11
リリミゾハギが会いたいそうだ――アウトレネルから連絡があった。
翌日には時間を作り、ビルセゼルトはアウトレネルの所領、グラリアンバゼルート北部に隣接するリトナムテルスッタにあるアウトレネルの街屋敷を訪ねている。
リトナムテルスッタはアウトレネルの所領であり、アウトレネル自ら街の魔導士を勤めている。庭は『霧降る白鷲の森』に面していた。
『霧降る白鷲の森』はグラリアンバゼルートの森『ペガサスの住処』まで続いている。『ペガサスの住処』には湖もあり、ビルセゼルトが保有する別荘もあった。
「ここはいつも、気持ちのいい風が吹いていますね」
アウトレネルの庭のテラスで、お茶を淹れてくれたサルティアに微笑みかけながらビルセゼルトが言った。
うっすら頬を染めてサルティアが微笑を返す。サルティアの隣では夫のアウトレネルが面白くなさそうな顔をした。
「果物をたくさんいただいて……いつもお心遣い、ありがとうございます」
「この夏は暑いので、少しでも食べやすい物を、と。お好きだといいのですが」
「もちろん! 果物は大好きですわ。そのままでもいいし、絞っても美味しい」
嬉しそうなサルティアに
「それくらいにしておけ、サラ」
ますますアウトレネルが面白くない顔をする。
「でないとそいつは、毎回果物を持ってくるぞ」
「あら、嬉しい」
サルティアが笑う。
「だいたい、あんなにたくさんどうするんだい? 食べきれないだろうが」
「そう? あなたが食べないなら、わたしが全部いただくわ」
へぇ、そうかい、それならそうしなよ、と剥れるアウトレネル、それを見て笑うサルティア、じゃれ合いに過ぎない二人から、ビルセゼルトはさり気なく目を逸らし森を眺める。
「森は豊かだな。そして落ち着いている」
「うん?」
「いや、森、さ。いつでもそこにあって、いつでもあるがままだ。そのくせ中を見せない」
「秘密を守っている?」
「そうだね。何かを隠すには絶好の場所かも」
するとサルティアがやっぱりクスクス笑う。
「ビリーには、何か隠したい事でもあるの?」
「え?」
サルティアの質問に、ビルセゼルトは不意を突かれたような顔をする。
「誰にだって、隠したいことの一つや二つあるよなぁ」
執り成すアウトレネルに
「いや、隠したいこと、なにかあったかな?」
ビルセゼルトが考え込む。すると
「おいおい、考えたけど、なかった、なんて言うなよ」
アウトレネルが呆れる。
「うーーーん、ないなぁ」
苦笑いするビルセゼルトにサルティアが
「きっとビリーは、言わなくてもいい事を言わないのは隠し事とは思ってないのよ」
と笑えば、
「そうなのか? それを普通は『隠し事』と言うんだぞ」
アウトレネルがさらに呆れた。
「けどね、レーネ。相手が悲しんだり苦しんだり悩んだり、そんな事をわざわざ知らせる必要があるか? 聞かれるまでは言わずにおいたほうがいいように思える」
「そんな事より、ビリー。お父さまのお加減はいかが?」
サルティアが話題を変える。このまま放っておくと、意地っ張りで気が短い夫がビルセゼルトに喧嘩を吹っ掛け兼ねない。
「母が亡くなってから、すっかり元気を無くしてしまってね。街屋敷に籠りきりのようだ」
「ようだ、って、相変わらず顔を見せにも行かないのか?」
アウトレネルがまた呆れる。
「うん……」
これには少しばかり、ビルセゼルトも苦い顔をする。
「なんだか……判らなくなってしまってね」
「判らなく、って?」
お茶を注ぎ足しながら、サルティアがビルセゼルトを盗み見る。
「サリオネルトがいる頃、両親はヤツを蔑ろ、と言うか、まったく気にも掛けなかった。むしろ、いないものとしたいのだと、俺は感じていた。それが、サリーが亡くなった途端、母はすっかり生気を失い、後を追うように逝ってしまった。父は、母がいる間は母を看るために気を張っていたようだけれど、その母が去れば生きる気力を無くし、母と同じでサリーの事を悔やんでばかりいる……俺は二人にとってなんだったのだろうね?」
アウトレネルが、ちらりとビルセゼルトを見る。
「手のかかる子ほど可愛いと言うぞ、ビリー。おまえには、もう心配することもないってことなんじゃないのか?」
「人とは難しいものだな。サリオネルトが生きているうちに、なぜおまえを愛していると、うちの両親は言ってやらなかったのだろう? そうしていれば――」
そこでビルセゼルトは言葉を切った。アウトレネルもサルティアも、先を促すことはなかった。
「どちらにしろ、過ぎたことだ。今さら、だな」
そう薄く笑うビルセゼルトに、話しの降り方を間違えてしまったとサルティアは後悔していた。
アウトレネルの街屋敷を辞去するとビルセゼルトは、アウトレネルを伴って街の魔導士ギルドの地区本拠に顔を出している。周辺の状況を確認するためだ。
「病人は完全に隔離している。看るのは魔導士だけで、なのに、新たに感染する者が出る。感染源が特定できない」
「それでも、死者数、新患数ともに減少しているのだから、方向は間違えていないのだろう」
「完治できるという報告がない以上、油断できない。癒術魔導士、薬学博士、双方とも全力で当たっていると、返事だけは来る」
「一番の問題は、物流が途絶え、生産も止まり、食料さえ不足し始めている事だ」
一通り報告を聞いた後、ビルセゼルトは他の同様の街と同じ指示を下している。
患者の隔離は今まで通り、新患の共通点を探り、感染源の特定を急ぐこと、手不足であれば遠慮せずにギルド総本拠に応援を願い出る事、そして食料の不足分を計算し入手方法を明確にすること。
食料については領地を保有する者に対して、魔導士・街人に関わらず、蓄えを放出することを命じている。また、東の魔女ソラテシアからの支援を分配することも伝えたが、これは時期を明確にせず『なるべく早く』と告げた。ギルドの直轄領が後回しになっている現状がある。そちらが把握出来次第とした。
リリミゾハギの住処には夕刻――予め知らせた時刻に到着した。
温室に案内され、各種薬草の効能の説明、利用法の説明の後、温室から住居に場所を移した。
「話だけ聞いていると、ちょっと使い方を間違えると、薬じゃなくって毒になりそうだ」
こわごわと言うアウトレネルに
「本来、薬とはそんなものです。適量なら薬となり、多すぎれば毒となる。だから扱いに慎重になるのですよ」
微笑みながらリリミゾハギが答える。ビルセゼルトは黙って聞いているだけだ。
「けれど、結局、まだ完治は望めない、と?」
更にアウトレネルが続ければ、リリミゾハギがきっぱりと言った。
「原因が究明できない以上、完治は無理です。この病は、強い魔導術が作用しています。この魔導術の源を絶たなければなりません」
ここでビルセゼルトが
「源から発せられた病の原因が、患者が落命するまで影響し続けていると受け止めていいのかな?」
と質問する。
「はい、どうもそのようです。わたしが調合した薬は、解熱作用に加え、鱗化を抑えて皮膚を正常に戻す作用があるものです。通常、それで治るはずなのに、油断すると再度、鱗化が始まります。命を救うには薬を塗り続けることになります」
「うん?」
改めてビルセゼルトがリリミゾハギに向き直る。
「皮膚を正常に戻す? それは今までにない効能だね」
「先ほど温室でお見せしたトリカブト、あの花粉を利用することで、皮膚の回復に成功いたしました」
「ほう……」
ビルセゼルトとアウトレネルが顔を見合わせて頷き交わす。
「リリム、よくやってくれた」
アウトレネルの目には涙が滲む。
街の魔導士として、街人のすぐ近くに寄り添って生活する彼は、患者の苦しみを目の当たりにしている。それが少しでも緩和されるのは彼にとっても喜びだった。
「お帰りにはサンプルをお渡しいたします。ギルドでの検証の後、次のご指示をお願いいたします」
そう言いながら茶を淹れたリリミゾハギが、カップをビルセゼルトとアウトレネルの前に置く。
「うん、今日のお茶も美味いね」
上機嫌ですぐさまカップに手を伸ばしたアウトレネルのお茶の湯加減を、こっそりビルセゼルトが調整している。
ビルセゼルトはリリミゾハギに会釈してからカップに口を付けた。
「……?」
一口飲んでビルセゼルトがリリミゾハギの顔を見る。そしてアウトレネルを見た。
「ん?」
見られたアウトレネルがキョトンとする。
その手からカップをそっと取り上げたビルセゼルト、テーブルのソーサーにカップを戻す。アウトレネルがゆっくりとソファーに頽れていった。
「アウトレネルさまには昏倒薬を」
静かにリリミゾハギが言った。
「わたしには? 昏倒薬ではないな。大抵の薬には耐性があるが、これは?」
学生の頃、昏倒薬で眠らされ、双子の弟ともども誘拐された経験から、厳重に薬耐性を身につけたビルセゼルトだった。だが、それにも限界がある。世の中にある薬品、すべてを網羅できるものではない。
リリミゾハギが立ち上がり、ビルセゼルトの顔を覗きこんで囁いた。
「お辛いでしょう? あちらへ、さぁ、参りましょう」




