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太陽の勇者、満月の騎士、そして天秤の守護者  作者: 星を数える
第2章 出会い
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15. 闇組織の壊滅(3)

 用心棒一味を倒すと、残る者の掃討はさほど難しくなかった。恐怖に取り憑かれて戦意を喪失した者、ろくに戦おうともしない者が大半だった。


 犯罪組織の頭目は部下たちを率いて、3階の大部屋へと逃げ込んでいた。本来なら、そこから外に通じる秘密の抜け道があったのだが、すでに治安隊によって完全に封鎖されていた。障壁の向こう側には長槍を手にした治安隊員たちが陣を敷いて待ち構えていた。


 頭目とその一味は、人々を人質に取り、クラレンスたちと対峙していた。

「これ以上近づくな。わかってるだろ? こいつら全員、死んでもいいのか?」

 頭目はナイフを振り回し、凄まじい形相で威嚇した。


 人々は恐怖に顔を歪め、必死に叫び声をあげた。

「助けてください、騎士様!」

「うちには子どもがいるんです!」

「どうか……お願いです!」


 治安隊の副隊長と隊員たちは、困り果てた表情で黄金の騎士を見た。通常であれば、ある程度の犠牲を覚悟して突入するのが常だが、今はこの場で黄金の騎士の判断を無視することはできない。


 黄金の騎士が口を開いた。

「ラリサ、束縛を」


 その言葉に、ラリサの身体が自然に応えた。ラリサは祈るように両手を固く組み、毅然とした声で悪党たちに宣告した。


「不浄なる者よ、我が神エオネスの御名により命ず。

 汝らの身、動きを封じられよ!」


 その言葉が放たれるやいなや、悪党たちの身体に異変が起きた。

 武器を構えていた手が震えだし、意に反して開かれていった。


「な、なにこれ!?」

「俺の腕が……!」

 悪党どもは必死に抵抗しようと力を込めたが、身体はもはや言うことを聞かなかった。


 ラリサは固く組んだ手に力を込め、束縛を維持しようと全身を震わせていた。相手の動きを封じるには、相手以上の力で押さえ込まねばならなかった。


 悪党たちが人質の喉元に突きつけていた武器が次第に遠ざかると、人々は恐怖をこらえて勇気を振り絞り、その場から逃れて壁際に身を寄せた。シャルと治安隊の騎士たちが素早く前に出て、彼らを安全な場所へと導いた。


 やがて力を使い果たしたラリサが、荒い息をつきながら手を解いた。同時に、一部の悪党たちが捨て身で飛びかかってきたが、クラレンスの動きの方が早かった。数人が瞬く間に床に転がり、シャルと治安隊の騎士らも加勢して、戦況はすぐに制圧された。


 頭目をはじめとする幹部格の者たちは、クラレンスの大剣によって打ち倒され、生け捕りにされた。


 すべてが終わったのを確認した後、後始末は治安隊に任せ、クラレンス、シャル、ラリサの3人は、治安隊騎士の案内で地上へと戻った。


 地下の各部屋や通路では、冒険者や治安隊の兵士たちが金目の物を物色するのに夢中だった。遺体から衣類を剥ぎ取る者もいれば、金になりそうな品を巡って口論する者もいた。クラレンスと目が合った途端、彼らはばつの悪そうな顔で気まずく笑いながら、ぺこりと頭を下げた。


 クラレンスは、何も言わずその場を通り過ぎた。



 地上の1階はすでに片付けが終わっていた。3人はテーブルを囲んで座り、しばらく無言のまま茫然と過ごしていた。


 静寂を破ったのはクラレンスだった。

「さっきの神官、カハスって名前を叫んでたけど、そんな神がいるの?」


 ラリサは首を横に振った。

「初めて聞く名前よ」


 シャルは額に手を当てて少し考え込んでから言った。

「南方の大陸で、その名前の神を信仰する新興宗教が広まっていると聞いたことがある。忘れられた古代神の復活を唱えているとか。

 その宗教勢力のせいで、かなり大きな国で内戦が起きて混乱しているらしい」


「嫌な感じしかしなかったわ。やってることも異常だし。あれは邪教なの?」

 ラリサが尋ねた。


「詳しくは知らない。信じていない方では、邪教って言われているみたい」

「まともなものじゃなさそうだよね。そんなのがここまで入り込んできてるなんて……気味が悪い」

 ラリサはザワリの禍々しい姿を思い出して、身を震わせた。


 治安隊の騎士が3人、彼女らのもとへ近づいてきた。

「用心棒一味が所持していた武具や品々です。騎士殿の権利でございますが、全く手を付けられなかったご様子でしたので、代わりにお持ちいたしました」


「おかげさまで、誰一人死ぬことなく、任務を完遂できました。本当にありがとうございました」

 そう言って、彼らは3つの袋をテーブルの上に置き、深々と頭を下げて去っていった。


 ラリサがそっと中を覗いてみると、武器や防具、護符といった装飾品、財布など、貴重そうな品々が詰まっていた。


「さすがに手を出す勇気がなくて諦めてたんだけど……ありがたい人たちだね」

 思いがけない厚意に、ラリサは嬉しそうに微笑んだ。


 少ししてから、治安隊の隊長と副隊長がクラレンスたちのもとへやって来た。

 隊長が感謝の言葉を述べた。

「逃げ出す者もいるだろうと、外で待機していたのですが、中で全て終わってしまいましたな。

 用心棒の一人が封鎖を突破して脱出したようですが、それ以外はほぼ完ぺきに一網打尽となりました。これもひとえに皆様のお力のおかげです。

 本日の礼として、ぜひお食事をご一緒させてください。後ほど宿へ使いをお送りします」


 副隊長も興奮した面持ちで頭を下げた。

「おかげで、ほとんど犠牲を出すことなく、これだけの成果を上げることができました。隊員一同を代表して、心より感謝申し上げます!」


 そして、冒険者パーティーが治安隊の指示に従って一階へと集まり始めていた。

「もうちょっと中を漁りたかったな、もったいない」

 冒険者たちは、まだ探索を続けられないことに少し不満そうだった。


 治安隊の副隊長が冒険者たちに向かって声を張った。

「ご苦労さまでした。皆様の協力のおかげで、予想以上に迅速に掃討が成功しました。

 あとは我々治安隊が後処理をいたしますので、冒険者の方々はこれにて撤収してくださって結構です。残りの依頼報酬は、冒険者ギルドを通じてお受け取りください」


 クラレンスたちが副隊長の案内で建物の外へ出ると、外は騒然としていた。捕らえられた悪党どもは、縄で縛られた状態でもなお、治安隊に向かって罵声や脅迫を繰り返していた。


「覚えてろよ!」

「貴様ら、これで無事に済むと思うなよ!」

「俺が出たら、まずお前の家族を殺してやる!」


 治安隊側も負けてはいなかった。

「うるせえ。どうせ首を括るしかない連中が」

「ここで叩き殺されてえのか?」


 クラレンスの姿が見えたとたん、悪党らは一斉に口をつぐみ、恐れをなして縮こまった。

 治安隊員たちはそんな様子を見て鼻で笑い、舌打ちをした。

「黄金の騎士様を見たら、さすがにビビったか」

「まったく、情けない奴らだ」


 別の場所では、客として来ていたが拘束された者たち、犯罪組織に囚われて強制労働させられていた者たち、地下から救出された人々が、犯罪者と区別されるようにまとめられていた。


 クラレンスを見つけると、感謝の声が四方から飛び交った。

「ありがとうございます!」

「助けてくださって、ありがとうございました!」


 その一角には、死体が積み上げられていた。衣服どころか靴すらも奪われ、裸同然の者たちも少なくなかった。

 ラリサは顔をしかめ、シャルのすぐそばにぴたりと寄り添った。


 騒がしさを背に、クラレンスは黙々と足を進めた。黎明の光を浴びた黄金の鎧が、どこか神秘的な輝きを放っていた。


 人々の間では、ささやき声が飛び交っていた。

「見た? あの暗闇の中で、赤い剣がまるで光を放ってたの……」

「用心棒の親玉か? あいつと戦ってたときなんて、真昼の太陽みたいだったよ」

「あの神官様もすごかった……まるで聖女様のようだった」

「本当に、太陽の勇者様かもしれない……」



 宿への帰り道。

 クラレンスはどこかぼんやりとした気分のまま、とぼとぼと歩いていた。一晩中、犯罪の巣窟を駆け巡って戦い続けた疲労と筋肉痛が身体にまとわりついていたが、それ以上に精神的な消耗が激しかった。


 シャルとラリサもまた、押し寄せる疲労に、口を開く気力すらないのか、静かに歩いていた。


 ― どうした、浮かない顔をして。

(…… 魔獣と戦うのは平気だけど、人と戦うのは、あまり気が進まない。悪い奴らだとしても、人間だから)


 ― 人の道を踏み外した者は、魔獣にも劣る怪物だ。今日、お前が毅然と立ち向かわなければ、多くの者が犠牲になっていただろう。

 もし奴らを見逃していたら、これから先さらに多くの命が奪われていたはずだ。

(わかってる)


 ― この依頼を引き受けたことを後悔しているのか?

(後悔はしていない。あの者たちと相対したとき、彼らが積み重ねてきた悪行の重みと、それに押しつぶされた、人々の絶望や悲しみが伝わってきたから。

 ただ……悲しいのは、どうして、この世にはこんなにも多くの悪と罪があるのだろうってことなんだ)


 ― もし悪と罪しか存在しないのなら、人の世界など、とうの昔に滅んでいる。ぬくもりと善意があるからこそ、人の世は保たれているのだ。

 人間とは、複雑で多面的な存在だ。生きている限り、無数の選択の場面に直面する。その一つ一つの選択の積み重ねが、その人間という存在を形作るのだ。

 お前もそうだ。お前は〈神意を継ぐ者〉としての道を選んだ。エオネス様が遺した意志を胸に刻め。それが、お前の歩むべき道だ。


 クラレンスは、父から聞かされた一族に伝わる教えを思い返した。

(人々に崇められようとするな。彼らの傍に寄り添い、ぬくもりの種をまけ)

 ― ……ならばよい。


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