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太陽の勇者、満月の騎士、そして天秤の守護者  作者: 星を数える
第2章 出会い
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4. 交渉の達人

 クロダイン一行の護衛を任されてから、すでに5日が経っていた。この間、脅威となる魔獣と遭遇することもなく、旅路は平穏そのものだった。


 昼食を軽く済ませ、安全都市へと向かって進んでいたそのとき、突然、鎧が警告を発した。

 ― 前方から何か来るぞ。


「皆さん、しばし停止を!」

 一行にそう呼びかけると、クラレンスは足を止め、前方を鋭く見据えた。


 巨大な魔獣が、前方の丘を悠々と跳び越えて姿を現した。その姿が、クラレンスの脳裏に鮮明に焼きついた。6本の脚を持ち、長く鋭い牙を突き出した、獰猛な大型の熊型魔獣。その狡猾な目が、明らかにクラレンスたち一行を目標と定めていた。


「皆、動かずその場に!」

 そう叫ぶやいなや、クラレンスは一直線に熊魔獣へと向かって駆け出した。瞬く間に接近し、魔獣が地に着地しようとする刹那、クラレンスはその頭部に、大剣を力強く叩き込んだ。


 同時に、シュウウウウンッ、という大きい音を鳴らし、太く重い矢が魔獣の頭に斜めから突き刺さる。

 クラレンスの大剣と、矢による同時攻撃。魔獣は悲鳴一つあげることもなく、その場で絶命した。


 クラレンスは、矢を放った人物を探し、反射的に視線を丘の上へ向けた。そして、思わず息を呑んだ。


 黒馬にまたがり、丘の上からこちらを見下ろしているその姿。それはまさしく、クラレンスの英雄・レオン大王その人のように見えたのだ。心臓が大きく跳ね、驚きのあまり、兜と仮面を被っていることすら忘れ、クラレンスはカントレットを嵌めた手で目をこすった。


 しかし、すぐ自分の勘違いであることに気づいた。確かに黒馬ではあるが、その男の髪は漆黒で、瞳は灰色であった。そして手には、あの強烈な矢を放ったと思われる巨大な弓を携えていた。

 その男はクラレンスを見据えたまま、馬をひらりと跳躍させ、丘の下へと舞い降りた。


 続いて、丘の上にはまた二騎、炎のような赤髪の若き騎士と、長い金髪をなびかせた美しい森のエルフの男が姿を現した。彼らもまた、倒れた熊魔獣の死体を確認すると、最初の男と同じように馬を跳ばせて軽やかに丘を降り、その傍らに並び立った。


 その後、丘の上にもう一人、馬に乗った男が姿を現した。群青色の神官服を纏った男は、先ほどの3人とは違い、慎重に馬の手綱を操り、丘を少し回り込むようにして降りてきた。



 クラレンスの背後にいた者たちは、その光景をただ呆然と見守っていた。美しい森のエルフの姿に目を奪われていたラリサは、群青の衣を着た男が馬から下りて、魔獣へと近づく様子を目にし、我に返った。


 状況から見て、彼らがこの熊型魔獣を追っていたのは明白であり、その魔獣はクラレンスの一撃と、黒髪の男が放った矢によって倒された。


 本来であれば、冒険者として獲物の権利を主張すべきところだが、クラレンスがそのようなことをするはずもないと知っているラリサは、自ら前に出る決意を固めた。


(私が出なきゃ、爪の一つも手に入らないわ……!気迫と論理で押し切るしかない!)

 決死の覚悟で、ラリサは群青の神官服の男のもとへと歩み寄った。


 群青地に金色の文様が縫い込まれたその服、〈炎に包まれた厳格な顔〉の紋章は、彼が光の軍神ヴェルトゥガーの神官であることを示している。〈錆びたガントレット〉の印は、最上級の戦闘神官である証。その隣に刻まれた〈金の雫〉は、最上級の回復術師であることを意味していた。


 遠目にも大柄な人物だったが、近づいてみると、さらに大きく見えた。今までラリサが出会った中でも、群を抜いての長身。広く厚い肩と鍛え上げられた肉体、そしてなにより、その男が纏う重厚な気配は圧倒的だった。


 男は、自らの眼前に堂々と立つラリサを興味深そうに見つめると、倒れた魔獣を指し示して口を開いた。

「この矢をご覧になればお分かりかと存じますが、こやつは我々が追っていた獲物です」


「そうでしょうね。ですが、こちらの騎士が適切なタイミングで討ち取らなければ、後方の我々の仲間が危険に晒されていたところです。

 奴は、あなた方を振り切るために、我々を標的にしてきたのですから」


「矢が奴の頭部を貫いております。ゆえに、そのような不幸は起こり得なかったかと」

「我らが騎士の大剣が、正確な一撃で奴の頭蓋を断ち割っておりますが?」


 二人の視線が、鋭く交差した。

 ラリサはひるむことなく、相手の瞳を真正面から見据えた。


 その時、筆頭騎士のタナンが静かに歩み寄り、慎重に言葉を添えた。

「私も見ておりましたが……ほぼ同時に、二撃が命中しました」


 男もまた同様の判断だったのか、タナンの言葉には反論しなかった。


 この流れを見たラリサは、一気に勝負に出た。

「私の見る限り、どちらの攻撃も致命的であったようです。魔獣討伐における貢献度と、我々が被ったかもしれない損害の可能性も考慮して、5対5の分配でいかがでしょう?」


 これぞ交渉術の基本。まずは大きく提示し、そこから調整するのが鉄則だ。

 大胆な申し出に、男は一瞬きょとんとしたような表情を浮かべた。

「5対5というのは、いささか過大ではありませんか?」


「こちらとしては、我々の被りかねなかった被害を鑑みて6対4を主張するつもりでしたが、貴方方がここまで追跡してこられたことを考慮し、5対5にしたのです」

 こうして両者は、本格的な交渉に突入した。



 クラレンスは、深紅の大剣を地に突き立て、それに片手を添えたまま、弓を持った男の方を見やった。その男が跨る馬も堂々たる巨体で、男自身もまた長身でがっしりとした体格をしていた。


 気品ある整った顔立ち。もし、レオン大王をこの目で見たなら、きっとあんな風貌なのではないか。ふと、そんな考えがよぎった。


 だが、髪の色も瞳の色も異なる彼を、なぜ一瞬レオン大王と見紛ったのか、自分でもわからなかった。あの強弓を放つ姿のせいか、それとも太陽の光がちょうどその時、眩しく反射したせいか。


(体格こそ似ているかもしれないけど、雰囲気はまるで違う……)

 クラレンスの中にあるレオン大王の像は、優しい笑みを浮かべた、あたたかい人物だった。


 それに比べて、目の前の男は、今まで見た誰よりも端整で魅力的ではあるが、どこか冷たく、尊大な印象を与えていた。


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