日常
その朝も、厨房にはカイルの姿がなかった。
「……また?」
食材を並べながら、レイラが低くつぶやいた。
怒るより先に、もう呆れるという感情しか湧いてこない。
昨日も深夜まで街に出ていたのだろう。真面目な親方の息子とは思えない。
レイラは黙々とアビノウ鳥の肉をさばきながら、リズムよく骨の間を切り分けていく。
彼が来なくても、厨房は回る。
レイラがいれば十分だ。そう思っているし、事実そうだった。
だが彼がいればもっと早く仕込みが終わるのも、事実だった。
厨房の戸がばたん、と開いてその顔が出てきたのはレイラが来たずいぶんと後だった。
「おはよー……って、うわ、顔こわ」
陽だまりのような金の髪に、まっすぐ通った鼻筋と、切れ長の銀灰の瞳。
最近王都から帰って来た親方の息子、カイル。
不真面目で、口が軽くて、仕事には遅れるくせに、顔だけはやたら整っている。
レイラは一切視線を向けないまま、淡々と告げる。
「今日で、今月六回目。遅刻」
「え、カウントしてんの? 怖……」
「厨房は遊びじゃない。時間通りに来ないなら最初からいない方がマシ」
「うわ、冷てぇ。いつにも増して冷てぇ」
文句を言いつつもカイルは残っている仕込みを確認し、手早く材料を切り始めた。
手元だけはいつも妙に真剣だった。仕事ができないわけじゃない。
遅刻をしてもいつも結局昼食には間に合う。
斬新な発想、遊び心のある味付け、見た目も華やか。
なのに、遅刻早退三昧で仕事に不真面目なところが気に入らない。
その才能と容姿の両方を持ちながら、本人はどこか投げやりで本気を出す気がなさそうに見える。
(……それさえなければ、たよりになるのに)
「今日まかないはあんたの番だからね。保管庫の笹トマト、古くなってきてるから使って」
「はーい、レイラ師匠ーー」
舌打ちしたくなるような調子で返されてもレイラはもう慣れたもので、ピクリともせず黙々と作業を続けた。




