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麗らかな日差しが、庭を彩る花々に降り注ぐ。ノンスアルティム、魔女リリミゾハギの街屋敷の庭は真冬の雪の中でも何かしらの花が咲き、周辺に住む街人たちから『咲き誇る花の館』と呼ばれるようになっていた。
「シャーン、シャーン……」
庭のどこかからグリンバゼルトが妹を呼ぶ声が聞こえる。そして、そのあとに笑い声が続く。笑い声は二人の男の子、グリンバゼルトとアラネルトレーネ、どうやら二人はシャインルリハギを揶揄って遊んでいるようだ。と、シャインルリハギの泣き声が聞こえ、グリンバゼルトが一層笑う。アラネルトレーネの声は聞こえなくなった。
「何かあったのかしら?」
四阿で、リリミゾハギが子どもたちのほうを見やる。一緒にティータイムを楽しんでいるのはアラネルトレーネの父親アウトレネル、この地域の街の魔導士だ。今日は一人息子を連れて、リリミゾハギの様子を見に来ていた。
ただ、『様子を見に来た』などとは言わず、アラネルトレーネをグリンバゼルトの遊び相手として連れてきた、としか言っていない。『ビルセゼルトに頼まれて』なんて、口が裂けても言えるものではない。
シャインルリハギが生まれ、ビルセゼルトがリリミゾハギと別れてから、四年の月日が流れている。その間、アウトレネルは時間を見つけてはリリミゾハギを訪ねていた。ビルセゼルトから、気にかけてやって欲しいと言われているからだ。
リリミゾハギが住んでいたビルセゼルトの別荘は、今やリリミゾハギの所有となっている。屋敷以外にも、いずれシャインルリハギに相続させることを条件に、所領の一部をリリミゾハギに贈っていた。また、グリンバゼルトを承継子と定め、自分の権利の全てをグリンバゼルトが相続するよう手配した。
その手続きをしたのがアウトレネルだった。街の魔導士であるアウトレネルはそういった手続きに精通していたこともあったし、ビルセゼルトとも親しく、信用できる相手だった。
一連の手続きが完了するころ、ビルセゼルトの妻ジョゼシラが出産している。生まれた子は女の子でジゼェーラと名付けられた。
生まれた時からジゼェーラの体は光に取り巻かれていたという。その力の強さから、ビルセゼルトはジゼェーラの力を封印したらしい。
母親である南の魔女ジョゼシラと引き離され、噂ではビルセゼルトが校長を勤める魔導士学校で育てられているとのことだ。
ジゼェーラが生まれて暫くののち、ビルセゼルトとジョゼシラが大喧嘩をして、ジョゼシラの放った火弾がビルセゼルトの頬を掠め、ビルセゼルトの顔に火傷の痕を残した。その傷跡をビルセゼルトは消すこともせず、そのままにしている。その傷を目にすることで、軽々しく攻撃してはいけないとジョゼシラに思い留まらせるためだと噂されたが、真相は当時者しか知らない。
「アドニスが……」
リリミゾハギがそっと呟く。
「アドニス?」
「えぇ、この時期に咲いているなんて珍しい」
「へぇ……本来なら、いつごろ咲く花?」
花になど、まったく興味のないアウトレネルが、なんとか話について行こうと質問する。
「冬の終わりに咲く花……雪に包まれて咲く花、春はもうすぐだと告げる花」
リリミゾハギが遠くを見るような目をしてそう答える。
あの人も雪のようだった。何度も抱いてくれたのに、一度も愛しているとは言ってくれなかった。冷たくて、温かくて、炎のように熱くって……
もう会えないと言われたあの日、あなたは子どもたちを愛していると言った。わたしの事は? と聞いた時、『妻を愛している』とだけ、あなたは答えた。以前のあなたは躊躇うことなく、愛はないと口にした。だから……
だから、それで充分だと思った。愛していないとは言えなかった。それは嘘になるから。魔女・魔導士は嘘が吐けない。だから言葉を置き換えた。わたしはそう信じている。
同時に、あなたがわたしに本心を見せる事はないと思い知り、やはりあなたはあの人のものなのだと、悟った。
それでも、とリリミゾハギは思う。確かにあの時、あの人に抱かれているとき、わたしは花と咲いていた。わたしは花を咲かせていた――
「ママ、ママぁ……!」
泣きながらシャインルリハギが駆けてくる。後ろから困り顔のアラネルトレーネがついてくる。
「ねぇ、トカゲ、死なない? しっぽを持ったら切れちゃったの。トカゲ、死んだりしない?」
「おい、こら、女の子にトカゲなんか持たせたのか?」
向こうでアウトレネルが息子を叱りつけている。
涙をいっぱい溜めたシャインルリハギに、リリミゾハギが微笑んで答える。
「大丈夫よ。トカゲはしっぽを切っても死なないようにできているの。だから逃げるために自分でしっぽを切るのよ」
その言葉にシャインルリハギは安心し、『よかった……』とニッコリ笑う。そして父親に叱られているアラネルトレーネに駆け寄って抱き締めた。
「アラン! トカゲは死なないって。アランの髪と同じ色のトカゲ、死んだりしないって」
そして可愛い笑顔を見せる。
「トカゲが死んだら、もうアランに会えないような気がしたの。それがイヤで、泣いちゃったの」
ね、アラン、ずっと一緒にいてね。




