22. 提案
翌朝の夜明け前。クラレンスは、今日もまた例によって鎧によって強制的に起こされた。
― 終わりなき鍛錬と修練。それこそが、お前の進むべき道だ。今回も骨身に染みただろう? もっと強くならねば、仲間も、お前自身も守れん。
まったくもってごもっともな意見であるため、クラレンスはしぶしぶ宿の中庭へと向かった。高級宿らしく、奥にはかなり広い庭があった。軽く身体を動かしていると、アレンとカイエン、ハミツがそこへ現れた。
「おや、もう動いて大丈夫なのか?」
カイエンが心配そうに尋ねた。
「問題ありません。レオン大王が仰っていたように、一日たりとも鍛錬を怠るわけにはいきませんから」
「レオン大王をご存じで?」
アレンが反応する。
「レオン大王を知らぬ者など、いないでしょう。幼い頃から尊敬し、手本としたい方の一人です」
アレンの顔に、心から嬉しそうな笑みが浮かんだ。
「私もレオン大王を人生の指針としてきました。同じ思いの方がいて、嬉しく思います」
自信に満ちたまなざし、高貴な品格が漂うその顔立ち。高い身長に広い肩、鍛え上げられた体は、彼が高貴な出自であり、己を律してきた人物であることを物語っていた。あの鎧の言葉の意味が、なんとなく分かった気がした。
*** ***
その晩、給仕女がクラレンスに伝えた。
「今晩はミルドラン様ご一行が大浴場を貸し切っておられますので、いつでもご自由にお入りください」
まだラリサとシャルが目を覚まさないこともあり、クラレンスはひとりで大浴場へ向かった。
クラレンスにとって、生まれて初めての大きな風呂だった。大理石造りの大浴槽に、お湯がたっぷりと張られているのを見たクラランスは、胸をときめかせながら急いで体を洗い、浴槽へと身を沈めた。
(わあ……こんなに広い風呂があるなんて〜)
体をぐんと伸ばして湯の中でゴロゴロと転がったり、向こう側までカエル泳ぎで渡ったりして、しばらく夢中で楽しんでいたそのとき、バタン、と扉の開く音が響いた。
(えっ? 貸し切りって言ってたのに……)
クラレンスが首をめぐらせた瞬間、心臓が止まりそうになった。
入ってきたのは、アレンとカイエンだったのだ。慌てたクラレンスは、咄嗟に湯の中へ身を潜めた。
二人は、クラレンスに気づかぬまま、のんびりと身体を洗っていた。
「黄金の騎士は、まだ鎧を脱げないのかな? 一緒に体でも洗えば、もっと打ち解けられるのに」
カイエンが残念そうに言った。
「いきなりこういう場で会ったら、さすがに気まずくないか?」
「でもさ、朝の鍛錬も一緒にやったし、こういう素の姿で付き合うのが一番仲良くなるんだって」
クラレンスは、湯の中でパニック状態となり、その会話すらまともに耳に入ってこなかった。
(どうしよう、どうしよう……!)
そんな彼女に、鎧が冷ややかに言った。
― さっさと我を着ろ。今の姿を男どもに見せるつもりか?
結局、クラレンスは鎧を着るという選択をした。そして、黄金の鎧を身にまとった騎士が、突然大浴場の浴槽にどっぷりと浸かっている姿を見て、アレンとカイエンはびっくりした。
「え? まさか、鎧のまま入浴を……?」
カイエンが呆けた顔でクラレンスを上から下まで眺めた。
クラレンスは慌てて浴槽から飛び出した。
「い、いえ、そういうわけではなく……さっきまでは脱いで入っていたのですが……」
「やっぱり、鎧を脱げるのですね! じゃあ、一緒に洗いましょうか? 背中、お流ししますよ」
カイエンがにこにこと微笑みながら申し出た。
しかし、クラレンスは、目の前で何のためらいもなく、裸で立っている二人の男を見て、いたたまれず視線を逸らした。
「あ、いえ……もう洗いましたので。そ、それでは失礼します……!」
そう言ってそそくさと浴場を出ていくクラレンスを見て、カイエンは首をかしげた。
「男同士で何をそんなに気にするんだろう? 意外と人見知りなんだな」
アレンはくすっと笑った。
「面白いな。戦場では誰よりも勇敢な男が、日常では純情な少年のように振る舞うとは」
「もったいないなあ。きっと脱いだ姿も素晴らしいはずなのに」
カイエンは残念がった。
*** ***
翌日には、ラリサが意識を取り戻し、シャルとザヴィクも無事に回復した。それから数日、皆がしっかりと休養を取り、元気に取り戻したことで、アレンはクラレンスたちの回復を祝う宴の席を設けた。
宿の一室を貸し切り、アレン一行とクラレンス一行が向かい合って座った。豪華な料理がテーブルに並び、和やかな雰囲気の中、食事が進んだ。
やがて食事が終わりかけた頃、アレンがクラレンスに向き直って口を開いた。
「リーベンフロイン殿に、お伝えしたいことがあります。もしよろしければ、我らと共に、仲間になっていただけませんか。正直に申し上げますと、私はあなたに一目惚れしました」
アレンは真っ直ぐにクラレンスを見つめ、真剣な眼差しで語った。
まるで告白のようなその言葉に、クラレンスは一瞬、頭が真っ白になった。胸が抑えられないほど高鳴った。
「男として、そして騎士として、仲間と子どもたちを守るために最後まで諦めないその姿に、心を打たれました。あなたのその姿勢は、まさに高貴そのものです」
(……ああ、そういう意味か)
クラレンスの胸の鼓動は、すぐに落ち着きを取り戻した。
アレンは返答を静かに待っていた。
彼には、正直に好意を抱いていた。このまま別れるのは寂しいという思いもあった。できることなら、すぐにでも応じたい。だが、あのとき、鎧が言っていた言葉が脳裏をよぎり、軽々しく返事をすることはできない。
「ありがたいお言葉です。ですが……一日、お時間をいただけますか。仲間と相談します」
クラレンスの慎重な返答に、アレンはわずかにがっかりしたようだったが、すぐに穏やかな笑顔を見せた。
「承知しました。どうか、良いお返事をいただけることを願っております」
それ以上、その件について触れることはなく、和やかな雰囲気のまま宴の席は締めくくられた。