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太陽の勇者、満月の騎士、そして天秤の守護者  作者: 星を数える
第1章 冒険の始まり
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9. 境界都市キヘンナへ

 クラレンス一行が目指す〈混沌の地〉は、マゼレット大陸の中央を南北に貫くように広がる一帯であった。〈安全都市〉と呼ばれるいくつかの都市を除けば、地形も植生も不規則に変化し、あらゆる魔獣が絶えず現れる、異様で危険な場所だった。人が定住できない極限環境ゆえに、いずれの国の支配も及ばない、いわば無法地帯のようなものである。


 だが、そこに現れる魔獣からは、武具の材料となる各種の素材や、様々な種類の魔石が手に入る。特に、魔石は魔道具の材料や宝飾品として高値で取引されるため、修行や冒険を目的とする騎士や魔法使いだけでなく、一攫千金を狙う冒険者たちが後を絶たなかった。


 〈混沌の地〉の存在により、マゼレット大陸の東西は完全に分断されており、両地域を結ぶのは、混沌の地の中央にあって、東西に横断する唯一のルート〈大陸回廊〉だけであった。


 混沌の地との境界に位置する都市〈キヘンナ〉へと向かう相乗り馬車の中。車内は比較的空いていた。クラレンスが鎧の重量を理由に5人分の運賃を払うことになったため、その分乗客が少なかったのだ。


「いくらなんでも、5人分はひどいでしょ……」

 会計係を務めるラリサが、不満げに唇を尖らせて小声でつぶやいた。最初は6人分を請求されかけたのを、ラリサが粘り強く交渉して、5人分に値切ったのだった。


「ごめん。鎧が重すぎて……」

 クラレンスが謝ると、ラリサは首を横に振った。

「クラレンスに言ってるんじゃないよ。それだけ立派な鎧ってことだもん」


「そうそう。気にすることないって」

 シャルもクラレンスを慰めた。


クラレンスはため息をついた。

「これから境界都市や安全都市に行っても、また馬車―いや、荷車か何かで移動することになるだろうし……そこでも普通の人より高い料金を取られるんだろうな。そう思うと、しっかり稼がないとね」


「そういう現実的なことも考えるんだ?」

 ラリサが、少し意外そうな表情でクラレンスを見た。自分の取り分など、全く気にしないクラレンスが、そんな現実的な心配をするとは、思ってもみなかった。


 談笑したり、半ばまどろんだりしながら馬車は進んでいたが、突然、馬車が急停止した。

「誰かが道を塞いでる! 盗賊かもしれん、準備しろ!」

 御者が同行している傭兵たちに向かって叫んだ直後、悲鳴が上がった。


「くそっ、盗賊だ!」

 この声に、馬車の中の人々は恐怖に凍りついた。


 クラレンスとシャルは、すぐさま外へ飛び出し、ザヴィクがそれに続いた。仕方なくラリサも馬車から降りた。御者が肩に矢を受けて倒れているのを見て、ラリサは矢を抜き、回復術で傷を癒した。


 馬車には護衛として傭兵が二人同行していたが、敵の数が多すぎて迂闊(うかつ)に前に出られずにいた。道の中央には、木や石で作られたバリケードが置かれており、その前には武装した無法者どもが10人ほど立ち塞がっていた。


 クラレンスの背後から、黄金の盾が二枚、音もなく現れ、ラリサとザヴィクの前に立ちはだかった。

「奴らは私が引き受ける。シャルはここで人々を守ってくれ」

 クラレンスは堂々と一歩一歩、敵の前へと歩み出た。


 道を塞いでいた一団のうちの一人の男が、薄ら笑いを浮かべて話しかけてきた。

「ほう、やはり勇敢なお方ですな。たった一人で我々を相手取ると? 残念ながら、我々はその辺の寄せ集め盗賊団とは違いますんでね」


「以前逃げ出した連中の用心棒か。仲間を捨てて真っ先に逃げたくせに、今さら何のつもりだ?」

 黄金の騎士の皮肉に、男の眉がピクリと動いた。


「仲間だと? ちょっとした小遣い稼ぎに付き合っただけさ。……で、何しに来たかって? 本格的に稼ぎに来たのさ。その鎧と武器、大人しく置いていってくれれば、お前と馬車の連中は無事に帰してやる。……どうだ、これでも十分寛大な方だろ?」


 男の言葉が終わる前に、信じられない速度で風のように駆け出した黄金の騎士が、大剣を大きく振り抜いた。男の首があっけなく飛び、地面に転がった。


 一瞬の出来事に呆然としていた無法者どもが、ようやく我に返り、黄金の騎士へ殺到した。

「くたばれぇッ!」


 一人が剣を振り下ろしたが、騎士はガントレットを嵌めた左手で刃を掴んで粉砕し、大剣で奴の腹を突き刺してから蹴り飛ばした。


 後方にいる、どう見ても頭目らしい男が叫んだ。

「チミ、ギフ、ルカチ、ミルトン!馬車へ行って人質を取れ!」

 4人の無法者が馬車に向かって走り出した。



 シャルは、傭兵二人と共に馬車の前に出て、彼らの前に立ちはだかった。彼女の仮面は、恐ろしい形相をした赤い仮面に変わっていた。ザヴィクは、盾の後ろからクロスボウでシャルたちを援護した。


 シャルと傭兵たちがそれぞれ一人ずつを引き受けている間に、残りの一人が黄金の盾の裏にいるザヴィクを狙って突進した。ザヴィクが剣を抜いて構えようとしたところ、黄金の盾が先に反応した。まるで意思を持つかのように動いた盾が、敵を激しく跳ね飛ばした。


 思いもよらぬ盾の一撃を受けて奴が地面に転がったその瞬間、シャルは自分を狙って迫る無法者のメイスを小さな盾で受け止め、遠くへ弾き飛ばした。そして倒れた相手に近づくと、容赦なく剣を突き立てて仕留めた。


 黄金の騎士は素早く敵をなぎ倒し、最後に残った、どう見ても頭目格の無法者と対峙していた。

 その男は普通の剣とは異なる、どこか独特な刀を手にしていた。片刃で、先がわずかに反り、長さもかなりある太刀だった。スピードも技量も、今までの雑魚とは明らかに別格だった。


「チッ、装備だけ立派な若造かと思ったのに……運が悪いぜ」

 苦々しげに吐き捨てた無法者は、一気に距離を詰め、渾身の力で刀を振り下ろした。しかし、黄金の騎士はそれを軽々と大剣で受け止め、強烈な一撃で相手を弾き飛ばす。続いて繰り出された騎士の斬撃を、無法者の太刀が何とか受け止めた。


 だが、真紅の大剣は圧倒的な力で太刀を真っ二つに断ち切り、残された勢いのまま無法者の肩口から胴体深くまで切り裂いた。


 倒れた無法者を確認した黄金の騎士は、シャルの方へと視線を向けた。ちょうどその時、シャルも最後の一人を仕留めたところだった。


 それを見た騎士は、自らの務めは果たしたと言わんばかりに、大剣を地面に突き立て、それに手を添えて静かに(たたず)んだ。


 無法者どもをすべて倒したことで、人々は大きく安堵し、盛大な拍手を送った。ザヴィクと傭兵らが討伐の証拠を回収する間に、他の者たちは、道を塞いでいる石や倒木を片付け、急いで出発の準備を進めた。


(早く出発できるように、あれ片付けるの、手伝っちゃだめ?)

 クラレンスが鎧に頼んでみたが、返ってきたのは、冷ややかな声だった。


 ― 神意を継ぐ者が、そんなくだらん雑用をすると思うか? どうしてもやりたいなら、お前がやれ。

(今は痛くて、思うように体が動かないよ)


 不満げにそう言うと、鎧は(あざけ)るように言った。

 ― 我がお前の動きを封じてるとでも言いたいのか? ちょっと動いただけで、へばって寝込むような奴が、よくもまあ、口だけは達者だな。悔しければ、己の力を鍛えることだな。


 鎧の辛辣な言葉に打たれ、クラレンスがしょんぼりしていると、シャルが声をかけてきた。

「クラレンス、この剣だけどさ」

 それは黄金の騎士が最後に倒した男が持っていた剣だった。


「これ、なかなかいい剣のようだけど、私がもらってもいい?」

 クラレンスがうなずくと、シャルの仮面が微笑むものに変わった。

「ありがとう。修理して価値がはっきりしたら、家に連絡して皆にちゃんと分けるようにするね」


 そう言って、シャルは折れた剣を布で丁寧に包み、持っていった。

(『修理して価値がはっきりする』って、どういう意味なんだろう)


 なんとなくシャルに直接聞くのが恥ずかしくて、クラレンスは鎧に尋ねた。鎧は舌打ちしながら言った。


 ― 冒険者になろうって奴が、そんな基本も知らんのか? 折れた剣には、何の価値もない。それを修理して、ちゃんとした武器として使える状態にしないと、値段なんてつけられんのだよ。

 シャルは、少なくともお前みたいな豆粒よりは、はるかに準備ができているな。戦いぶりを見ても、実戦経験もあるし、基本もよく身についている。我が主の騎士にふさわしい素質だ。


 自分のことは「豆粒」だの「未熟」だのと散々に言いながら、シャルにはやけに好意的な評価をしているのを聞いて、クラレンスは少し落ち込みつつも、腹の底からむかっ腹が立ってきた。


 いい加減、まともな言い方はできないのか。ひょっとすると―400年前、先祖が神への誓いを捨てて、自ら鎧を脱いだのは、この鎧の毒舌に耐えかねたからかもしれない……そんな考えがふと頭をよぎった。


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