12. 治安隊からの依頼
数日休息を取った後、活動を再開したクラレンス一行に、冒険者ギルド長のエトモンから食事の招待があった。沼地の亡霊王を討伐してくれたことへの感謝と、その後の対応について説明する場を兼ねてのことだった。
広場からそれほど遠くない、かなり高級な料理店の個室に案内されたクラレンスたちは、喜んで美味しい料理を堪能した。
ギルド長エトモンは、〈亡霊王の眼〉が競売でかなりの高値で落札されたと述べ、その売上金を手渡した。また、討伐時に持ち帰った遺品を遺族に届ける作業が現在進行中であり、持ち主が判明しない物品については、後日処分してクラレンスの希望通り、夫を亡くした女性や孤児らに分け与える予定であると言った。
食事の最中、思いがけない人たちが同席することになった。アルカセンの治安隊の隊長と副隊長である。彼らがこの場に来たのは、治安隊としての依頼を伝えるためだった。
その内容は、犯罪組織の討伐に協力してほしいというものだった。
人が暮らす場所なら、どこでもそうであるように、安全都市でも、治安の悪い地域や犯罪者は存在する。中には、人間の地で重罪を犯して逃げ込んできた危険な者もいた。
しかし、近頃のアルカセンの治安は、一般的な状況を超えて著しく悪化していた。売春、人身売買、殺しの請負など、あらゆる悪行に手を染める闇の組織が勢力を伸ばし、街で堂々と活動しているのだ。治安隊でもなんとか対処しようと努力していたが、腕利きの用心棒一味を雇っていたせいで、被害に遭う騎士や隊員が増え続けていた。
「このまま奴らを放っておくわけにはいかないため、本拠地への討伐作戦を立案しました。治安隊に加え、冒険者パーティーの協力を得て、一網打尽にするつもりです。
沼地の亡霊王を討伐されたこと、そしてその後のご対応を聞いて、クラレンス殿のパーティーにこの件をお願いしたいと考えました。
もし、お力を貸していただけるなら、用心棒一味の制圧をお願いしたいのです。
治安隊の限られた予算では、正直なところ、多額の報酬をお支払いすることはできません。
ですが、討伐の過程で得られる戦利品は、すべてそちらの所有としていただいて構いません」
治安隊長の説明を聞いていたラリサは、一瞬で食欲が失せてしまった。悪党どもの根城に乗り込んで死闘を繰り広げ、しかも一番凶悪な連中を相手にするという。その上、報酬もあまり期待できない依頼だなんて……。
戦利品を持っていけるとはいえ、クラレンスがそうしたものを自らのものにするはずもなく、実質「ないもの」として考えた方がよさそうだった。
(沼地の亡霊王のほうがまだマシだったかも。お願い、これはどうか断って……)
ラリサの心の声とは裏腹に、クラレンスは即座に承諾していた。
「人々の安全を脅かす犯罪集団を見過ごすわけにはいきません。喜んでお引き受けします」
ラリサは憂うつな気分で目の前の皿を見つめた。
(……はずないよね)
治安隊の隊長は非常に喜び、肩の荷が下りたような表情を見せた。
「そうおっしゃっていただけて、本当にありがたいです。大きな力になります」
ラリサは伏し目がちにクラレンスを横目で見た。
鎧を脱いだクラレンスの顔を思い浮かべると、なんとも不思議な気持ちになった。可愛らしくて、どこか儚げな少年のような美しい顔。細身で小柄な子なのに、どうしてこんなにも恐れを知らず、勇敢でいられるのか。
(この鎧の中に、あんな女の子が入ってるなんて……誰も想像すらしないだろうね)
どうせもう避けられないことだった。〈食べるのが一番〉と気を取り直したラリサは、ひたすら食べ始めた。
(まずは食べよう。なんとかなるでしょう)
*** ***
数日後、作戦決行の日がやってきた。
クラレンス一行は、宿にザヴィクを残して、迎えに来た治安隊の兵士とともに集合場所へと向かった。今回の戦いは、狭所での対人戦が予想されるため、クラレンスの判断で、ザヴィクは同行を見送られたのだった。
集合場所では、治安隊の隊長、副隊長をはじめとする主力の騎士らが待っていた。クラレンスのパーティーのほかに、同ランクの冒険者パーティーが8組加わっていた。そのうち4組はクラレンスたちとともに、犯罪組織の本拠地へ突入する部隊として、残る4組は二手に分かれて治安隊と共に敵の別拠点を同時に襲撃することになっていた。
その場で、クラレンス一行は当日の作戦内容と注意事項について説明を受けた。闇の組織の拠点は、大きな酒場兼売春宿の建物で、地上7階・地下3階という構造だった。
副隊長が建物の構造図を広げ、ざっくりとした動線を説明した。まず、建物の周囲を完全に封鎖したうえで、一階正面から突入し、そのまま7階へと上がって、上から順に階下へと制圧していき、最後に秘密通路を通って地下に突入するという計画だった。
そしてもちろん、最も危険な用心棒一味に対処するため、銀級の冒険者であるクラレンスのパーティーが先陣を務めることになっていた。
「建物内ということもあり、大剣の使用は難しいと思いますが……大丈夫でしょうか?」
内部突入に同行する副隊長が不安げに尋ねたが、クラレンスはあくまで平然と答えた。
「心配には及びません」
そこからは出撃までの時間、各自が準備を整えつつ待機に入った。
やがて作戦開始時刻が迫り、出発直前、治安隊の副隊長が冒険者たちに向けて最後の警告を発した。
「先ほども申し上げましたが、あそこにいる者は全員、逮捕対象です。投降する素振りを見せても、決して油断してはなりません。
女や子どもも例外ではありません。殺し屋として育てられた子どももいて、今までにどれほど多くの仲間が犠牲になったか……」
クラレンスのすぐ後ろを歩きながら、ラリサの体は緊張で震えた。
人を相手にした戦闘は、キへンナへ向かう途中の無法者との戦いで経験していたが、今回はあの時とはまた違っていた。今度はクラレンスのすぐ背後で行動することになるのだ。つまり、本当に目の前で戦いを見ることになる。
「ラリサ、心配しないで。私が守るから」
クラレンスがそっとそう言ったとき、不思議なほど心の不安がすっと落ち着いていくのを感じた。
(そうよ。クラレンスとシャルがいる。大丈夫。きっと大丈夫……)
自分の中に宿る何かの力。沼地の亡霊王と戦ったとき、あのとき発現した力と能力が、本来の自分のものではないことは自覚していた。それは彼女の神への誓いが、神に届いたことを示していた。
(私には似つかわしくない、身に余る力……でも、シャルの言うように、私が〈忠実なる者〉なら、その使命は果たさなきゃ。
クラレンスは、私の命の恩人でもあるんだから)