7. 聖騎士シャル
翌日の正午ごろ、都市へ向かう道中で、クラレンス一行は、向かい側から猛烈な勢いで馬を走らせてくる騎士の姿を見かけた。その後ろには、数名の騎士と兵士たちが続いていた。
先頭を走っていた騎士は、クラレンスたちの姿を見ると、馬を急停止させ、飛び降りるようにして地面に降り立った。
「ラリサ!」
ラリサも嬉しそうに駆け出した。
「シャル!」
二人は抱き合い、再会を喜び合った。
「無事だったのね。よかった。怪我はしてない?」
「うん。クラレンスが盗賊を全部倒して、助けてくれたの」
ラリサは、クラレンスとザヴィクをシャルに紹介した。
エオネスの紋章が刻まれた、角ばって質素な印象の鎧をまとった女騎士シャルは、兜をかぶり、その下に精巧な仮面をつけていた。ラリサからこれまでの経緯を聞いている間、シャルの仮面は2、3度変化した。
とはいえ、外して取り替えるわけではない。手で顔をなぞるような仕草をすると、仮面が瞬時に変わるのだった。仮面には、それぞれ表情が刻まれていて、怒り、驚き、感嘆など、感情を表していた。
どうしてそんな素早く仮面を切り替えられるのか気になり、またその細工の見事さに感心して、クラレンスは思わず目を見張った。
一通り話を聞き終えたシャルは、クラレンスとザヴィクに深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます。お二人がいなければ、ラリサがどうなっていたか……想像するのも恐ろしいです」
シャルの後ろからついて来たのは、近隣の都市バトゥから派遣された討伐隊だった。彼らは盗賊団がすでに掃討されたと聞くと、目に見えて喜んだ。特に、兵士らは歓声を上げ、明るい雰囲気に包まれた。
クラレンスは、彼らに盗賊団の頭目と残党の処理を任せ、共に都市へ向かった。
日が暮れる前に都市へ到着した一行は、シャルが手配してくれた宿に荷を下ろした。ザヴィクは、シャルと一緒に都市の警備隊へ行き、盗賊団に懸けられていた懸賞金を受け取ってきた。
「かなりの悪名を轟かせていた連中だったようで、報奨金もかなりの額でした。このお金があれば、境界都市まで馬車で行けそうです」
ザヴィクは嬉しそうに報告した。クラレンスにとっても朗報だった。徒歩での過酷な旅を大きく短縮できるのだから。
仮面をつけたまま食事をするクラレンスとは対照的に、シャルは夕食の席で仮面を付け替えていた。今度の仮面は、口元が開閉できる〈食事用の仮面〉だった。
「そんなに素早く仮面を取り替えられるなんて、驚きですね」
ザヴィクが興味津々に尋ねると、シャルは小首をかしげた。
「私からすれば、クラレンス殿の仮面のほうが不思議なんですけど?」
それを聞いたラリサが笑った。
「仮面だけじゃないわよ。鎧だって同じ。一度も脱がないのに、いつもピカピカで、いい匂いまでするんだから」
食事の最中、シャルは、自分もクラレンスたちと仲間になりたいと、丁寧に申し出た。
「ラリサからあなたのご活躍を聞いて、正直感動しました。それは誰にでもできることではありません。
エオネス様に仕える聖騎士として、あなたの修行の旅に同行し、多くを学びたいと思っています」
盗賊団の討伐からその後の一連の対応まで、自分ではなく、鎧が成し遂げたことだと自覚している。このような称賛の言葉を受けるのは気恥ずかしく、どこか落ち着かなかった。
だが、シャルが仲間になることについては、クラレンスもザヴィクも賛成だった。出会ってから間もないにもかかわらず、彼女が誠実な人間であるという確かな印象があった。
シャルは、二人より2歳年上の20歳だった。意気投合した3人は、気兼ねなく友人として接することにした。
*** ***
その夜、ラリサとシャルがクラレンスを男だと知っているため、クラレンスとザヴィクが一部屋、ラリサとシャルが別の部屋で寝ることになった。もっとも、クラレンスは鎧を脱げない状態なので、不便はなかった。
ベッドで寝られるのが嬉しいものの、鎧を脱げないことに変わりはなかった。ベッドの縁に腰掛けたクラレンスは、荷物の中から一冊の本を取り出し、ベッドの上に置いた。革表紙の、豪華な書物だった。
「『レオン大王伝記』をお持ちになったのですね」
それを見て、ザヴィクが尋ねた。
「もちろんです。私の宝物で、人生の道標ですから」
当然のように答えたクラレンスは、書を開きながら楽しげに言った。
「境界都市キヘンナに着いたら、まずは英雄の晩餐が開かれたという宿屋の前に行ってみます。それから〈混沌の地〉に入って、〈クラッパハツ討伐の遺跡〉を目指します。
ザヴィクはあそこに行ったことがあるんですよね?」
「当然ですとも。仇敵クラッパハツを討伐した記念すべき地ではありませんか」
「その後は、メゴット、ティルヘスス、片目鳥、スカーレッタみたいな魔獣を倒して、レオン大王のような冒険をするんです」
ザヴィクは声を上げて笑った。
「そうおっしゃると、やはりクラレンスお嬢様ですね」
「どういう意味ですか?」
ザヴィクは少し照れたように笑みを浮かべた。
「と言いますのは、戦っているときは……なんというか、別人のようにも見えたものですから」
「……ああ」
クラレンスは返答に困った。悪人とはいえ、人を何の躊躇もなく、一刀で斬る自分の姿を見て、驚くのも無理はない。
(ほかの人にはともかく、ジイには本当のことを打ち明けてもいいじゃないかな?)
「ジイ、実は……」
しかし、口から出たのは、まるで関係のない言葉だった。
「おなら……したいです」
(えっ!?)
クラレンスは、自分の口を慌てて塞ごうとしたが、残念ながら鎧は協力してくれず、極めて堂々とした姿勢を保っていた。
「あっ、はい。それでは少し外していただきますね」
ザヴィクは穏やかに微笑み、そっと部屋を出ていった。
(……な、何してるの!? いきなりおならって!?)
― 言っただろう。我に関する話は禁忌だと。おならが嫌なら、次はうんちでも漏らしてみるか?
クラレンスは鎧の中で頭を抱え、身をよじった。だが、主導権が鎧にある以上、こうした事件は繰り返される―そんな悲しき悟りを彼女は得てしまった。
廊下に出たザヴィクは、ラリサとシャルのいる部屋の方向を見つめていた。
(混沌の地を巡るには、信頼できる仲間が不可欠だが……すでに二人も出会えたのは、順調な滑り出しと言っていいだろう。それもエオネス教団の方々とは)
太陽の勇者とエオネス神との関係を考えれば、最善とも言える組み合わせだった。しかも、優秀な回復術士は魔法使いよりも貴重な存在だ。ラリサは、エオネスの回復術士の中でも珍しい〈黄金の心臓〉だった。そして、シャルもまた、エオネスの聖騎士として、信頼という意味では申し分のない相手だった。
(シャル様は……やはり、どこかの高貴なお家柄のお方なのだろうか?)
言葉遣いや所作もそうだが、ザヴィクがそう確信に近い印象を持ったのには別の理由があった。
エオネス教団がそれなりの影響力を持っているとはいえ、たかが一人の騎士の要請で都市の衛兵隊が盗賊討伐に出るなど、本来あり得ることではない。
シャルと出会ったタイミングを思い返すに、彼女が街へ戻った直後にはもう討伐隊が編成されていたのだろう。それに、討伐隊の隊長がシャルに対して見せた態度は、非常にかしこまり、堅苦しい礼儀に満ちていた。
本人があまり語りたがらないだけで、実はかなり高位の家系に属する人間なのではないか―そんな思いが、ザヴィクの胸をよぎっていた。