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太陽の勇者、満月の騎士、そして天秤の守護者  作者: 星を数える
第2章 出会い
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10. 沼地の亡霊王(3)

 ラリサを囲んでいた亡霊たちが順に浄化されて消え去ったのち、彼女はようやく我に返り、クラレンスとシャルの方を見やった。


 ちょうどその時、クラレンスがあの化け物の本体へと最後の一撃を叩き込んだところだった。沼地の亡霊王が上げた凄まじい悲鳴が、洞窟全体に響き渡った。その体が完全に干からびて崩れ落ちていくのを確認したクラレンスは、赤き大剣を地に突き立て、その場に立ち尽くした。


 シャルは激しく息を吐きながら、その場にへたり込み、ザヴィクはそのまま横に倒れてしまった。

 ラリサは息を整え、まずザヴィクの体力を回復させ、クラレンスのもとへと向かった。


「クラレンス、大丈夫?」

 クラレンスは返事の代わりに、静かに頷いた。


 ラリサは、次にシャルのもとへ行き、体力の回復を行った。ひどく疲れているはずなのに、まだ自分にこれだけの力が残っていたことに、ラリサ自身が驚いていた。


「とにかく、ここを出よう。この空気じゃ、長居はできないわ」

 ラリサが促すと、シャルは重く頷き、なんとか身体を起こした。


 その時、クラレンスが口を開いた。

「あそこに、皆の遺品がある。持ち帰って、返してあげよう」


 クラレンスが指差した先には、武器や防具、装飾品、金貨などが山のように積まれていた。犠牲者の持ち物だった。ザヴィクが腰の袋を取り出し、シャルと協力してそれらをまとめて詰めていった。


 ラリサは亡霊王の遺骸である泥の山の中に、何かきらめくものを見つけて拾い上げた。細長い琥珀のような黄色い結晶の中に、真紅の眼球が封じられている奇妙な物だった。


「シャル、この中からこんなのが出てきたんだけど……?」

 ラリサがそれを見せながら問うと、シャルは思い出したように言った。


「……亡霊王の目。そうか。沼地の亡霊王だったんだ。沼地の亡霊王からは、こんなものが出るって、本で読んだことがある。普通、2つ以上は出るらしいけど」

「そう? じゃあ、もっとあるってことだね。探してみよう」


 そこから、ラリサとシャルは、崩れた泥の山を懸命に探し、最終的に6つの『亡霊王の眼』を発見することができた。


「これが6つも出てくるなんて……本当に恐ろしい相手だったのね」

 シャルは今さらながらに身震いした。


「怖いもの知らずで戦っていたくせに、いまさら何言ってるの?」

 ラリサがからかうように言うと、シャルはしばらく黙り込んだ後、静かに口を開いた。


「正直、さっきの私は……一種のトランス状態だった気がするの。この戦いは正しいことで、神の御言葉を実践する道だって、強く信じ込んで……すごく高揚していた。肉体の限界も痛みも、本当に忘れてしまっていたのよ」


 そう言ってから、ラリサの顔をまっすぐ見つめ、真剣な声で言った。

「ラリサ、あなたは自分で思っている以上に特別な存在よ。人々に神の御心を宿すことなんて、誰にでもできることじゃない。

 それに、あなたは、あれほど多くの怨霊たちを安らぎの道へと導いた。そんなあなたを守る騎士でいられること、私は本当に誇りに思っている」


 仮面越しでも、シャルの瞳が真剣に輝いているのがはっきりと分かった。

「私は……そんな大した人間じゃないよ……」


 ラリサはその言葉の重みに戸惑い、まっすぐシャルを見つめ返すことができなかった。

 自分にどうしてあんなことができたのか、考えても答えは出ない。ただ一つ確かなのは、自分はシャルが思っているような、そんな偉大な存在ではないし、なりたいとも思っていないということだった。


(私はただ、静かで穏やかな暮らしを望む、普通の女の子なのよ……)

 ラリサはその想いを、心の中でそっと呑み込んだ。


 人々の遺品をまとめて洞窟を出ると、雲の合間から遠く東の空が白み始めていた。4人は洞窟の前にしゃがみ込み、しばらくの間休息を取った。


「……ここも、気の流れが悪いですね。やっぱり、野営地に戻って休みましょう」

 ラリサは薬箱から包帯と薬を取り出し、ザヴィクとシャルの傷を手早く手当てした。


 その後、クラレンスが先頭に立ち、4人は夜を過ごした野営地へと向かった。

 遠くに焚き火の明かりが見え、ロバのロシの鳴き声が聞こえてきた。ザヴィクの姿が見えると、ロシはさらに大きな声で鳴きながら、恋しさを訴えるように彼を呼んだ。


「おお、無事だったんだな。怖かっただろう……」

 ザヴィクはロシの首筋を撫でて、優しく語りかけた。


「……焚き火がまだ消えてないなんて、すごいね?」

 火を見た瞬間、全身に寒気が走り、急に冷え込みを感じた。ラリサは焚き火の前に座り込み、その不思議な火をじっと見つめた。


 ザヴィクが答えた。

「クラレンス様がお点けになった聖なる炎ですから。クラレンス様がお望みにならない限り、消えることはありませんよ」


「ええっ、まさかぁ……」

 ラリサは口元を押さえて大きくあくびをした。

「でも、火があって助かる〜。あったかくて気持ちいい……もう眠くてたまんない……」


 焚き火のぬくもりに包まれて、疲労が一気に押し寄せ、意識を保つのが困難になるほどだった。それは、ラリサだけではなく、シャルもザヴィクも同じだった。3人はほどなくして、ぐっすりと眠りに落ちた。


 クラレンスは木にもたれかかって座り、目を閉じた。万一の事態に備えて、自分が対応せねばという意識からだった。だが、実際のところ、体力はとうに限界を超えており、動くどころではなかった。ここまでたどり着けたのも、鎧のおかげだった。全身が砕けそうに痛く、それでも恐ろしいほどの眠気に襲われていた。


(……悪いけど、何かあったら起こしてね)

 鎧にそう頼み、クラレンスもすぐさま眠りに落ちていった。


 鎧が、そっと呟いた。

 ― よく眠れ。今日ばかりは、〈神意を継ぐ者〉にふさわしかったぞ。


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