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太陽の勇者、満月の騎士、そして天秤の守護者  作者: 星を数える
第2章 出会い
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16. 3人の男

 宿に戻ると、入口の前で落ち着きなくうろうろしながら待っていたザヴィクが、ほっとして彼らを迎えた。ザヴィクが淹れてくれた温かいお茶を飲み、顔と手足だけ軽く洗った後、皆、倒れるようにして床に就いた。


 正午をとっくに過ぎて目を覚ました4人は、遅めの食事を取った。

 ややむくんだ顔でシチューを口に運んでいるラリサを見つめ、クレランスは夜中の彼女の姿を思い出していた。クレランスの目に見える黄金の天秤は、ラリサには見えていないようだった。


(ラリサは、自身が〈天秤の守護者〉だって、気づいているの?)

 ― いや、まだ本人にはその自覚はないようだ。お前と同じく、成長の途上にある。だが、神の御心に従い、お前と共にその道を歩む覚悟はできている。


 クレランスは、ラリサの顔をじっと見つめた。

 自分とは違う、女の子らしくて可愛らしい子。最高の回復術士であり、神官でもある彼女は、今よりもっと良い待遇を受けるべき存在だ。


「ラリサ」

「うん?」

「あの時、最初に出会った日の誓い、後悔してないの?」


 ラリサは、悟りでも得たような澄んだ笑みを浮かべた。

「いまさら何言ってるの? それも神様の導きだったと思っているわよ。だって、あの日クレランスに助けられてなかったら、どうなっていたか分からないもん」


 その言葉が嬉しい反面、クレランスは、自分の厳しい修行の道にラリサとシャルを巻き込んでしまったのではという後ろめたさを感じていた。決して、苦しみばかりの人生を誰かに強いるようなことはしたくなかった。


「前に話したこと、覚えてる? いつか新しい皇帝の即位式に合わせて、帝国の都シトマへ遊びに行こうって。あれ、本気だからね。ちゃんとお金貯めて、一緒に行こう」


「それ、覚えていたんだ?」

 目を丸くして尋ねたラリサは、すぐに呆れたように笑った。

「だって、貯金する気なんて、全然なさそうだから。てっきり忘れてるかと」


 冒険で得た報酬の3分の1は共通の経費に、残りは4人で均等に分けるという取り決めだった。亡霊王の眼を売った金も同様に分けたが、クレランスはラリサと一緒にエオネス教団の孤児院を訪れ、全額を寄付していた。ザヴィクとシャルも、似たような使い方をしていた。


(……旅費は、ほとんど私が貯めることになりそう)

 そんな予感に少し寂しさを覚えながらも、ラリサはこくんと頷いた。

「うん、激安旅でもいいから、行けるように頑張ろう」


 シャルがにっこり笑う仮面に付け替えて言った。

「私も、全力で手伝うよ」


 午後になると、宿には来客が相次いだ。これまで犯罪組織に命を奪われた治安隊員の遺族や、昨夜の討伐で無事に帰還した家族への感謝を伝えに来た人々。また、犯罪の巣窟から救出された人々や、その家族の姿もあった。


          ***      ***


 闇組織の討伐の2日目の朝。


 クレランスは部屋の中で、以前と同じように鎧を脱いだ自分の姿をイメージしていた。前回は部屋から出ることさえしなかったが、今日はこの姿で外に出てみようと考えていた。


 犯罪組織との戦いを経て、以前より経験を積んだためか、今回は鎧の内在化もいくらか楽になっていた。部屋を出たクレランスは、廊下でラリサと鉢合わせた。ラリサはすばやく周囲を見回すと、小さな声で尋ねた。


「どうしたの?」

「ちょっと、外の空気を吸いに行こうと思って」


「大丈夫なの?」

「うん。今日は、何だかいけそうな気がする」


 クレランスは慎重に階段を下り、外へと出た。

 ついに本来の姿で宿の前に立ったクレランスは、空を見上げて感動に打たれた。頬に当たる陽のぬくもり、髪をなでる風の感触、すべてが新鮮で、喜びに満ちていた。


 まだこの状態を保つのは負担が大きく、足取りも重いが、それでもこの気持ちを少しでも長く味わっていたかった。


(広場まで行ってみようか。大通りじゃなく、近道を使ってみよう)

 近道など知るはずないが、鎧の力を信じて歩みを進めてみることにした。


 どれほど歩いただろうか。全身に力を込めてしばらく進んでいると、次第に空腹を感じはじめた。何か買って食べようと思い、露店を探そうとしたそのとき、どこからともなく、あまりにも食欲をそそる香りが漂ってきた。


 焼いた肉に香辛料を加えたその匂いは、初めて嗅ぐものなのに、たまらなく美味しそうで、素通りするなんて到底できない香りだった。


          ***      ***


 高級レストランのテラス席に座っている3人の男は、ちょうど〈黄金の騎士〉を話題にしていた。

 広場に見せしめのように晒された賊の死体や、頭目を含む処刑者の数はかなりのもので、ほぼ被害なしで大規模な闇組織を壊滅したという事実は、人々の間で驚きと賞賛を呼び、あちこちで噂になっていた。


「冒険者ギルドがハミツさんの所在を把握していたなら、我々も参加できたかもしれませんね」

 アレンが軽い調子でそう言うと、ハミツは呆れた顔で彼を見た。


 万が一そんな事態になっていたら、ハミツにとっては悪夢以外の何ものでもない。狭く危険極まりな闇組織の巣窟で繰り広げられる乱戦に、帝国の第一皇子を連れて行くなど……まさに地下牢行きであった。


 カイエンも似たようなことを考えていたのか、苦笑を浮かべて話題を変えた。

「そういえば、ハミツさんはいつも、安全都市に入る前に服を着替えて、身分を隠していますね?」


「面倒ごとに巻き込まれたくないから。今は何かを起こす時期でもないし」

 ハミツは苦々しげに答えた。今の彼は、普段着に丸眼鏡、そして髭で変装していた。


 混沌の地を巡る際は、あえて自らを晒すために、ヴェルトゥガーの神官服を纏っていた。そうすることで、無法者のような厄介な連中が近づいてこないようにしていた。しかし、安全都市では、なるべく目立たぬように過ごしており、冒険者ギルドにも立ち寄らず、変装して身を隠していた。


 旅の初めの頃は、別の仲間を加えることも考えたりした。だが、その考えは、すぐに捨てることとなった。おかしな人物を入れて何かトラブルが起きたらどうしよう、レオンの身分に気づいて変な真似をされでもしたら―そんな不安ばかりが募って、誰も信じられなくなってしまったのだ。


「それにしても、〈沼地の亡霊王〉に続いて、今回の件まであってさ。黄金の騎士の評判、だいぶ広まっているみたいだけど……。

 もし仲間が増えたりしたら、どうする?」

 カイエンがそう言ってから、提案した。


「キベレからセイドが戻ってくるのを待つより、今のうちに声をかけてみては? たとえば食事にでも誘ってみるとか」


 アレンは、首を横に振った。

「できれば、自然な形で縁をつなげたい。前に混沌の地でそうだったように、冒険の途中でいい機会が巡ってきてくれれば……」


 考え込みながら遠くを見るアレンの姿を見て、カイエンは真面目な表情になった。彼がかなり本気だということが伝わってきたのだ。


 不意に横から熱い視線を感じて、カイエンは顔を向けた。テラスの柵の前に、見知らぬ子どもが立っていた。白金に近い淡い金髪に、澄んだ大きな青い瞳をもつ、10代半ばほどの少年だった。


 可愛らしい顔立ちだが、目にぎゅっと力が入り、何かが気に入らないのか、口を結び、眉をひそめている。ハミツの方をじっと睨んでいるようだった。


「知り合いの子ですか?」

 カイエンが尋ねると、ハミツは首を傾げた。


「いや。見覚えないな。初めて見る顔だ」

 そう言って、ハミツは自分の前に置かれた肉の盛り合わせを指さした。

「私じゃなくて、こっちを見ているんじゃないか?」


 そこには骨付きの焼き肉が、香ばしく、こんがりと盛られていた。彼の言葉どおり、子どもの視線は明らかに肉に釘付けになっていた。


 それを見ていたアレンが、子どもに優しく声をかけた。

「お腹が空いているのかい?」


 少年は口を固く結んだまま、こくんと頷いた。

 アレンは優しく微笑み、肉のバスケットを指さした。

「入りなさい。いっしょに食べよう」


 すると、少年は大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、

「ありがとうございます」

 と言ってから、テラスの欄干に手をかけ、ぴょんと飛び乗った。


 けっこうな高さの欄干を軽々と飛び越えたその身のこなしに、男たちは一様に目を見張った。


 アレンはすぐに給仕を呼び、新しい席の用意を頼んだ。


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