表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽の勇者、満月の騎士、そして天秤の守護者  作者: 星を数える
第2章 出会い
23/47

1.クラッパハツ討伐遺跡

 クラレンス一行は、冒険の最初の目的地であるクラッパハツ討伐遺跡〉へと向かった。


 今から300年ほど前─『大破滅の日』があった。

 あの日、東大陸に存在していたカリトラム王国で、ある危険な儀式が執り行われた。封印されていた強大な力を開放し、古代の魔法帝国の遺産と力を甦らせようとしたのである。


 しかし、儀式の過程でその力の制御に失敗し、〈混沌の地〉と人間の地を隔てていた結界が崩れ、世界は大混乱と危機に陥った。本来なら、混沌の地にとどまるはずの魔獣が、人間の地や安全都市へとなだれ込んできた。


 特に、西大陸では『暴竜クラッパハツ』が出現し、大陸回廊の門番都市バルトリを皮切りに、数多の境界都市が灰燼(かいじん)に帰し、無数の命が失われた。


 それから10年後─大破滅を食い止めた東大陸の英雄「レオン大王」が討伐軍を率い、クラッパハツ討伐に乗り出した。東西両地域の英雄が集結した、史上最大規模の討伐軍であった。


 〈クラッパハツ討伐遺跡〉とは、そのクラッパハツが討伐軍により倒された戦場である。あまりに強大な力が衝突したためか、混沌の地では珍しく、地形や植生が変化せず固定されたままで、「安全都市」のように今もその姿を保っていた。


 クラッパハツが最後に倒れた場所には、東大陸と西大陸、それぞれの手で建てられた記念碑が並んでいた。暴竜クラッパハツが西大陸にもたらした被害があまりにも甚大だったため、討伐を記念する西の人々に加え、レオン大王を崇拝する東の人々も絶えずこの遺跡を訪れていた。


 道中、何体かの魔獣に遭遇したが、特に手強い相手はいなかった。素材は手入れして持ち帰り、肉は食糧として食しながら、混沌の地の奥深くへ進んだ末、クラランス一行は目的地に到着した。


 所々に巨大な穴が穿たれ、溶けた岩石や、ガラスのように硬化した地面が入り交じる、奇妙な地形だった。片方では、旅人らしき人々が集まっており、それを見たラリサが仲間に提案した。

「あっちに行ってみようよ。何か説明してるみたい」


 近づいてみると、ラリサの言うとおり、ひとりの男が熱心にこの地について解説しており、旅人やその護衛らしき者たちは耳を傾けていた。


「こちらに見えるこの巨大な痕跡は、西大陸フェエル神聖国の大魔法使いゲラント様が、天より巨大な岩を降らせ、クラッパハツを攻撃された跡です。

 その攻撃を受けて背中に傷を負ったクラッパハツは激怒し、巨大な炎を吐きましたが、エレンシア王国のマックスボーン様が〈疾走の守護〉を大きくして……」


 臨場感あふれる口調で語られる当時の戦いの様子に、クラレンスたちもいつの間にか、話に引き込まれていた。見るだけでは見過ごしてしまいそうな光景が、語られることで新たな意味を帯び始めていた。


 そっと近づき、耳をそばだてて話を盗み聞きしているクラレンス一行をちらりと見たその男は、何かを思ったのか、声をさらに大きくして、誰にでも聞こえるように話してくれた。


 やがて、途中で小休止が提案されると、その男はクラレンスたちに歩み寄ってきた。

「どうでしたか? 楽しんでいただけましたか? 」

 男は人懐っこい笑みを浮かべて尋ねた。


「あ、はい……」

 少し気恥ずかしそうに、ラリサが顔を赤らめて曖昧に返事をした。


 男はさりげない口調で続けた。

「ただ見て回るだけより、ずっとよく見えてくるはずですよ。『知れば見える』って言いますしね。

 ところで……こうして大きな声で話していたら、少し喉が渇いてしまいまして。あとで喉を潤せるくらいの、ほんの気持ちだけでもいただけたら、ありがたいのですが……いかがしょう?」


 ラリサは、男の意図をすぐに察した。

 言われてみれば、ここまで来て、眺めるだけで帰るのは、皮をなめただけで中身を味わわないようなものだと感じられた。


(いくらくらいが妥当かな……?)

 そう思った瞬間、彼女の脳裏に天秤のイメージが浮かんだ。片方には男、もう片方には金額が乗っていた。


「もちろんです。こんなにご親切に説明してくださって……」

 ラリサは財布を取り出し、頭に浮かんだ額を男に手渡した。


 男は礼儀正しくそれを受け取った。

 ラリサの渡した金額は、まさに絶妙だった。多すぎず少なすぎず、相手の気分を損なうこともなければ、こちらの懐も痛まない─まさに適切そのもの。


(この神官さん……ただ者じゃないな)

 内心で感心した男は、にこりと笑ってその場を離れた。


 それ以降、クラレンス一行は心置きなく彼らに同行し、各所の説明を聞きながら遺跡を巡ることができた。


 日が傾く頃まで、さまざまな場所を回った末、一行が最後に訪れたのは記念碑の前だった。

 並び立つ二つの大理石の碑には、「大破滅の日」にクラッパハツが引き起こした大災厄の被害と、「クラッパハツ討伐隊」の結成経緯と過程、そして討伐隊に参加した東西両大陸の英雄の名が刻まれていた。


 人々の中に混じって、興奮気味に見物していたラリサだったが、ふと自分たちを見つめる視線を感じてそちらを見た。目が合ったのは、見慣れない男、冒険者らしき人物だった。


 ラリサが視線を向けると、男はばつが悪そうに目を逸らした。しかしその後も、ちらちらとこちらを伺うような視線を感じた。特に危険な雰囲気や悪意は感じなかったため、仲間には話さなかった。  

 その視線が主にクラレンスに向けられていることから、黄金の鎧が目を引いたのだろうと判断した。


 東西の人々が訪れる地だけあって、混沌の地にありながらも訪れる者は多く、賑わいがあった。記念碑を背景に、〈片目鳥の目〉を使って記念映像を撮っている者も少なくなかった。


 〈片目鳥の目〉とは、片目鳥という魔獣から採れる魔石で、およそ10秒の映像を記録して保存できるというものである。


「〈片目鳥の目〉があったら、私たちも記念に撮れるのに。ちょっと残念だね」

 クラレンスがそうつぶやくと、ラリサはため息をついた。

「しょうがないよ。〈片目鳥の目〉って、買うと高いし。次に手に入れたときに、また来ようね」


 すると、シャルがそっと右手を差し出した。

「実は、私が持っているの……」

 シャルの手には、白く丸い物体が載っていた。


 ラリサは目を丸くした。

「ほんとに?」


 ザヴィクがそれを見て、うなずいた。

「間違いなく〈片目鳥の目〉ですね」


「こ、これって高いのに……今使っちゃっていいの?」

 ラリサが申し訳なさそうに尋ねると、シャルは微笑む仮面でうなずいた。

「こういう時のために持ってきたの」


(やっぱり、お金持ちの子は違うな……)

 ラリサはそう思いながら、彼女がなぜこんなに倹約して苦労しているのだろうと、一瞬だけ思いを巡らせた。


 4人は楽しく記念映像の準備を始めた。クラレンスは鎧と兜、それに仮面をつけているので、特に準備は必要なかったが、ラリサは手鏡を取り出して髪を整えたり、服のしわを直したりと慌ただしくしていた。シャルも髪を軽く整え、鎧のほこりを払ったりして、それなりに気を使っていた。


「映像を撮るには、〈片目鳥の目〉を預ける人が必要だけど、誰にお願いしようか?」

 ラリサが周囲を見回しながらつぶやいた。


 人通りの多い場所ではあるが、高価な魔石なだけに、油断はできない。誰に頼むべきかと目を巡らせていると、先ほどからこちらを見ていた男が声をかけてきた。


「記念映像を撮られるんですね。よろしければ、私がお手伝いしましょうか?」

「さっきから、ずっとこっちを見ていたみたいだけど……私たちの知り合いだったりしますか?」


 男は顔を赤らめて頭をかいた。

「いえ、その……ただ、騎士さまの鎧がちょっと珍しいなと思いまして」


 その言葉に嘘はなさそうだった。

 シャルが男に魔石を渡し、4人は二つの記念碑の間に並んでポーズを取った。男はこういったことに慣れているようで、自然と構図を整えてから少し後ろに下がり、距離を取って彼らの正面に立った。


 男は〈片目鳥の目〉を手に取り、言った。

「この瞬間を、記憶せよ」


 〈片目鳥の目〉に青い瞳が浮かび上がった。男はその青い瞳がクラレンスたちに向くように掲げた。

 瞳が青白く輝き始める。


 クラレンスとシャルの間に立ったラリサは、にっこりと笑って二人の腕にそれぞれ絡んだ。クラレンスの隣に立つザヴィクは、感慨深げな表情を浮かべ、顔いっぱいに笑みを広げた。


 約10秒の映像が記録されると、魔石の瞳は黒く変わった。男に礼を言って、一行は少し離れた場所に移動し、うまく撮れているかを確認した。


 シャルが〈片目鳥の目〉を手に持ち、魔力を込めて言った。

「汝の記憶を、見せてくれたまえ」


 すると、魔石の瞳が赤く輝き、先ほど記録された映像が彼らの前に浮かび上がった。まだ周囲が明るいため、映像はやや見づらかった。


「ちゃんと見ようと思ったら、部屋の中か夜の方がいいね。でも、ちゃんと撮れているみたい」

 シャルが満足そうに言った。


「シャル、前にもこれ使ったことあるんだね」

 ラリサがにっこりと笑って言うと、シャルは少し気まずそうに顔をそむけた。

「うん、まあ……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ