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パンの行方

作者: 明家叶依

 高校受験を控えた、中学校最後の夏休みは今年も例年と変わりなく、ただ、暑い夏に、近所の若者が集うバーベキューの香りを運んでくる、扇風機のそよ風が僕から出る汗の量を減らしてくれる。


「おやつだよ」


 ノックをして入ってきた妹の雫が、キャラクター物のTシャツに短パンという、夏らしいラフな格好で、僕を呼びに来た。前髪を縛っていておでこを見せている。いつの時代だ? と去った後に笑ってしまった。


 階下へ降りると、麦茶をこぼしたの何だのと揉めている。弟の宏人が机に膝をぶつけた拍子にこぼしたと、雫が主張する。しかし、それを宏人は否定する。膝が赤くなっているのを見れば一目瞭然だが、六年生の弟と四年生の妹、どちらの肩を持つかは悩みどころである。


 皿の上のロールパンが今日のおやつらしい。中にマーガリンが入っている。近くには牛乳とグラスも置かれている。


 僕たちは三人でまず一つ手に取った。


 テレビを付けて、先日視聴予約しておいたアニメを見る。もちろん、妹が今着ているTシャツに印刷されている『魔法戦士モエモエキュンのすけ』である。


 大体このくらいの年齢の女の子は同年代の少女が主人公の、日曜の朝にやっているような作品に惹かれるのだろうが……妹の思考は読めん。


「ねえ、何で後一個しかないの? ねえ、なんで?」


 妹が声を上げる。モエモエキュンのすけが変身の際にくるくると回転し、着地後の爆発演出と同時に投げキッスをする。


 その大事なシーンを見て僕の心が凍りつている間に、現実世界でも状況が変化していた。


「ねえ、ひろくんが食べたんでしょ!」


「僕じゃないよ」


「嘘! だって、ひろくん以外そんな事しないよ!」


「兄ちゃんかも知れないだろ」


 二人が僕の顔を見る。僕が片手に持っていた半分ほど囓ったロールパンを見て、雫が怪しがっている。


「お兄ちゃんそれ何個目」


「いや、断じて僕のこれは一個目だ。アニメに集中していて食べていないだけだ」


 僕がそう言うと、唐突に妹は泣き出してしまった。犯人捜しと言うよりも、誰が最後の一個を食べるかという事に対して重きを置いている。


 我ながら、優しい妹だと思う。


 そんな中で、よく平然とそんな顔していられるなと、僕は弟の肩を小突いた。僕じゃなくて、妹でもないのなら弟である。


 しかし弟は「え、本当に僕じゃないよ」と不思議がっている。


 そこに母が来て「ああ、お腹空いてたから一つ食べちゃった」と畳んだ洗濯物を運びながら通り過ぎて行った。


 いや……。三人兄妹で五個を分けさせるのは中々に酷ではないでしょうか、と僕は内心思った。


 妹の涙を返してやりたい。


 別に誰が悪いでもないが。


 「雫、もう一個食べな」と皿の上に乗せられた二つのロールパンを見ながら僕が言うと「え、いいの⁉」と笑う。うちの家族はのんきな人が多い。


 ……さっきの涙は嘘じゃないよね?


「モエモエキューン‼」


 テレビの中から両手の人差し指と親指でハートを作り、低音の渋いおじさんの声が高らかに聞こえてくる。


 ハンバーガーショップでテイクアウトをしたシェイクに寄生していた『悪代官スライム』という眉毛がいやに濃い緑色のスライムが撃退されてモエモエ星に送られていた。


「あ、終わってる」


 モエモエキュンのすけが歌うエンディングを聞きながら、僕は残りのパンを口に入れた。

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