燈、微笑む
この話しの主人公は、紛れもなく、神アラバであろう。
しかし、もうひとり。この話しに巻き込まれてしまった人物がいた。
それが…燈だった。
彼女は、運が良いのか悪いのか、神に見初められてしまった、「哀れな」人間の女性だった。
”ぶちゃいく”な外面から、彼女は色々なものを諦めそうになりながら、そうはたまるかと強かに生きる、
”美しい”女性であった。
そして、今。
彼女は、神に残りの人生も何もかも、取り上げられてしまったという訳なのだが…。
『だーかーらー、悪かった!ごめん!つい!』
「ついじゃない!ついで人を殺すなっていうの!!!」
『それよりほら!君の魂の姿、とっても綺麗!見て!せっかく真の姿になれたんだから!』
「知るか!!!」
あの、暫定燈のアパートから一転。
ここは神の庭。まるで、楽園のような景色なのだが…。
今の彼らにはまるで関係ないもののようだ。
美人が怒るととても怖いと、神は思った。
しかしながら、神はそれでも、顔がにやけるのを抑えられないでいた。
それがますます燈の怒りを掻き立てるのだが…。
『えへへ~っ。ごめんって。本当にそろそろ見てごらんってば』
「可愛い子ぶるんじゃない!ったく…怒り疲れてきた…何を?」
『君の姿だよ!はい鏡』
「は、え…?これ、誰?」
『君』
燈は、鏡を見て絶句した。
神は、その心持ちが解らないのか、不思議がっている。
それもそのはず、燈の悩みがいきなりない事になっても、そうすぐに受け入れられないものだ。
それが、長年、抗ってきたものだとしたら、なおさら。
「そんな、馬鹿な…」
『君、この顔に見覚え、あるんじゃない?』
「夢で、これだった…けど、けど…」
『受け入れられない?』
「…」
燈は黙り込んだまま、鏡の自分と神とをきょろりきょろりと、納得いかないといった顔で見比べた。
「自分が見たくもなかった自分を、こうも簡単に取り上げられて、こんな求めていた願いをほいっと叶えられて…どう思えばいいのか、分からない」
アラバは、その言葉に込められた葛藤や、その理由が気になった。
ここでするりと逃がしてはいけない事だ。そう思った。
『聞かせて?君が悩んできたことを。僕は神だ。
それくらい、聞かせてくれても罰は当たらないさ』
「…じゃあ」
燈はようやく話してみせた。
昔から、いまいち、可愛いと自分を思えなかった。
可愛い人は、沢山いるから。
実際、自分はいまいちな方。
家族は可愛いと言ってくれても、なにより自分がそう思えなかった。
なぜ、そんな事を考えるのかもわからない。
頭では、標準だと知っていた。
でも、自分の顔を見るたびに、「これじゃない」という想いが先行して――。
「私は。自分の顔を、姿を、本当じゃないって…そう思ってたから…」
『燈。もういいよ。よく分かった』
アラバは、灯の手を取って、そっと撫でた。
『その感覚はね、燈…”正しい”んだよ。だって、燈の本当が、今の姿なんだから』
「うん…でね、私、あの外見だから、誰にも触れられたくなかったんだ」
『君は…綺麗だよ。僕が保証しよう』
そっと、アラバは両の腕を広げた。
――おいで。
言外に、アラバがそう言ったようで、燈は、今まで遠ざけてきた…
母親にされる事も拒んできた、誰かに慈しみをもって抱きしめられることを。
やっと、受け入れた。
『本当は、こうされたかったんだね』
「…うるさいやい」
『そんなこと言っても可愛いだけだよ』
「…ぐう」
アラバは、ふと気が付いた。
これまで、女の子たちからもらっていた「安心」というものを、
今度は自分が与えていた事に。
これが…愛する事なのだろうか?
アラバは、ひとり思うのであった。
恋愛というよりは、「母と子」の愛って感じ。
慈しみを、ようやく与えた側と、貰った側。
その受け渡し。




