第五章:現代の悩み ── 繋がりを求めて
高層ビルが立ち並ぶ大都会では、あらゆる場所に通信ネットワークが行き届き、人々はスマートフォンを手放さずに暮らしている。最新の情報をいつでも得ることができ、遠く離れた相手と瞬時にやり取りができるようになった一方で、どこか孤独に敏感になった人々が増えていた。部屋の中にいても誰とでも繋がることができる反面、直接顔を合わせて話をする機会がめっきり少なくなってきたのだ。
そんな環境の中で暮らしている若い男性は、常にスマートフォンを握りしめていた。SNSの投稿には、彼が撮った写真や日々の出来事が絶え間なく更新されており、たくさんの“いいね”やコメントがつくと安堵を覚える。けれど、ほんの少しでも反応が途絶えると、すぐに落ち着きをなくしてしまうのだった。
「俺って、いったい誰に認められたくて、こんなに必死になってるんだろうな。新しい情報やコンテンツは次々に流れてくるけど、どこか空っぽな感じがする。……それでも、スマホを手放すのは不安で仕方ない」
彼は、駅のホームや信号待ちのわずかな時間さえもSNSのチェックに費やしていた。少しでも更新が滞ると、自分が社会から切り離されてしまうのではないかという恐怖が湧きあがる。深く交流したいという思いよりも、ただ『存在を確認し合う』ためのツールになりつつあるSNS。周囲からの評価が自分を支えていると信じている半面、その評価だけでは満たされない虚無感も拭えない。
一方、かつてSNSを巡るトラブルで大きな心の傷を負った女性は、端末を手にするたびに心がざわつくのを感じていた。過去には、誹謗中傷や根も葉もない噂に巻き込まれて、友人関係が壊れてしまったことがある。以来、ネット上でやり取りをすることに強い不安を抱くようになり、いまではできるだけSNSから距離を置くようにしていた。
「わたしは、もうあんな思いをしたくない。でも、使わなかったらみんなとの関係から置いていかれる気がする。SNSは怖いのに、離れすぎると誰からも相手にされなくなるんじゃないかって……」
そう考えるたびに、彼女の心はきゅっと縮こまった。現実の友人に直接会いたくても、周囲の人々はオンラインでのやり取りを当たり前にしているため、実際に会う約束さえ難しくなっているように感じられた。まるでデジタルを拒否することが、社会との接点までも断ち切るかのように思えてしまう――そんな恐れが、彼女をじわじわと追い詰めていた。
俺は“悩みのゴミ箱”。スマートフォンの画面に映る世界を覗き込みながら不安を募らせる若い男性と、SNSに触れることに抵抗を感じながらも孤立を恐れる女性。それぞれが『繋がり』を求めているのに、心のどこかでそれを拒もうとしているかのような矛盾を感じている。どんなに技術が進歩しても、人々の悩みは形を変えながら生まれてしまうのだと、改めて思い知らされるのだった。
男性は“いいね”の数に一喜一憂しながら、『本当に大事な繋がりって何だろう』という疑問を心の奥底に抱えている。女性は、スマホを手に取るたびに『また傷つくかもしれない』という恐れが頭をよぎるが、SNSから離れられない自分に嫌気がさしていた。どちらも、繋がりを必要としながらも、その不確かさに苦しんでいる。
俺は、そんな二人の胸の内を黙って受け止める。直接会わなくても誰とでも繋がれる時代、それでも感じる孤独と不安は消えることがない。もしかすると、人と人とが寄り添うには、文字での言葉のやり取りだけでは足りないのかもしれない。いくら便利になっても、悩みそのものが失われるわけではない――そう実感するばかりだ。
やがて若い男性は、誰かからの新しいメッセージを確認しようとするように、小さく息をついてまた画面へ視線を落とし、女性はふと部屋の窓から外の景色を見て、空虚なため息をついた。互いの存在など知らないまま、二人はそれぞれの部屋で、SNSを通じて違った繋がりを探している。
俺には、彼らに代わって誰かに連絡をとることなどできない。彼らのもろい不安や、繋がりを渇望する想いを、黙って飲み込むだけだ。けれど、そんな思いを受け止めるたびに、俺の中にひとつ、どうしようもない問いが浮かぶ。
『繋がる』って、本当は何なんだ?――
『俺は“悩みのゴミ箱”。人間同士の距離がどれほど近づいても、悩みの本質は変わらない――』