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雪に抱かれて花と咲く  作者: 寄賀あける
第三草 ゲルセミウム 甘い囁き         【神経毒、ときに……媚薬】

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 妻の父、妖幻の魔導士ダガンネジブの訪問に、ビルセゼルトは戸惑っていた。場所は魔導士学校教師棟のビルセゼルトの居室、ビルセゼルトが住処と定めている場所だ。


「これは義父(ちち)上、ご無沙汰しております」

「うん、おまえが最高位を獲得した祝い以来だな……()(つき)といったところか」

ダガンネジブは穏やかだったが、ただの世間話をしに、わざわざここに来るはずもない。


 いつもなら魔導術で済ますものを、火を(おこ)し、湯を沸かし、茶を()れる。


「で、なんとかって魔女をノンスアルティムの別荘に入れたそうだな」

やはりその話か……まぁ、追及されると覚悟はしていた。ビルセゼルトは内心を探られないよう表情を抑え、太々(ふてぶて)しいと思われないよう注意を払い、答えた。


「お耳に入りましたか……このような時にはご挨拶に(うかが)うべきでしたか? それともお披露目をするものでしょうか? 何しろ不慣れなもので」

ダガンネジブをまともに見ることができないのを、ティーカップから目を離さずに彼の前にカップを置くことで誤魔化した。


 フンとダガンネジブが鼻を鳴らす。

「世の中にはそういったことをするヤツもいるだろうが、おまえの気性じゃしないだろうし、しないほうがいい……ラテの激昂(げっこう)(あお)るな。これ以上アイツを怒らせたら、俺だって抑えきれない」


義母(はは)上はお怒りですか……」

そうだろうな、と思いつつビルセゼルトは軽くため息をついた。


 ビルセゼルトはソラテシラが娘のために選んだ夫だ。そのビルセゼルトが娘以外の女に子を産ませる。ソラテシラにすれば、娘を(ないがし)ろにされ、自分の顔に泥を塗られた事になる。


 ビルセゼルトの表情を(うかが)いながらダガンネジブが問う。

「なぜこんなことになった? 俺の知っているおまえは妻以外と(ねんご)ろになる男じゃない」


「……判りません」

本心だった。自分でも判らなかった。


 同道していたアウトレネルが昏倒薬で眠らされ、自分は媚薬を盛られていた。全く予測していなかったリリミゾハギの行動に、ビルセゼルトは困惑するばかりだった。


 媚薬は効力無効術でさっさと消し去ったが、リリミゾハギは諦めてくれない。一度だけでいいと(すが)りつき、泣き(むせ)ぶ女を、ビルセゼルトには突き放すことができなかった。


 気が付くとリリミゾハギを抱き締め、『苦しめて済まない』と(ささや)き、唇を重ねていた。妻とは違う女の匂い、妻とは違った柔らかさを持つ身体(からだ)、妻とはまったく違う(いら)え……それが情欲に火をつけたのか?


 判らないと答えたきり、何も言わないビルセゼルトをダガンネジブは見詰めた。

「判っていたら、こうはならないか……ま、俺が聞きたいのはそんな事じゃない。ジョゼシラはどうしている? それが気になってここに来た。ジョゼに相談なしでの事ではないよな?」


「屋敷に迎えるにあたっては、事前に承諾を得ています」

「フン、女を抱く前には相談してないか。ま、そりゃそうか……アイツ、癇癪(かんしゃく)を起さなかったか?」


 ビルセゼルトの妻、南の魔女ジョゼシラは有り余る力を持つが、その力を怒りに(まか)せて暴走させることがある。九日間戦争の際も、周囲に多くの魔導士がいるにも(かかわ)らず、西の魔女の城にサリオネルトとその妻を置いて帰って来たとビルセゼルトを責めて癇癪を起している。


 周囲を巻き込み、城の内装を破壊し、最後にはビルセゼルトを怒らせた。今でも魔導士界では嘲笑と共に語られることがある。


「それが……そうなったのなら仕方ない、好きなようにすればいい、と」

ビルセゼルトの苦笑に、安堵ではないものを感じたダガンネジブが皮肉を言う。

「おまえはそれに不満だったようだな」

「……不満? なぜわたしが不満を?」

「まったく……おまえは本当に、腹立たしいほど面白いヤツだ――自分で女を囲うと決めておきながら、ジョゼが反対しなかったのが物足りないんだろう? 猛反対されたら、それを理由に囲うのをやめるつもりだったか? それとも単に妬いて欲しかったか?」


 妬いて欲しかった……図星かもしれない。だが、実際、ジョゼシラが(がん)として承諾しなかったら、どうしていただろう?


 婚姻の誓いは魔道契約だ。一度契れば片割れが世を去るまで無効化できない。有効な限り、配偶者の意向を考慮しないわけにはいかない。特に社会的なことに関しての拘束力は強い。


 ジョゼシラが承諾しなければ、リリミゾハギを表に出せず、どこかに隠して子を産ませただろう。その時は我が子でありながら、我が子であることも(おおやけ)に出来ない。当然、グリアランバゼルートに関する権利をその子に継承させることもできなくなる。そうならなくて良かったのだから、ジョゼシラの承諾をビルセゼルトは喜んでいいはずだった。


 リリミゾハギから子ができたと聞いた時、ビルセゼルトは迂闊(うかつ)にも動揺を顔に出してしまった。


「やはり街の薬売りでは、ビルセゼルトさまのお子の母親になどなれない」

あられもなく泣くリリミゾハギに、弱めたばかりの結界を再度強化した。


そして

「そうじゃない」

と、慌てて言い訳した。


 あれは言い訳だった。なぜリリムなんだ、そんな疑問が確実に胸の内にあった。俺の子を産むのはジョゼだけだと思っていた……


 馬鹿な思い込みだ。子ができるようなことをしている。この結果を呼び寄せたのは自分だ。


「落ち着きなさい……」

リリムに掛けた言葉は、自分に向かっての言葉でもあっただろう。


「それで、体調は? 眩暈(めまい)を起こしたようだが……」

「子が(たい)にいるからで、心配するようなものではありません」


「……で、いつごろ生まれる?」

「産んでよろしいのですか?」

ビルセゼルトはリリミゾハギの瞳に輝きを見た。


 この女は、子ができて喜んでいるのか? それとも、わたしの子だから喜んでいるのか? だが、それを聞くのは気が引ける。


「我が子を闇に(ほうむ)ると? そんな事をさせはしない」

ビルセゼルトの答えに、更にリリミゾハギの顔が明るくなる。


「春の終わりころに。花が咲き誇る美しい季節に生まれてまいります」

「判った。安心して身体を大事にするように。おまえが困ることのないよう、手を尽くそう」


 その約束をノンスアルティムの別荘に、リリミゾハギを住まわせることで実行した。屋敷に迎え入れ、経済的な保証をし、更に身の回りの世話をさせるため、数人の魔女を雇い入れている。その魔女たちと領地内の街人に、リリミゾハギを『領主の妻』として扱うように命じた。


 世の中に、グラリアンバゼルートの次の領主の妻だと知らしめたのだ。街においては、ビルセゼルトの妻はリリミゾハギと確定させ、生まれてくる子に継承させると認めたのだ。


 それらは別荘に住まわせること以外(所有する屋敷に誰を住まわせようが持ち主の勝手だ。夫婦と言えど、必ずしも財産を共有しているわけではない )は、ジョゼシラの承諾なしにできる事ではなかった。


 黙り込んでしまったビルセゼルトをダガンネジブはしばらく眺めていたが、

「どっちにしろだ、おまえがジョゼシラへの愛を失ったわけじゃないことは判った」

と、立ち上がる。


「事細かな経緯など聞いてもなんの足しにもならん――いつだったか、ジョゼシラになにかあったら後を追うか、と俺が訊いたら、おまえはそれには答えず、『命をかけても護る』と言った。その時の気持を、おまえが忘れていないのならばそれでいい」

ダガンネジブをビルセゼルトがゆっくりと見た。

「それを……そう義父(ちち)上が信じる根拠は? ほかに女を作ったのになぜ、気持ちは変わっていないと言い切るのです??」


 ダガンネジブがニヤリと笑う。

「そうさなぁ……ジョゼシラが癇癪(かんしゃく)を起さなかったから、かな。おまえの愛が失われていないのなら、ジョゼはそれでいいと思ったんだろうよ。アイツは、おまえに愛されていると信じて疑っちゃいないんだ――さて、俺は行く。ビルセゼルト、思い悩むなよ」


 そのあとダガンネジブは南の魔女の居城にジョゼシラを訪ねている。それから東の魔女、自分の妻ソラテシラのもとに帰った。


「どうでしたか?」

帰るなり妻ソラテシラの質問攻めにあっている。


「うーーーん、幾ら親でも夫婦の事が判るもんか。当人にしか判らん。いや、下手すると当人にも判らない」

と豪快に笑い、ソラテシラが呆れる。


「ビルセゼルトのヤツ、俺の目を一向に見ない。覗心術を恐れてじゃない、後ろめたくて会わせられないんだと思った」

「そりゃあ後ろめたいでしょうよ」

当然とばかりソラテシラが(むく)れる。


「いや、おまえが思っている事と、俺が感じている事は違うと思うぞ」

「違う?」

「おまえは、女を作ったことをビルセゼルトが後ろめたいと思っていると、考えているだろう?」

「では、何が後ろめたいとあなたは言うの?」


「惚れてもいない女に子を産ませることを後ろめたく思っているのだと、感じた」

「その女に気持ちはないと、ビリーが言ったのですか?」


「うーーん、勘、かな」

と、またもダガンネジブが笑う。さらに呆れるソラテシラに

「だがな、その勘は当たっているぞ。帰りにジョゼにも会ってきた」

したり顔でダガンネジブが言った。


「ジョゼシラの様子は?」

「俺の前だからか、いつもと変わらなかったな。女を屋敷に迎えると言った時のビルセゼルトの様子を聞くつもりだった。で、それとは別に、ジョゼから面白い話を聞いた。随分前の事らしいが、アウトレネルがビリーに、『おまえに気がある女がいる』と言ったらしい。それをビリーがジョゼに話したそうだ」


「あのビリーですもの、気を引きたがる女は腐るほどいるでしょうね。でも、ビリーの(ぼく)(ねん)(じん)、さっぱりそれに気がつかない。その辺りも気に入ってジョゼシラの相手に選んだのに……」

(くや)しがるソラテシラを面白そうにダガンネジブは(なが)めている。


「で、それにジョゼシラが、アウトレネルの言う通りだ、相手の女に期待を持たせてはいけないと答えたそうだ。するとビリーは腹を立てて帰ってしまった――なんで、ビリーが腹を立てたのか、ラテ、おまえに判るか? ジョゼは、ビリーの事を鈍感と言ったからだと思っていたが」


「相変わらず、ジョゼはビリーを遠慮もしないで(けな)すのね。そんなだから、ビリーの目が余所(よそ)の女に向いてしまったのだわ」


「……俺の問いへの答えじゃないが、それもあるかも知れないな――で、俺の答えはこうだ。ビリーは、他の女に向ける目も、心も、ビリーにはないと、ジョゼに思っていて欲しかった。自分を愛してくれるのはジョゼだけだと、ビリーは思っていたかった。ジョゼシラがそう思っていないことに腹を立てたんだ」


 ソラテシラが夫を見る。

「その通りだとしたら、若いころのあなたみたいね――あなたの娘がビルセゼルトに夢中になるのも(もっと)もなのね」

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