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雪に抱かれて花と咲く  作者: 寄賀あける
第四草 コルチカム  楽しい思い出       【嘔吐、下痢、呼吸困難】

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19

 前の東の魔女であり、前南の魔女でもあるソラテシラが夫・妖幻の魔導士ダガンネジブを伴い、南の魔女の居城に来たのは、その翌日の正午近くの事だった。


 折悪く本拠から離れ、ソラテシラ、ダガンネジブ双方の所領の視察に夫婦そろって出かけており、居所を探し出すのに手間取っていた。


 おおよその話を聞いていたソラテシラは、到着時にはすでに激怒しており、それを隠すこともなかった。怒気を帯びた光を全身から発している。


「統括魔女が理由を明らかにせず、任務を放棄するとは言語道断」

声だけでも恐ろしく、聞く者を震え上がらせる。耳にこびり付き、消そうとしても簡単に消えなかった。


 それでも冷静な部分を残していたようで、周囲の者を叱りつけたところで(らち)が明かないと、南の魔女の居室前に進み出る。


≪魔女ソラテシラが命じる。扉よ、開け≫


 無言無動作を常とするソラテシラが声を発し、名を明らかにしたうえで、(てのひら)(かざ)し唱えれば、生じた神秘力の大きさは周囲にもひしひしと伝わっている。だが、扉はびくとも動かない――思わずソラテシラは、チッと舌打ちした。

「ここは南の魔女の居城。もとより城は城主の(めい)にしか耳を傾けない。さて、どうしたものか……」


 考え込むソラテシラに、成り行きを見守っていたネクルドロアが遠慮がちに言った。

「もし扉が開いても、更に結界が張り巡らされ――」

「黙れ!」

言葉の途中でソラテシラが怒鳴りつける。

「南の魔女だけでなく、偉大な魔導士が一緒なのだ。その程度の備えをしないはずもない。判っている!」


 ダガンネジブがこっそり笑った。ラテのヤツ、とうとうビルセゼルトを『偉大な魔導士』と認めた。誰が言いだしたのか、いつからかビルセゼルトは『偉大な』と呼ばれるようになっている。そんな贈り名など、あの若造には早すぎる、ソラテシラはよくそう言ったものだ。


『あのビリーなら大丈夫とは思うけど、いつ慢心(まんしん)が彼を捕らえるか……それに、人の(ねた)みは怖いものです』

ソラテシラがビルセゼルトを『若造』と呼ぶのは彼の実力を認めないのではなく、認めた上で心配しての言葉だと、知っているのはダガンネジブだけだろう。ソラテシラが本心を隠さず話す相手は夫だけだ。


 辛辣(しんらつ)なソラテシラに、ビルセゼルトは『義母上には頭が上がる事がありません』といつも苦笑いしていた。何事にも()()のないビルセゼルトの事だ、魔女・魔導士が嘘を吐けない存在だとしても、社交辞令なら言える。社交辞令だろう? と探りを入れれば本心を知る事もできるが、ソラテシラはそうしなかった。心配しながらも、ソラテシラはビルセゼルトを信用しているのだとダガンネジブは見ていた。


 が、ここで、この不祥事(ふしょうじ)だ。ジョゼシラはともかく、ジョゼシラを(ぎょ)せる夫と見込んだビルセゼルトが簡単に巻き込まれている。ソラテシラの怒りは、ジョゼシラよりもビルセゼルトに向かっているとダガンネジブは感じていた。首謀者はどう見ても娘のジョゼシラなのに、だ。


「あなた! そんなところで何をニヤニヤしているのです?」

急にソラテシラの矛先(ほこさき)が自分に向き、ダガンネジブは(こころ)(うち)でさらに笑う。来やがった、ラテのヤツ、自分じゃどうにもならないらしい。


「こっちに来て、少しは知恵を絞りなさい」

「判った、判った。そう怒鳴るな。美貌が台無しだぞ」

ダガンネジブが穏やかにそう言って微笑めば、ソラテシラが言葉に詰まる。


 ソラテシラに恋焦がれたダガンネジブ、その情熱に負けて一緒になったソラテシラだが、婚姻の誓いのあとは、むしろソラテシラが八歳も年下のダガンネジブに夢中になった。それが今でも続いている。


「で? 何かいい案はあるか?」

一瞬、ダガンネジブに見惚れたことなどなかったことにして、ソラテシラが尊大な態度を見せる。


「そうさなぁ……」

ソラテシラを焦らすようにそう言うと、ダガンネジブは周囲を見渡した。そろそろソラテシラが再び怒鳴り始めるかというとき、ダガンネジブが言った。

「給仕係をここへ……」


 ダガンネジブは給仕係からいくつか聞き出すと、ソラテシラに言った。

「ビルセゼルトが部屋に(こも)ってからは、二人分の食事と、何本かのワインが消えているそうだ。食事する冷静さを失っていないってことだ」


「……それがなんだと? ジョゼシラは5日目、ビルセゼルトは4日目。空腹にもなる事でしょうよ。それにしてもワイン? あの男、何を考えているの?」

「まぁ、そう怒りなさんな」


 さらに言い募りそうなソラテシラを手で(なだ)め、ダガンネジブが黙り込む。黒い瞳が光りを放ったのは、何か術を使ったからだ。が、それもわずかな時間で、すぐにダガンネジブは術を解いた。その直後……


「あ……」

と、ソラテシラが声を漏らす。ズンッと空気が重くなり、陣地の保護術が更新された気配がする。そしてすぐさま強化された。


「ジョゼシラが応答したのですか?」

「いや、アイツにはそんな余裕もなさそうだ。ビリーを捕まえた。あの野郎!」


 珍しくダガンネジブが声を荒げる。抑えていたものが徐々に頭をもたげた。そんな感じで、最後は怒鳴り声になり、同時に雷鳴が(とどろ)いて、周囲を震えさせる。(いかずち)を伴わなかったのは、ダガンネジブが辛うじて自分を抑えたからだろう。


「ダグ……何があったというのです?」

青ざめたソラテシラがダガンネジブの腕にすがる。

「うるさい! 俺はもう帰る。居たければおまえは残れ」

「ダグ!」


 姿を消させるものかとソラテシラがダガンネジブの腕に回した手に力を()める。ダガンネジブが顔をしかめた。

「馬鹿力め……判った、話すから腕を離せ」

おろおろと見守っている魔女魔導士たちを見渡しながら、ダガンネジブがソラテシラの肩を抱く。そしてゆっくりと歩き、周囲と距離を取った。


「ジョゼは全く反応しなかった。だからビルセゼルトに送言したら、『義父(ちち)上を無視するわけにはいきませんね』と、アイツ、返言してきやがった」

小さな声でダガンネジブが話し始める。


「いいから早く出てこい、と言ったらアイツ、『今は手が離せません』と答えた」

何をしていると聞いらた、『話せるようなことではない』と言う。陣地の結界が(ほころ)んだらどうする、と問えば、『忘れてました、今すぐに』と答えた――今すぐ施術できるなら、部屋から出る事もできるだろう、と(たた)みかけたら、術ならこの場でも掛けられる、とシレッと言うだけだ。せめて何をしているかを明かせと、俺は言った。


「すると、しつこいおかただ、と言った後、アイツ、別の音を俺に聞かせた」

「別の音?」

「うぬぅ……!」


 再び怒りを(たぎ)らせるダガンネジブをソラテシラが宥める。

「あなた……他の者たちに知られたくない話なのよね? 怒鳴ってはいけません」

「……そうだな。おまえも怒鳴るなよ。ビルセゼルトが俺に聞かせたのは、ジョゼシラの(あえ)ぎ声だ」


「ど……どういう事? ビルセゼルトはジョゼシラに何かしているという事? あの男は九日間戦争の時も、ジョゼを(なぐ)る事で夫婦喧嘩を収めたわ。まさか?」

「いや……」

ダガンネジブがまたも口籠(くちごも)る。


「あれは、毎晩おまえが俺に聞かせる、あの声と同じだ」

これ以上もないかと言うほど、顔を顰めてダガンネジブが言い捨てる。


「ビリーのヤツ、俺に、俺の娘の……思わず、送伝術を絶ち切っちまった。ビリーの思惑通りだ……ん? ラテ、どうした?」

呆然とするソラテシアにダガンネジブが問う。


「いいえ……それではこの四日間、二人はその、ずっと、(むつ)みあっていたと? おのれの役目も果たさずに?」

「ん、まぁ、多分……そう言う事だな」


 ソラテシラに話したのは失敗だったかと、ダガンネジブが警戒する。ただでさえソラテシラは激怒していたのだ。火に油を(そそ)いだのではないか?


 ダガンネジブの心配は杞憂(きゆう)に終わる。やがて夫を見たソラテシラが、

「やはりビルセゼルトで間違いなかった、ということですね」

と静かに言った。そして、

「確かに、大きな声で話せるようなことじゃないわね。手を離せないのも無理はないわ」

と、苦笑し、続けた。


「陣地の保護術は既に更新され、ビルセゼルトが上乗せした強化術も完璧以上。あの二人なら、すぐに遅延した仕事もこなすことでしょう――ダグ、あなたは随分(おも)(しろ)くなかったようだけど、怒る事ではないわ。あなたの娘のジョゼシラは、幸せを全身で(あら)()しているのだから……」

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