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雪に抱かれて花と咲く  作者: 寄賀あける
第二草 ジキタリス  隠されぬ愛・不誠実    【眩暈、不整脈、頭痛】

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8/22

 北の統括魔女ジャグジニアはその寝室で、眠る夫の顔を見ていた。


 寝室はもとより、その居室も、魔女とその夫以外は入室できない。だから、魔女もその夫も、安心して過ごせるはずの部屋だ。けれど、ここ、北の魔女の居城に住む夫婦にとっては違っていた。


 もちろん安全は確保してある。城は強力な結界に守られ、城の内部にも大勢の魔導士が詰めて、それぞれの任についている。警護魔導士も充分に配置している。


 だが……この城の三の塔の最上階に閉じ込めた魔導士が、逃亡のチャンスを虎視眈々と狙っていることを、魔女もその夫も忘れていない。


 もしあの魔導士が何かのきっかけで解放されてしまったら、その時、再び封じ込めることができるだろうか? 常に北の魔女はそんな不安を抱えている。


 わたしには無理だ……北の魔女は思う。城住みの魔導師たちが力を合わせたところで(かな)わないだろう。頼みの綱は、夫のみ、それとて互角と夫は言う。だから、監視を怠るな。


 全てわたしが引き寄せてしまった事、北の魔女の頬に後悔の涙が光る。夫の顔を見詰めながら、申し訳なさと、夫への愛しさで胸が苦しくなっていく。


 その顔に触れたい。でも触れれば、この人を起こしてしまう。この人は、きっと熟睡することがない。


 あの、九日間戦争の時から、その少し前から、わたしがあんな我儘(わがまま)を言い出した時から、この人の心は安らぎを忘れてしまった。


 誰よりも誠実なこの人に、なぜわたしは隠し事をし、意地悪を言い、困らせ、責任を押し付け、悩ませたのだろう? 最初から打ち明けていれば、聡明なこの人は必ず解決策を()(いだ)し、わたしを助けてくれたのに。


 北の統括魔女になど、ならなければ良かった。わたしには荷が重すぎたのだ。


 この人が望んだように、街の魔導士の妻となり、街の屋敷に住み、この人の家族と共に、笑って暮らしていれば、こんな事にはならなかった。わたしの両親を呼び寄せて、みんなで幸せに暮らせただろう。


 だが時は戻らない。


 わたしは北の統括魔女となり、九日間戦争を起こし、ギルドを二分し、夫から友人を取り上げた。そしてわたし自身も友人を亡くした。


 わたしの良き夫であるために、この人はどれほどの苦しみに耐えてきたことか。判っているのに……と、北の魔女ジャグジニアは思う。


 恋に酔いしれたあの学生時代から、ずっと変わらずにこの人はわたしを愛してくれている。わたしもこの人を愛している。なのにまた、わたしはこの人をどうやって(だま)そうかと考えている。


 騙したいわけではない。でも、この事を知ったら、この人は、怒りを抑えてくれはしない。穏やかで慈しみ深いこの人は、だからこそ罪なき人を苦しめるなど許しはしない。


 隠さなくてはならない。この人の傍にいるために。知られてはいけない。この人の愛を繋ぎ止めるために。


「うん?」

不意にホヴァセンシルが()(じろ)ぎし、ジャグジニアを驚かせる。


「さっきから感じる視線はおまえか……」

眩しそうな目をしてホヴァセンシルがジャグジニアを見る。

「どうした? 眠れないのか?」

手を伸ばして、ホヴァセンシルがジャグジニアの頬に触れる。


「泣いている?」

自分の頬に触れる手にジャグジニアが自分の手を添える。


「夢を見ました」

嘘ではない。だから目覚めて夫の顔を見ていたのだ。


「夢か……」

どんな夢だった? とは訊いてこない。涙が出るような夢が楽しい夢であるはずはない。それを語らせて、更に泣かせることはない。そう考えて、ホヴァセンシルは訊いたりしない。


「マリが……」

ところが聞かれもしないのにジャグジニアが話し始める。


 マリとはマルテミア、学生時代にはジャグジニアにとって無二の親友。そして九日間戦争当時の西の魔女、夫はサリオネルト。西の城の落城の時、夫とともにこの世を去った。


「マリが微笑んでいるのです。微笑んで、わたしを見ているのです」

ジャグジニアから嗚咽が漏れる。そのジャグジニアを、腕を伸ばしてホヴァセンシルが抱き寄せる。


「微笑んでいたのだろう? 泣くような夢じゃない」

そう言いながらホヴァセンシルも、それは違うと判っていた。


 ジャグジニアはマリの死に責任を感じている。だから、マリの微笑は責め苦にほかならない。いっそ、(なじ)られた方が気も楽だ。ホヴァセンシルとて幾度となく、サリオネルトの夢を見ている。やはり、いつも明るい夢だ。


 陽の光を受けて(きら)めく黄金色の髪がサラサラと風に(なび)き、時には暗い閃光が迸る()(はく)色の瞳が、その時は悪戯(いたずら)そうに輝いて、ホヴァセンシルを呼んでいる。人懐(ひとなつ)こい笑顔、それが『弓の弦が切れてしまった』と残念そうに言い、今度は悲しそうに笑む。そして『頼んだよ』と手を振る。


 俺は何をすればいいんだ? 叫ぶホヴァセンシルに後姿を見せると、急に現れたマルテミアと微笑みあってどこかに行ってしまう。追っても追いつけず、そして目が覚める。


 ()(げん)王はサリオネルトであり、死罪を求める――


 そんな告発状をギルドに届けたのはホヴァセンシルだった。緊急招集が掛かったギルド会議で、『サリオネルトを処刑しろ』と書かれた告発状を読み上げたのはホヴァセンシルだった。その告発状を作成したのもホヴァセンシルだった。それを、サリオネルト本人、そしてその双子の兄ビルセゼルトの目の前で読み上げたのはホヴァセンシルだった……


 ビルセゼルトたちとの連絡方法を失したあの日、それが最善だとホヴァセンシルは考えていた。ビルセゼルトが、ギルドにサリオネルトの処刑を認めさせるはずがないと信じ、戦争もやむなし、だがサリオネルトに罪がないことを証明できれば、終戦に持ち込んで、サリオネルトを助けられると信じた。


 妻を納得させる自信もあった。


 サリオネルトの処刑を求めたのはジャグジニアだった。サリオネルトが示顕王であると、示顕王は災いを(もたら)すものだと思い込んでいた妻を説得するにはそれしかないと思った。


 けれど九日間戦争では示顕王の正体を(つか)むこともできず、サリオネルトが示顕王だったか(いな)かも判らないまま、西の城は落城した。西の魔女とその夫は死し、戦火の()(なか)、二人の間に生まれたはずの息子の行方は判らなくなった。


「サリオネルトの息子をなんとしてでも見つけ出す。見つけて保護しなくてはならない」

ポツリとホヴァセンシルが言った。


「ホビス……」

抱き寄せたジャグジニアの(ひたい)に、自分の(あご)を押し当ててホヴァセンシルが言う。


「マリはきっとおまえに息子を見て欲しいんだ。サリーだって俺に息子を見せたいはずだ。どちらに、より似ているか楽しみだね」

「でもホビス……その子は示顕王かもしれない。それにわたしたちはあの二人を追い詰めた」


「示顕王? それがどうした? まだやっと歩き始めるかって赤ん坊が、どうやって災厄を(もたら)すんだ?……サリーの(ふところ)の広さをおまえも知っているだろう? あれはあれ、これはこれ、と、割り切るところもアイツのいい所だった。そしてマリは一切、難しく考えることをしない人だ。その二人が赤ん坊の事で、政治を持ちだすなんて、俺には思えない」


 西の魔女(ドウカルネス)が見つければ、無傷で連れてこいとの命令が破られる危険がある。(いのち)すら(あや)うい。なんとしてでも我らで見つけ出さなくてはならない。


 ホヴァセンシルの言葉に『西の魔女』と聞いてジャグジニアが黙った。これ以上話せば、隠し事のボロが出るかもしれない。


「ホビス……」

自分にしがみ付いてくる妻の恐れに気が付かないまま、ホヴァセンシルはジャグジニアをしっかりと抱きとめた。

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