21. 安全都市への帰還
アレンたちが泊まっている宿にクラレンスたちを連れて戻ると、クラレンスの姿を見た宿の人々がざわつき始めた。
「黄金の騎士じゃないか? どういうことだ……」
黄金の騎士が子どもたちと仲間を守るために、夜明けから正午まで30人を超える凶悪な無法者どもと死闘を繰り広げたと、ザヴィクが説明すると、人々は深く感動し、自然と厳かな雰囲気に包まれた。その後、クラレンスを上の階へ運ぶために、8人の屈強な男がかり出され、棺を運ぶように「せーの!」と声を合わせながら慎重に階段を上っていった。
ザヴィクとクラレンスは同じ部屋に、ラリサとシャルも一つの部屋で休めるよう手配され、その後、アレンたち4人は別の部屋に集まった。
カイエンが感嘆混じりに言った。
「正直、感動したよ。仲間と子どもを守り抜いて、剣を地面に突き立てたまま気を失うなんて。本当にかっこよかったな」
アレンは真剣な眼差しで、独り言のように呟いた。
「どうすれば、あの男、黄金の騎士を俺の味方につけられるだろうか」
ハミツが答えた。
「ああいう人は、金や地位なんかじゃ動かない。心を掴まないと」
「俺が求めているのは、彼の友情です」
「なら、本気で向き合うしかないね。こうなることを狙ったわけじゃないけど、少なくとも、彼に助けを差し伸べたことは事実だし。出だしとしては悪くないのでは?」
ふと何かを思い出したように、カイエンがハミツに尋ねた。
「ところで、あのキャロウェイという男、ハミツさんと何か深い因縁でもあったのですか? 会うなり、物凄い勢いで突っかかっていったから、ちょっと驚きましたよ」
「いや、まあ……アイツは色々と悪事を働いてきたからな」
ハミツは曖昧に言葉を濁した。奴の気を引くために口にした恥ずかしいセリフを思い出すと、今でも顔が熱くなる。
「ハミツさん相手に、あそこまで粘れるなんて、相当な実力者だったのでしょうね。俺も一度、手合わせしてみたかったな」
アレンが軽く言った言葉に、ハミツはそっぽを向きながら内心でぼやいた。
(だから、問題だって言うの……)
セイドはそんな2人の様子を眺めて面白そうに微笑み、アレンに向き直って言った。
「そういえば、キベレで〈太陽の勇者〉に関して、ミネロサ様から興味深い話を聞いたな」
「ミネロサ様って、あの〈純白のミネロサ〉様のことか?」
カイエンが興味を示した。
純白のミネロサは、大陸回廊の中央にある幻の都〈キベレ〉の宝物庫を守る者であり、太古のエルフのひとりでもあった。
セイドは頷いて言った。
「ミネロサ様に、私たちが見たことを話したら、太陽の勇者に間違いないと、喜んでいた。で、その勇者にはちょっと変わったところがあるとのことだ」
「変わったところ?」
カイエンが目を輝かせた。アレンとハミツも興味を示す。
「やたらと……脱ぎたがるそうだ」
思いもよらない言葉に、3人はぽかんとした表情を浮かべた。全身を覆って、顔にまで仮面をつけている、今の姿からは想像もできない話だった。
「相手が強くなるほど、防具が減って、服もどんどん軽くなるらしい」
セイドの言葉に、カイエンはますます不可解そうな顔をした。
「普通は逆だろ?」
アレンが笑みを浮かべて聞いた。
「それで? 一番脱いだら、どうなる?」
「すっぽんぽんになるらしい。ただ、そこまで行ける勇者はほとんどいないみたいで、男ならだいたい下着一枚残して脱ぐ。女の勇者なら胸は隠すとか」
セイドは真面目な顔で答えた。
「はぁ……?」
カイエンは呆れて口を開け、アレンは愉快そうに笑い出した。
「面白い。仲良くなったら、一度勝負挑んでみようか? どこまで脱いでくれるか、見てみたいものだ」
セイドもくすっと笑った。
「本気で来たら、下着まで脱ぐかもな……」
ハミツは呆れた目で3人を見ていた。彼にとっては、全然笑えない話だった。どんな理由であれ、すっ裸の男とアレンが真剣勝負をするなんて、見たくもないし、あってはならないことだった。
*** ***
クラレンスが意識を取り戻したとき、自分が柔らかなベッドに横たわっていることに気がついた。はっと身を起こして周囲を見回すと、隣のベッドでは、ザヴィクが安らかな顔でぐっすり眠っていた。
「お目覚めですね」
部屋の隅の椅子に座っていた給仕女が近づき、ベッド脇のサイドテーブルから水を注いで差し出した。
「ここは……どこですか?」
「アルカセンの『金の蔦』亭です。おとといの午後、アレン・ミルドラン様ご一行があなたをお連れになりました」
そこでようやく、あの時の記憶が蘇ってきた。矢が飛んできて無法者たちが倒れ、黒髪の男が現れた。その後は記憶が曖昧だが、彼とその仲間が助けてくれたことは分かる。
「仲間と子どもたちは?」
「皆さんご無事です。女性のご同行者は別室で休んでおられますし、子どもたちは安全な場所で保護されていると伺っております」
「良かった」
「少々お待ちください。すぐにスープをお持ちしますね」
給仕女が部屋を出ていくと、クラレンスはガントレットをはめた自らの手と身体を見つめた。ようやく、生きているのだという実感が湧いてきた。
ほどなくして、給仕女がトレイにスープの入った器を載せて戻ってきた。
「……どうやってお召し上がりいただけば、よろしいのでしょう?」
兜に仮面をつけたクラレンスを見て、給仕女が戸惑うと、クラレンスは答えた。
「大丈夫です。自分で食べます」
クラレンスは、仮面をつけたままスプーンですくって口に運んだ。具は入っていない澄んだスープなのに、よく煮出された肉の旨みと野菜のほのかな甘みが絶妙に混ざり合い、口の中で心地よく広がっていく。
(……おいしい!)
その様子を見た給仕女は、急いでもう一度台所へ行き、スープの入った鍋とおたまを持ってきた。
空腹は極限に達しており、スープはあまりにも美味しい。器ごと飲み干したいのだが、鎧は優雅かつ節度ある所作で、一匙ずつ口に運んでいた。
(器ごと飲んじゃダメ? お腹、空いたよ)
― 下品なことを言うでない。神意を継ぐ者として、品格を保たんか。
(知らない、お腹が空いてるんだってば!)
― やかましい! ようやく神の使いらしくなったと思えば、そのざまだ。この豆粒が。その間抜け顔を見せびらかしたいくらいだ。
鎧との内なる攻防を繰り広げつつ、優雅な所作のままスープを何杯も平らげた頃、アレンとカイエンが部屋に現れた。クラレンスがベッドから起き上がろうとすると、アレンが制した。
「無理なさらず、そのままでいてください。回復するまでは、安静にされた方がいい」
「私と仲間を助けていただき、ありがとうございます」
感謝の言葉に、アレンは穏やかに微笑んだ。
「お礼には及びません。間に合って本当に良かったです」
「子どもたちは……大丈夫でしょうか?」
悪党どもに狙われ、親を失い、死の恐怖に晒されていた哀れな子どもたちが、ずっと気にかかっていた。
「信頼できる者に預けました。安全に暮らせるよう手配いたしますので、心配はいりません」
アレンの言葉は、確かな安心感を与えた。
「本当に……いろいろとありがとうございます」
「まだお疲れでしょうし、何も気にせず、ここでゆっくりお休みください。ご入用のものがあれば、この宿の者に何でもお申し付けください」
アレンは短く挨拶を済ませ、カイエンと共に部屋を出ていった。
「では、また後ほど」
カイエンが人懐っこい笑顔で手を振った。
二人が出て行った後、クラレンスは扉を見つめながら思った。
(前の肉の件もそうだし、今回のことも……やっぱり、いい人だったな)
― 悪人ではない。ただ、あの男は……危険な人間だ。
(危険だと?)
― 善悪の基準では測れぬ男ということだ。大きな選択の岐路に立ったとき、善でも悪でもなく、自分の信じる最善を選ぶ者。世界に福をもたらすこともあれば、時に災厄となる可能性すらある存在―そういうことだ。
「災厄となる可能性」という言葉に、クラレンスの表情が引き締まった。それは、個人レベルの過ちや悪事を超えた、社会全体を揺るがすような混乱や戦乱を意味している。
(でも……見返りも求めず、私たちを助けてくれたの。あの状況でためらわず飛び込めるなんて、簡単なことじゃない)
鎧の判断を疑っているわけではない。だが、クラレンスの中では、アレンを「良い人」と信じたいという思いの方が勝っていた。
― 判断と選択は、お前のものだ。運命の主人は、あくまでお前なのだから。