6. 天秤の守護者(2)
ラリサは、一行となった黄金の騎士とザヴィク、そして同行を願い出た数人と、盗賊団の根城を後にした。人々は、逃げ出さぬよう盗賊らの背後に立ち、見張りながら歩いていた。
日が沈みかける頃、一行は森を抜けて野原へと出た。人々は近くで水を汲んだり、焚き木を集めたりして夜の支度を始めた。ラリサはザヴィクと食事の準備を任され、穀物と肉、野菜を煮込んだシチューを作った。
皆が忙しく動く中、黄金の騎士は、近くの木に縛りつけられた盗賊どもを見張るように座っていた。本当は、見張っているというより、力尽きて呆然としているに近かった。
盗賊に襲われた時から彼らを掃討するまでの一連の戦いは、実のところ、鎧が主導していた。鎧は戦闘時以外、日常的な活動には動こうとしない。
クラレンスは、といえば、鎧の繰り出す容赦なき戦闘スタイルに打ちのめされ、限界を超えた無理な動きで筋肉痛と疲労に苛まれ、半ば意識が飛んでいた。戦闘中はパニック状態だったし、その後に起こった出来事も、朧げにしか覚えていなかった。
― おい、いつまで魂を抜かれた顔してるつもりだ? そろそろ正気に戻ったらどうだ?
鎧の小言に、クラレンスはようやく意識を取り戻した。
(さっきの……なによ、あれ? いくら盗賊だからって、あんな風に次々と人を斬り捨てるなんて……)
― 命を救ってやったら、最初に言うことがそれか。お前の好きにさせていたら、お前もジイもあそこで犬死にだったぞ?
(いや、そういう意味じゃなくて……別に全部一撃で殺さなくたって……)
― 人の道を踏み外した連中だ。洞窟に囚われていた人々を見てなお、そんな腑抜けた口がきけるとはな。奴らは財を奪うだけでなく、人を殺し、物のように売り払っていたのだぞ。あんな連中に情けをかける理由などない。
鎧の口調は鋭く、容赦がなかった。
― 慈悲を施すべき時と、悪を断ち切るべき時を見極めよ。それもまた、お前の修行の一環だ。
その声の調子からして、今後も同じようなことが起こるであろうことが、クラレンスには何となく予感された。
(……私が主導権を握るには、どうすればいいの?)
― 日々の鍛錬と実戦。そして、神の意志を実行することだ。
(言うのは簡単だね)
― 最初に警告しただろう? 決して楽な道ではないとな。選んだのはお前自身だ。
クラレンスは何も言えず、しょんぼりと口をつぐんだ。
そのとき、盗賊団の砦から助け出された人たちのうち二人が、クラレンスに声をかけてきた。
「騎士様、奴らはこちらで見張っております。どうぞお食事を取ってお休みください」
「ありがとうございます。何かあれば、すぐにお知らせください」
重い体を起こして、焚き火のそばに向かうと、ラリサが木の器にシチューをよそって差し出した。
「あるもので作ったものですけど、お口に合うといいのですが……」
ラリサは、穏やかな微笑みを浮かべて言った。食事のときには、もしかして仮面を外して、顔を見せてくれるのではと期待していたが、仮面をつけたまま器用に食べるその姿に、ラリサは少し落胆し、同時に驚かされた。普通の鎧ではないと察してはいたが、ここまでくると、間違いなく魔法の武具だ。
「とても美味しいです」
これは社交辞令ではなかった。ラリサの料理の腕は実に見事で、火の通り加減も味つけも絶妙だった。
ラリサはにっこりと笑った。
「お口に合ったようで良かったです」
クラレンスは、そのときになって初めて、ラリサの顔をまじまじと見て、明るい赤茶の髪に紫色の瞳を持つ、清楚な雰囲気の美少女であることに気がついた。
「一緒に旅をすることになったのに、まだ騎士様のお名前を伺っていませんでした。これからどうお呼びすればいいですか?」
「クラレンス・リーベンフロインと申します。クラレンスと呼んでください」
クラレンスという名前は、男女問わず使われるため、そのまま名乗ったのだった。
「でも、それでは失礼にならないかしら……」
「構いません。18歳になったばかりです」
すると、ラリサはぱっと顔を輝かせた。
「まあ、私も同じです! 同い年だったのですね」
「そうですか?」
クラレンスは、自分と同じ年齢なのに、女性らしさにあふれるラリサの姿をうらやましく思った。その気持ちに気づくはずもないラリサは、感心したように言った。
「あんなにすごい戦いぶりだったから、もっと年上の方かと思っていました。まさか同い年だなんて……本当にすばらしいです!」
クラレンスは、ラリサの無邪気な顔をじっと見つめた。さきほどの誓いのためだろうか、彼女から不思議なほど強い絆のようなものが感じられた。〈天秤の守護者〉は、太陽の勇者を陰から支える隠れた仲間。その誓いが鎧によるものだったとはいえ、ラリサとはすでに運命を共にする存在になったのだ。
「同い年で、もう仲間なんだから……言葉遣いも敬語じゃなくていいじゃない? その方が、お互い気楽だと思うけど」
クラレンスの提案に、ラリサは恥ずかしそうに微笑み、こくりとうなずいた。
「うん、そうだね」
それから二人は、様々な話を交わし始めた。
ラリサは赤ん坊の頃から、エオネス神殿が運営する孤児院で育ったという。パルトという名字は、孤児院の院長であり、彼女の養父でもある神官の姓を受け継いだものだった。
彼女には癒しの才能があり、幼い頃から回復術や薬草の知識を学んでおり、つい先日、正式な司祭として叙任され、修行のために外の世界へ旅立ったばかりだった。
「お父さんが心配して、聖騎士の方を一緒に付けてくれたんだけど……盗賊団に襲われた時に、はぐれちゃって。街に行けば、きっと会えると思う」
「君と一緒にいたってことは……エオネスの聖騎士だね?」
「うん。名前はシャル。ちょっと変わった子だけど、いい子よ。クラレンスみたいに、いつも仮面をつけているの。理由を聞いても『修行のうち』って言うだけで、詳しくは教えてくれないの。
私とは違って、たぶん裕福な家で育ったんじゃないかな。でも、それを隠そうとしている感じがして……今ごろ、私のこと、心配してるだろうな……」
「どうして、はぐれたの?」
まさか聖騎士でありながら、ラリサを置いて逃げたのではないか―という疑念からクラレンスが尋ねると、ラリサは慌てて答えた。
「シャルは絶対に卑怯な子じゃないわ。二人で荷馬車の後ろに乗っていたけど、盗賊に襲われて逃げる途中で、私がバランスを崩して馬車から落ちちゃったの」
「そうだったんだ。怪我はなかったの?」
「ちょっとだけ。でも平気。回復術士だもん」
ラリサは、大したことじゃないとでも言うように、照れ笑いを浮かべた。彼女が馬車から落ちたのは、床に転がったコインを拾おうとして身を乗り出した拍子に起きた事故だった。そんなことを正直に話すわけにはいかず、適当にごまかした彼女は、話題を変えた。
「シチュー、まだあるけど……おかわり、どう?」
「うん。ありがとう」
器を持って立ち上がるラリサの姿を見て、ようやく「旅が始まった」実感が湧いてきた。
幼い頃から何度も聞かされてきた、太陽の戦士の旅路―それはいつも〈天秤の守護者〉との出会いを皮切りに、仲間が少しずつ集まっていく物語だった。
(エオネスの聖騎士って……どんな人だろう。あの人も、私の仲間になってくれるのかな?)