まじめで融通の利かないレイラと天才肌でいい加減なカイル。
昼下がり食堂には、揚げ油の香りとスープの温かい匂いが混じり合い、優しいぬくもりが漂っていた。
栗色の髪をそっけなく束ねたレイラは蒸気で曇る鍋の奥をじっと覗き込みながら、煮込まれたターネカ牛のブラウンシチューの濃厚な香りにわずかに目を細めた。
「レイラ、塩をあとひとつまみだ。今のままだと甘すぎる」
親方の短くも厳しい声。
「了解、親方」
それを聞いたレイラは微かに唇を引き結び、静かに頷いて塩を加えた。
レイラはどこまでもまっすぐで、清々しいほどに仕事に誠実だった。
女だからと甘えず、力仕事も率先してやり、誰よりも早く動き、火傷も指の傷も気にせずただひたすらに鍋と向き合う。
レイラの料理には、実直な彼女の心そのものが込められていた。
口数の少ない寡黙な親方だが、そんな彼女を密かに認めていた。
ある日、そんな厨房に久しく見なかった影が戻ってきた。
親方の息子、カイルだ。
王都で修業していたはずが、素行不良と遅刻三昧で追い出されるようにして王都から離れた片田舎のこの食堂に戻ってきた。
戻ってきてからも遅刻に欠勤、そして夜遊びで厨房は雷鳴が落ちるような怒号で何度も揺れた。
「……ってことで、今日も寝坊っす。すんません」
淡い小麦色の髪の寝癖をそのままに入ってきたカイルに、レイラは眉間にシワを寄せ手を止めずに言い放つ。
「前の晩に飲まなきゃいいんじゃない? 厨房、遊び場じゃないから」
「はいはい、怖い怖い」
その軽口に、レイラは心底呆れたようにため息をついた。しかし――。
カイルの料理は、驚くほどおいしかった。
王都仕込みの技術、型破りな発想。同じ材料を使っているのにできる料理は自分が作る物とは全く違う。
野菜に繊細な細工を施すナイフさばきをレイラは思わず手を止め、見入ってしまうことがあった。
カイルの作る料理を目的にこの食堂に来るお客さんもたくさんいる。
今までこの食堂では見ることのなかった女性客や小洒落た若者は、カイルの料理が連れてきてくれたお客さんだ。
限界まで泡立てたアビノウ鳥の卵白でふわりと膨らんだオムレツを横目で見たレイラは、胸の奥がぐっと痛んだ。
くやしい。あんな発想、自分には出てこない。
こんな不真面目男、認めたくなんてないのに、腕だけは本当にいい。
カイルの態度は腹が立つが彼の料理を楽しみにしている自分もいることにレイラは気がついていた。




