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雪に抱かれて花と咲く  作者: 寄賀あける
第四草 コルチカム  楽しい思い出       【嘔吐、下痢、呼吸困難】

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 魔女の居城に入るには火のルートを使うしかない。外部から簡単に中に入れないよう厳重な結界が張り巡らさせているからだ。ビルセゼルトでも移動術を使っての侵入は不可能だ。魔導術を使わず、徒歩で門を通るほうが、よっぽど容易(たやす)い。


 ノンスアルティムの別荘から、ひとまず魔導士学校の自室に戻る。魔導士学校の自室の暖炉は、別荘以外はセンスアルティムの今は住む者がいない街屋敷と、南魔導士ギルドの本拠、そして南の魔女の居城、この四か所に常時開通している。


 ビルセゼルトは自室に戻ると、少し迷ってギルドに寄る事にした。何か情報があるかも知れない。あるいは南の魔女の居城の誰かが、ギルドに通報しているかもしれない。ジョゼシラの行動は誓約違反と取れなくもない。


 ギルドの火のルート番は、相手がビルセゼルトと知ると、大声でナセシナノを呼ぶのが聞こえた。やはりギルドも知るところとなっているか……責任を追及されたときの対策も必要だ。


「ナッセ、何があった?」

「お待ちしておりました。それが……まったく判らないのです」


 昨日の夜明けに、陣地の守護が強化されるのを感じている。だから南の魔女は、それまではいつもと変わらずにいたはずだ。異変があったのは、給仕係の魔女が朝食の用意をしようと居室のドアを叩いた時だった。『失せろ……食事など不要』そう言ってジョゼシラは給仕係を追い返した。


「……本当にジョゼシラが? 本当にそんなことを?」

つい、ビルセゼルトは問い(ただ)している。魔女・魔導士は嘘を()けない。偽りのないことなのだと、判っていても。すぐには信じられなかった。納得できない。いくらなんでもジョゼシラが、使用人に対し『失せろ』と言うとは思えない。


「そしてそれきりお部屋に(こも)っておしまいになり……ガディジエンドやクルクッシャスが声をかけても『煩い、失せろ』と(おっしゃ)るばかりで、あげくに(いかずち)を落とされたそうです」


 さすがに雷は、わざと的を外して打ち出したようで、壁を少し破壊するにとどまったらしい。既に城詰めの魔導士により修復されていると、ナセシナノは言った。


 癇癪(かんしゃく)を起したのか? ビルセゼルトが考え込む。あの魔女は、ときどき癇癪を起して手を焼かせる。自分の感情がコントロールできなくなる。でも、だとしたらなぜ? 必ず原因があるはずだ。それに今日で二日目、こんなに長い癇癪も考えずらい。


 放っておけないのは明白だ。ナセシナノが知っているという事は、ギルドが干渉するという事だ。南の魔女の城詰めの誰かがギルドに救援を求めたのだろう。無理もない、わたしでさえ手を焼くことがあるジョゼシラを、制せる者はそう居はしない。


 ここまで考えて、ビルセゼルトの脳裏にある恐れが浮かぶ。まさか、ジョゼシラに誰か毒を盛ったか? 錯乱効果のある毒は知らないが、ないとも限らない。ジョゼシラが簡単に錯乱術にかかる事はない。だが毒耐性はどうだろう。そこまで仕込んでいないはずだ。


 自分にも身に覚えのないことではない。効力無効術を使って効果が出る事はなかったが、リリミゾハギに媚薬を盛られた事がある。城に詰める者をあの魔女は信頼しているはずだ。その信頼する者に勧められれば疑いもせず飲食するだろう。


 そして……この事態をビルセゼルトに伝える前にギルドに通報した者は、事態がギルドに知られることでジョゼシラやビルセゼルトの立場が危うくなる事を狙ったのではないか?


「ビルセゼルトさま! まずは南の魔女の居城にお急ぎください。あとはご指示通り、手配しておきます」

ナセシナノの声に、ビルセゼルトは火のルートに足を踏み入れた。


 南の魔女の居城で聞いた話はナセシナノから聞いた話ほぼ同じ、ただ『失せろ』ではなく『来ないで』と言う嘆願(たんがん)だと、南の魔女の居城に詰める者たちは証言した。ギルドへ伝わる途中のどこかで、伝言者の主観が混入し、言葉に齟齬が生じたのかもしれない。しかし……


 来ないで? その物言いも、ジョゼシラにしては随分と珍しい。もしあの魔女が言うのなら、『来てはならない』『来るのを禁じる』などと、(めい)じるはずだ。


 ジョゼシラが南の魔女と定められて、ジョゼシラの母ソラテシラは東の魔女に移動したが、ジョゼシラを産み育てた時は南の魔女だった。


 ジョゼシラは生まれた時から統括魔女を見ている。統括魔女の仕事は命令を下すことだと、思い込んでいる節がある。命じなければ、配下の者はどうしたらいいのか迷う、迷わせないよう明確な命令を下すのが統括魔女の仕事だ、と言うのがジョゼシラの哲学だった。


 そのジョゼシラが、『お願いだから来ないで』と言ったという。これもまた、ビルセゼルトには納得いかない。が、事実はそうなのだろうと受け止めた。魔女・魔導士は嘘が吐けない。城詰めの者たちは、その耳で実際に聞いている。


 魔女の居室前には数名の魔女や魔導士が集まって、なんとかドアを開けさせようと、中に声をかけていた。見るとネクルドロアの顔がある。


 ギルド詰めのネクルドロアがここにいる、という事は事態収拾のためにギルドから派遣されたという事だ。ネクルドロアは警護魔導士だ。警護魔導士を呼ばねばならないほどなのか?――壁に寄りかかり、ネクルドロアは周囲の様子を観察している。


「やぁ、ビリー、ようやっと来たか」

ビルセゼルトを見ると親し気に声をかけてくる。魔導士学校では一年上で、ビルセゼルトが入寮していた白金(しろがね)寮の寮長をしたこともある魔導士だ。


「さすがにジョゼシラの力は凄いな。無理やり開こうとしたが、俺の術は無効化された」

「ふむ……ドローの術が跳ね返されるのでは、わたしでも無理かな?」


 またまた()謙遜(けんそん)を、とネクルドロアは言ったが、決して謙遜などではない。ジョゼシラの力の強さは充分承知している。ジョゼシラの力の強さに()せられ、不器用さを修正に導く面白さに夢中になるうち、恋に落ちた。ジョゼシラの粗削(あらけず)りな術はビルセゼルトの指導で大きく修正され、魔女としての力もあの時とは比べられないくらい強大になっている。ビルセゼルトでも、簡単に抑えられる相手ではない。


「暴れているのか?」

ビルセゼルトの問いに、

「いや、しつこくしなければ、温和(おとな)しいもんだ」

ネクルドロアが答える。


「では、まず声をかけてみよう」

周囲が見守る中、ビルセゼルトが魔女の居室のドアの前に進み出る。


「ジョゼシラ、わたしだ。聞こえているか?」

ビルセゼルトが語り掛ける。声の大きさはネクルドロアと話していた時と変わらないが、送言術と、何か複雑な術を仕込んでいる。


 まったく、いけ好かない。ビルセゼルトは魔導士学校に入学してきたときから、いけ好かなかった、とネクルドロアが思う。


 誰が見たって美しい顔立ち、燃えるような赤い髪に、鋭く光るレンガ色の瞳、それだけでも目立つのに、並みはずれた魔導力に神秘力、さらに術を使う器用さ、豊富な知識……


 どんなに頑張ったって太刀打ちできなかった。だから下になるしかなかった。ホヴァセンシルについて北に行く手もなかったわけじゃない、でもホヴァセンシルはたかが街の魔導士。だったら、まだビルセゼルトのほうがマシだ。


 さて、ビルセゼルト、奥方のご(らん)(ぎょう)をどう治める? 九日間戦争の時は、ひっぱたいて()めさせていたな。今回はどうする? ヘタを打てばジョゼシラは南の魔女を降ろされ、おまえもギルドを追い出されるぞ。


 しかし、それも困るか。ビルセゼルトの代わりになれる魔導士がいない。北のホヴァセンシルに対抗できるのはビルセゼルトだけだ……ネクルドロアは、どっちつかずの気持ちのまま、ビルセゼルトを見詰めていた――


「なんでこうなった?」

アウトレネルの怒鳴り声が辺りに響いた。


「だから、それがさっぱり判らなくて……だからこうしてアウトレネルさまをお頼りしたのです」

南の魔女の居城に詰める魔導士にそう言われ、アウトレネルが言葉に詰まる。


「ドロー、アンタは何をしていたんだ? ビリーが部屋に入るのを、そこで見ていたんだろう?」

「俺に言われてもなぁ……ビルセゼルトは自分で部屋に入っていった。それっきり応答なしだ。ジョゼシラの結界は俺なんかじゃ破れなかった。その上にビルセゼルトが術を重ねている。誰に破れるって言うんだ?」

再びアウトレネルは言葉に詰まった。


 周囲が見守る中、ドア越しにジョゼシラに声を掛けたビルセゼルト、(すん)()()を置いて(うなず)いたビルセゼルトが、ドアを押すとすんなり開いた。


 ドアの中に入っていくビルセゼルト、続いてネクルドロアも入ろうとした。が、ドアは開いたままなのに、結界に(はば)まれ入室できないうちに、再びドアが閉まる。それきり、ジョゼシラからもビルセゼルトからも応答がない。


 ビルセゼルトが中に入るまでジョゼシラは、時おり返事を寄越していた。それが今度はビルセゼルトも一緒になって一切応答しない。事態は悪化の一途を辿(たど)っている。


 一夜めはビルセゼルトが説得しているのだろうと、静かに見守った。それが二日目の夜になっても変化がない。三日目にはビルセゼルトの親友と(もく)されるアウトレネルが呼ばれた。街の魔導士が統括魔女の居城に呼び出されるのは異例の事だ。


 だが、アウトレネルの言葉もビルセゼルトを動かせない。もちろん、アウトレネルも事態を深刻に受け止め、懸命に話しかけている。


 一番の問題は、陣地を守る魔女の守護が期限切れになる事だった。


 統括魔女は毎朝、日の出とともに己の陣地に保護術を掛ける仕事があった。そのほかにもいろいろあるが、その仕事は陣地と神秘契約を結んでいる統括魔女にしかできない事だった。


 魔導士はその保護術を強化することはできたが、土台になる魔女の保護術が崩壊すればそれもできなくなる。土台が消えれば、強化もへったくれもない。魔女の保護術の期限は五日と言われている。ジョゼシラの保護術なら、更に二・三日は持つかもしれない。だが、不確定要素に過ぎない。


 ジョゼシラが部屋に籠ってから、すでに四日が過ぎている。もう、猶予がない。


「ソラテシラさまを呼ぶしかないか……」

アウトレネルが(つぶや)く。


 こうなったら、ビルセゼルトやジョゼシラに対抗できるのはジョゼシラの母親、前東の魔女ソラテシラしかいない。ソラテシラの言葉になら、ジョゼシラ、もしくはビルセゼルトが耳を傾けるかもしれない。


 最悪、ソラテシラの夫、ジョゼシラの父親、妖幻の魔導士ダガンネジブとソラテシアの二人でなら、この結界も破れるかもしれない。この際だ、多少居城に被害が出ても仕方ない。


「そうだな、ギルドに手配させる」

ネクルドロアがアウトレネルの呟きに答えた。

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