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太陽の勇者、満月の騎士、そして天秤の守護者  作者: 星を数える
第1章 冒険の始まり
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5. 天秤の守護者(1)

 真っ暗な洞窟の中、縄で縛られて監禁されていた人々は、外から響く騒がしい音に怯えて、ひそひそと話し合っていた。


「な、何の音でしょう? 戦ってるみたいな……」

「もしかして、討伐隊が来たんじゃ?」

「じゃあ、俺たち、助かるんだね!」

「まだ喜ぶのは早いよ。別の盗賊かもしれないだろ?」


 希望と不安の狭間で、人々は息を殺して、扉の方をじっと見つめていた。その中には、神官の装束を身にまとった少女、ラリサの姿もあった。


 ラリサは両手を固く組み、祈るように目を閉じていた。回復術士でもある彼女は、持ち物をすべて奪われただけでなく、盗賊団の頭目から「じっくり弄んでから、高く売り飛ばす」と脅されていたのだった。


 やがて、外が静まり返った。直後、ドンッという激しい音と共に、洞窟の木の扉が粉々に砕け、眩い光の中に、輝かしい騎士の姿が現れた。


 ラリサは、目を見開いて、その姿を見つめた。黄金と銀の光を纏う、神々しく美しい鎧の騎士―自然と、彼女の口から感謝の祈りがこぼれた。

「おお、慈悲深きエオネス様。あなたの恩寵に感謝いたします……」


 黄金の鎧の騎士は、洞窟にいる人々の不安そうな顔を見回し、優しく告げた。

「皆さんの苦難はもう終わりました。盗賊どもはすべて討ち取りました」


 その言葉に、人々はようやく安堵し、涙を流しながら歓喜した。

 少しして、ザヴィクが騎士に続いて洞窟に入り、松明で内部を照らし、人々の縄を解いていった。盗賊団の規模が大きかっただけに、捕らわれていた人数もかなりのものだった。解放された人たちは、口々に黄金の騎士とザヴィクに深く感謝の意を伝えた。


 洞窟の奥には、盗賊団がこれまで奪ってきた大量の財宝が保管されていた。黄金の鎧の騎士は、まず囚われていた人々の所持品を一つひとつ丁寧に返していった。


「助けていただけただけでも感謝なのに、持ち物まで……」

「本当にありがとうございます。どうしてこれが私の物だと……」


 誰もが驚いた。何も言っていないのに、まるで全てを知っているかのように、それぞれの持ち物が手渡されたからだ。不思議な感動が、その場を包んだ。


 ラリサに返されたのは、いつも肩にかけていた小さなバッグと、水晶がはめ込まれた銀のペンダントだった。


「ありがとうございます……」

 ラリサは、涙をこらえ、ペンダントを手に取った。それは、彼女の唯一の貴重品であり、もしかすれば、両親を見つけるための大切な手がかりでもあった。


 そして、騎士が次に行ったことは、さらなる驚きだった。彼は残った財宝を人々に分配し始めたのだ。遠くまで帰らねばならない者には旅費と生活費を多めに、近場の者にはそれ相応の分を。その配分は、すべて騎士の判断によるものだった。


 人々は涙を流し、感謝の言葉を述べ続けた。

 その光景の中で、ラリサは思った。

(なんて高潔なお方……でも、お金の感覚がちょっと……)


 やがて、最後にラリサの番が来た。ラリサは勇気を出して、黄金の騎士に申し出た。

「私は、エオネス様に仕える神官であり、回復術士のラリサ・パルトと申します。修行のために旅に出ており、特定の目的地はありません。

 もしご迷惑でなければ、あなた様が向かわれる場所まで同行させていただけませんか?」


 騎士は穏やかに答えた。

「私もまた、修行の旅の途上にあります。これより〈混沌の地〉へ向かい、本格的な修行を始めるつもりです」


 その言葉に、ラリサの瞳がぱっと輝いた。

「それでは、その修行に、私も同行させていただけないでしょうか? 私もできることなら、〈混沌の地〉で修行をしてみたいと考えていたところです。回復術と薬草学を学んでおりますので、わずかながらでもお力になれるかと……」


 黄金の騎士はゆっくりと顔を向け、ラリサをまっすぐに見つめた。しばし沈黙のまま彼女を見つめた後、騎士は静かに手を差し出した。


「我が行く道は、栄光に満ちていると同時に、苦難と試練に満ちた道です。真に我と共に、その道を歩んでくださいますか?」


 ラリサは、魅了されたかのように、騎士の黄金の仮面を見つめた。

 その優美な線を描く美しい仮面の奥には、きっとこの仮面にふさわしい美しき騎士の顔があるに違いない。彼の言葉の中でも、ラリサの耳に強く刻まれたのは、『我と共に』という、言葉だった。


(これこそ、運命だわ……!)

 拒めるはずもない、天啓のような確信が、ラリサの胸を満たした。差し出されたその手の上に、彼女は自分の手をそっと重ねた。


「はい。ラリサ・パルト、あなたの歩まれる道を共にすることを誓います」

 その瞬間、ラリサの目の前に、まばゆい光の幻が現れた。


 最初は小さな光球だったそれは、瞬く間に世界を包み込むかのような、灼けつくような太陽へと変貌した。その太陽の中に、小さな点が現れ、やがて形を取り始めた。それは黄金に輝く〈天秤〉だった。


 天秤の中央には、人間の顔を象った浮き彫りが施されていた。天秤は次第に大きくなり、ラリサの身体へと近づくと、そのまま彼女の中に溶け込むように消えていった。天秤と一つになったとたん、ラリサは言葉では表せないほどの恍惚と高揚に包まれた。


 目を開けると、彼女の手はまだ騎士の手の上に重なっていた。永遠にも思えた光景は、一瞬の出来事だったのだ。



 騎士は人々に分け与え、なお残った財宝については、「いずれ持ち主が現れるかもしれない」と言って、都市の衛兵に託すようザヴィクに伝えると、外へと歩みを進めた。


 その後に続いて外へ出た人々は、盗賊団が完全に壊滅しているのを見て安堵する一方、この数の敵をたった一人で打ち倒したという事実に驚愕した。


 ラリサもまた、同じ思いだった。まさか、これほどの規模の盗賊団を一人で壊滅させていたとは思いもしなかった。同行者といえば、初老の老人が一人、荷物を載せたラバが一頭いるだけで、馬すらない様子だった。


(あんな重そうな鎧を着て、徒歩で移動しているの? それでいて、財宝はすべて人に惜しげもなく分け与えて……)

 ラリサは、騎士の背を見つめた。

(この人……お人好しにもほどがあるわ)


 ラリサの背後に、巨大な黄金の天秤が現れ、左右に揺れている天秤の皿の片方で彼女の後頭部をバシンッと叩いた。

 = 天秤の守護者たるものが、何という不敬な!!


 天秤の中央に浮かぶ顔は、露骨に不満げな表情を浮かべていた。だが、その天秤の姿も、声も、ラリサを含め、誰一人として気づくことはなかった。


 ラリサは怪訝な表情を浮かべ、後頭部をさすった。

「なんだか、妙に頭がズキズキするわね?」


 理由も分からぬまま、ジンジンとする後ろ頭をさすりつつ、ラリサはふと思った。

 人が良すぎるのか、お金の感覚がないのか、それともその両方なのか。一見完璧に見えるこの騎士には、決定的な欠点が一つあった。

(この人、誰かしっかりした人が隣で世話してあげなきゃ、絶対に食いっぱぐれて死ぬわね)



 人々は、縄で縛られて座っている盗賊の頭目と数人の残党を見つけると、怒りを露わにして駆け寄った。

「弟の仇!」

「殺人鬼め!」

「父ちゃんを返して!」


 盗賊たちに向かって、拳や蹴りが容赦なく飛んだ。そのとき、ラリサが人々の間に割って入り、彼らを制止した。


「皆さん、ちょっと待ってください。少しだけ、冷静になって」

 ラリサは毅然とした表情で両手を広げ、人々の前に立ちはだかった。


 興奮した群衆は怒声を上げた。

「こんな奴らを庇う気ですか!?」

「こんな連中、生かしておく価値もない!」


 ラリサは静かな口調で言った。

「分かっています。でも」


 そう言うなり、彼女はくるりと身を翻し、両腕を大きく振りかぶって、頭目の顔に渾身のビンタを叩き込んだ。続けざまに、全力で蹴り飛ばすと、すっきりした顔で手をパンパンと払いながら言った。


「ここで殺してしまうのは、むしろ甘い処分です。街の衛兵に引き渡して、きっちり罪を償わせましょう」



 その頃、ザヴィクは、倒した盗賊の武器や討伐の証拠になる品々を丁寧にまとめていた。

 黄金の騎士は、そうした実務には目もくれず、今度は盗賊どもが山小屋に溜め込んでいた食料を持ち出して、人々に分け与え始めた。このままでは、全てばら撒かれてしまうと思ったラリサは、都市へ向かう道中の食糧を少しだけもらい受けた。


 やがて、証拠品の整理を終えたザヴィクが騎士のもとへやってきて、盗賊らの死骸を指差して言った。

「この死体、どうしましょうか? 放っておくと、獣に荒らされてしまいますし……かといって、埋めるには手間がかかりすぎます」


 騎士は人々に指示して、死体を一箇所に集めさせた。そして、大地に向けて剣を突き立てた。剣から烈火が噴き出し、死体の山を包み込み、あっという間に跡形もなく焼き尽くしてしまった。

 人々はその光景に再び驚き、呆然と見つめていた。


 遺体の処理を終えると、黄金の騎士は皆に向かって言った。

「これらの者は、我々が近隣の都市の衛兵へ引き渡します。皆さんは安心してご自宅へお戻りください」


「でも……盗賊の残党がまだどこかに潜んでいたりしませんか?」

 ある女性が不安げに問うと、他の者も何かを思い出したように言った。

「そういえば、こいつらに用心棒がいたはずですが……姿が見えませんね」


 騎士は、少し思案するように沈黙し、すぐに落ち着いた声で人々を安心させた。

「心配には及びません。皆さんの言うその者は、遠くへ逃げ去ったようです。この森は、もはや安全です」


 その一言は、岩のように揺るぎない安心と信頼をもたらし、人々は深く頭を下げて感謝の意を伝えた。

 それから、それぞれの荷物をまとめ、一人また一人とその場を後にしていった。中には、近隣の街まで同行したいと言って、黄金の騎士に付き従う者もあった。


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