8. 誓い? あるいは、プロポーズ?
シャルと二人きりになったラリサは、ベッドの端に腰掛けて、目をキラキラと輝かせていた。
「シャル、私ね、たぶん運命の人に出会っちゃったみたい」
「運命の人? もしかしてクラレンスのこと?」
「うん、聞いて! こんなことがあったの……」
ラリサは、クラレンスとの旅を決めたときに見た幻影について語った。シャルは首をかしげた。
「太陽と天秤……?」
「うん、ぎらぎら輝く太陽と、黄金の天秤。ロマンチックでしょ?」
ラリサは、うっとりとした目で両手を胸の前で組んだ。だが、シャルは、ラリサの言葉に納得しない様子で、慎重に口を開いた。
「それ、どう考えても、エオネス様の象徴じゃないかしら……」
「えっ?」
「エオネス様は、太陽神パラギス様と正義の女神ジステア様の娘でしょ? 古代のエオネス信仰では、両方の紋章が使われていたじゃない」
「そ、そうだけど……でも、それって、私がエオネス様の神官だからじゃないかな?」
シャルは首を横に振った。
「それなら、今の象徴である〈心臓と剣〉が見えたはずよ。クラレンスの鎧を思い出して。兜には太陽、胸当てには天秤の紋章があるわ」
ラリサは混乱してきた。エオネス信仰の初期の象徴が幻影に現れ、自分と一つになった黄金の天秤……それは単なる偶然ではないのかもしれない。
シャルはラリサの前に進み出て、両肩に手を置き、真剣な顔で言った。
「私の考えでは、それは、エオネス様への誓いよ。あなたはクラレンスと一緒に神の意思に従う道を歩むと、誓ったのよ」
「えっ? で、でもクラレンスは聖騎士じゃないよ?」
「そんなの、聖騎士とか神官とかの立場は関係ないわ。大事なのは、真の信仰心。おめでとう、ラリサ。あなたは神の意志に触れたのよ」
ラリサはショックを受けた。プロポーズだと思っていたあの言葉が、神への誓いだったなんて……。
「じゃあ、私は……どうなるの?」
呆然とした声でそう尋ねると、シャルは力強く答えた。
「クラレンスと共に、神への誓いを実行していくのよ」
ラリサは言葉を失った。神官である彼女は、〈神への誓い〉がどれほど重いものかをよく知っていた。それは人生をかけて守り続けなければならない、最も重く神聖な誓い。
(どうして、クラレンスはそんなことを私に言ったの……?)
しばらく思い悩んでいたラリサは、ついには、その言葉を別の形で解釈してしまった。
「やっぱり私の勘は間違っていない。あれはプロポーズだわ、きっと」
ラリサは勢いよくシャルに説明し始めた。
「シャルの言う通りなら、クラレンスは家系代々、信仰深いエオネス様の信徒なのよ。そして、神の意志に従うと誓ったクラレンスが、私にあんなことを言ったってことは……つまり、一生を私と過ごしたいって意味じゃない?」
シャルは、納得しきれないように、首をかしげつつも口を開いた。
「クラレンスがあなたにどういうつもりで言ったかは分からないけれど、少なくともあなたの誓いは神に届いた。それは確かよ」
ラリサは深いため息をつき、ゆっくりと頭を振った。
「シャルってさあ、ロマンチックな感情ってないの?」
そう言ったかと思えば、ハッとしたように目を輝かせて呟いた。
「そうか……やっぱりこれも、神の導きなのかもしれない。クラレンスには私みたいな人が必要なんだわ」
「どういう意味?」
「クラレンスがしたこと、あなたも聞いたでしょ? 年老いた執事さんとだった二人で、徒歩で旅しているのに、手に入れた財宝を全部人に分け与えちゃって、自分の分はまったく残してないのよ。このままじゃ、いずれ路頭に迷って飢え死にしちゃうかもしれない」
ラリサの脳内でのクラレンスは、武具だけを残して没落した名家の跡取りとなっていた。
そんな彼女のこめかみを、またしても現れた天秤がしかめっ面で小突いてきた。
= なんと、無礼な。
ラリサは思わず顔をしかめた。だが、その表情は、どこか深遠な苦悩を思わせるものだった。
それを知る由もないシャルは、くすりと笑った。
「そんなに思いつめなくても。ザヴィクさんも頑張っていたじゃない。盗賊団の討伐報酬もちゃんと持ってきたし」
ラリサはきっぱりと言った。
「ザヴィクさんだけじゃ足りないのよ。ザヴィクさんは、基本的にクラレンスの意志には逆らえないもの。クラレンスが悲惨な最期を迎えないためには、私みたいにしっかりしてて、時には意見できる人が傍にいないとダメなの!」
「……そこまで〈悲惨な最期〉って言わなくてもいいんじゃない?」
「何言ってるのよ! あんなに自分の取り分を考えずに、全部他の人に分け与えちゃうんだよ? このままだと、ご飯一杯すら自分で確保できないようになっちゃう!」
ラリサは、天秤にこめかみを叩かれ続けて軽い頭痛を感じながらも、自分なりの使命感に燃えていた。
一方のシャルは、まったく別の考えを巡らせていた。
(リーベンンフロイン家は〈太陽の勇者〉の末裔を名乗っていると聞くけれど……。300年前の〈クッラパハツの大災厄〉のときに、本物のリーベンンフロイン家は途絶えたはず。
それ以降、自称〈末裔〉が雨後の筍のように現れた。ある程度の勢力を持つ家系だけでも5つはあるが、クラレンスはその中のどれにも当てはまらないような気がする。
太陽と天秤の紋章が刻まれた黄金の鎧と、真紅の大剣―確かにそれは〈太陽の勇者〉の象徴ではある。
でも、もう400年も現れていないし、精巧な複製品も多数存在すると聞く。今の段階で真偽を判断するのは、まだ早いかもしれない)