが。
完璧な布陣。
ルミナは二人の背中を見ながら、必死に走った。守られているだけじゃない。私の歌で、二人を支えなきゃ。
彼女は走りながら、小さな声で歌を紡ぎ始める。それは戦いの激しさを鎮めるものではなく、仲間の心臓を鼓舞する勇気の旋律。
三人はついに、館の巨大な正門の前へと到達した。
高さ五メートルはある硝子細工の扉が、堅く閉ざされている。
「ヒルダさん、やれる?」
「愚問ね」
ヒルダは低く構え、全魔力を右肩に集中させた。
「近衛騎士流・破城槌ッ!!」
轟音。
硝子の扉が、飴細工のように粉々に砕け散った。
爆風と共に館の中へと突入する三人。
そこは、息を呑むような「光の世界」だった。
床も壁も天井も、すべてが鏡とクリスタルで構成されている。無数のシャンデリアが眩い光を放ち、それが鏡に反射して無限に増幅されている。
視覚を持つ者なら、一瞬で平衡感覚を失うほどの光の洪水。
「うっ……!」
ルミナが目を覆う。
だが、カノアはニヤリと笑った。
彼の『心眼』には、この光の乱反射すらも、美しい魔力の幾何学模様として映っている。
「へえ、派手な歓迎だこと。……さあ、主のお出ましといこうか」
館の最奥、大階段の上。
そこに、領主ナルシスが優雅に立っていた。
彼は砕け散った扉の破片を見下ろし、不快そうに眉をひそめた。
「私の美しい城に、泥足で踏み込むとは……。どこまでも無粋なドブネズミたちだ」
ナルシスの背後には、巨大な鏡が浮いている。
その鏡面が波打ち、ドス黒い魔力が鎌首をもたげるように溢れ出していた。
「さあ、始めようか。美と醜悪の、最後のダンスを」
カノアは愛剣を突きつけた。
「ダンスは苦手でね。……とっとと終わらせてもらうよ」
【作者より御礼とご報告】
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
物語が大きく動き出すこのタイミングで、皆様に一つ、嬉しいご報告がございます。
12/16に完結いたしました過去作『咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜』が、本日の「なろう注目度ランキング」にて、以下の順位に入りました。
・【全カテゴリ総合】:22位
・【完結済部門】:11位
完結した直後の作品が、数ある名作の中でこれほど注目していただけたのは、間違いなく今、この新作を読んでくださっている皆様が「作者の他の作品も読んでみよう」と、過去作にまで足を運んでくださったおかげです。
皆様の応援が、完結した物語に再び熱を与えてくれました。
作者一人では決して見ることのできなかった景色です。心より感謝申し上げます。
『アズライト』は今作のルーツとも言える作品で、不器用な魔法士と転生者の少女の旅路を描いた物語です。
もしよろしければ、新作の更新を待つ間の読書として、覗いてみていただけますと幸いです。
これからも、皆様の信頼に応えられるよう、カノアたちの旅を最後まで書き切ります。
引き続き、応援よろしくお願いいたします。




