3. 初依頼(2)
夕食も終わりに差し掛かった頃、コービンがクラレンスの傍にそっと近づき、控えめな態度で話しかけてきた。
「もし私の思い違いでなければ……あなた様は〈太陽の勇者〉ではございませんか? その鎧と剣の形状、どう見ても私の知るあのお方と一致しておりまして……。
子供の頃、祖父が語ってくれた昔話の中でも、私がいちばん好きだったのが〈太陽の勇者〉の物語でした。善き者を助け、悪を討つ、そんな方だったと……」
クラレンスは思いがけない言葉に驚いた。代わって、彼の鎧が答えた。
― ご先祖の意志を継ぎ、その使命を引き継ぎました。
その答えに、コービンははっとした表情で姿勢を正し、片膝をついて深々と頭を下げた。
「……やはり、そうでございましたか。まさかこの目でお会いできるとは、光栄の極みでございます!」
感極まったコービンの瞳には、うっすらと涙まで浮かんでいた。
「アルカセンまでの旅路、最善を尽くしてご案内いたします」
「私も護衛としてお供する立場。旅仲間として、よろしくお願いします」
「旅仲間などと……滅相もない。畏れ多くも、もったいないお言葉です」
コービンは胸を震わせながら元の場所へと戻っていった。
クラレンスは心の中で、静かに鎧に語りかけた。
(400年も現れなかったから、もう忘れられていると思っていたけど……まだ覚えてる人がいるのね)
― 長い歳月、人の世に姿を見せていたのだからな。無理もなかろう。
(でも、最後に姿を現したのは、400年も前のことじゃない?)
― 物語の力というのは強いものだ。特に、人々の心に残る話であればな。
ふと、鎧がため息をついた。
― クラッパハツとかいう奴が暴れ回って以来、300年近くも聖地に引きこもっていたせいで、外の事情にはすっかり疎くなってしまったな。
(仕方のないよ。クラッパハツの大災厄の後、長い間、偽物の脅威から身を隠さなければならなかったというから)
クラレンスの知る限り、クラレンスの一族の中で〈クラファハツの大災厄〉以降、家を離れ、これほど遠くまで足を伸ばした者は、彼女が初めてだった。
夕食が終わると、人々は自然と二つのグループに分かれ、それぞれ会話を続けていた。
ラリサとシャルは、オルランド・クロダインの妻であるセレスと、その侍女、女騎士たちと共に、女性だけの輪に加わっていた。
オルランドとセレスは新婚で、今回の旅は結婚記念の冒険旅行であった。かねてより混沌の地を巡るのがオルランドの夢であり、それにセレスも同行する形となったのだった。
「結婚記念旅行だなんて……ロマンチックですね」
ラリサが感嘆すると、セレスは恥ずかしそうに微笑んだ。
「ふふっ……危ないからと反対されたこともありましたけど、私も一度は来てみたかったんですの」
セレスは少しだけ魔法を扱えると言い、ラリサとシャルに興味を示した。
「エオネスの神官様に聖騎士様……本当に素敵ですわ。エオネスの神官の中でも〈黄金の心臓〉を持つ方は、滅多にお目にかかれないって聞きますもの。貴重なお方とお会いできて嬉しいです」
「とんでもございません。ところで……このお茶、とても香りが良いですね」
「まあ、そう仰っていただけると嬉しいですわ。これは帝国の北部、シャレ地方の〈雪薔薇〉という花を乾かして煎れたお茶なんですの。ご存知かもしれませんけど、お茶って、誰が淹れるかでも味が変わりますでしょ? ミナはその道に関しては本当に腕が良くて……お菓子作りもとても上手なんですよ。このお菓子も、どうぞ召し上がってみてくださいな」
「これもミナさんのお手製ですか? 本当にサクサクしていて、香ばしくて……とても美味しいです」
女たちの穏やかな談笑に混じって、香り高い花茶の匂いや香ばしく甘い菓子の香りが漂ってくる中、クラレンスは「男」として認識されているせいで、どうしても男たちの輪に加わらざるを得なかった。
男たちは先ほどの模擬戦に深い感銘を受け、クラレンスを尊敬すべき強者として丁重に扱っていた。だが、ここで交わされる話題といえば、鍛錬、戦闘、冒険など─まさに男の汗と涙の物語ばかりだった。
(うぅ〜、私もバラ茶飲みたい……。香ばしいお菓子、甘い果実の砂糖漬けも食べたい。なんで、おじさんたちとこんなことしなきゃならないのよ?)
心の中で絶叫しているクラレンスに気づく者はなく、隣に座っていたタナンが、銀の酒盃に酒を注いで差し出してきた。
クラレンスは内心のやりきれなさに耐えかねて、その杯を一気に飲み干した。だが、喉を刺すような刺激に思わず顔をしかめた。
タナンは別の意味で感心したようだった。
「なかなかの烈酒ですが、それを一息にとは……お見事ですな」
そう言って彼は小皿を差し出してきた。淡いピンク色がかった白い結晶が少量、そこに載っていた。
「ジェンカル山脈の岩塩です。この酒にはこれが合うのですよ」
クラレンスは本当に涙が出そうだった。
あちらは香り豊かな紅茶に、美味しい菓子、楽しげな会話。こちらは烈酒に岩塩、それに男臭い冒険談ばかり。
(いっそ酔って寝てしまいたい……)
そんな思いで黙々と塩を舐め、差し出されるままにまた一杯、さらにもう一杯と酒をあおった。しかし、まったく酔う気配がなかった。
― フッ、心配するな。神意を継ぐ者は、みっともなく酔うことなどない。実のところ、どんな毒や有害な薬物にも影響されぬのだ。
鎧が得意げに言い放った。
(私は、いっそのこと、酔いたいの!)
そうして、夜はゆっくりと更けていった。