22. キヘンナを発つ
翌日の夜明け前。強制的に起こされたクラレンスは、剣術と体術の訓練から一日を始めた。朝焼けの光を浴びつつ、優雅に大剣を振るうその姿は、多くの人々の脳裏に強い印象を残した。
「前々から思っていたけど、あの方こそ伝説の〈太陽の勇者〉様じゃないかな?」
誰かのささやきに、多くの者が頷いた。
「うん、そんな気がする」
「おばあちゃんが話してくれた太陽の勇者も、あんな人だった。人々を守り、与えてくれる方だったって」
朝食を早めに済ませて出発したものの、城門に着いたのは、正午を過ぎてからだった。30体以上の大型魔獣を狩ったため、その運搬自体が大仕事となり、どうしてもゆっくり進まざるを得なかった。それでも、重い革や頭部などを黄金の盾に載せて浮かせて運んだことで、荷物はだいぶ軽減された。
城門をくぐると、彼らが運んできた獲物を見て、人々は驚きを隠せなかった。
「他に用事があるから、ラリサ、シャルと一緒に先に冒険者ギルドに行っていて。すぐに合流します」
ザヴィクにそう告げたクラレンスは、普段とは違う早足で一人、街の路地へと姿を消した。ジェカーソン一味を捕まえるためだった。どうやら彼らは、クラレンスたちがもう死んだものと思っていたのか、キヘンナに戻ってきていた。
初めて通る道だったが、感じるままに急ぎ足で進んだ先の路地で、荷物をまとめて逃げようとしていたジェカーソン一味と鉢合わせた。クラレンスの姿を見た瞬間、彼らは死神でも見たかのように青ざめて後ずさりした。
慌てて逃げ出したが、素早く追いかけるクラレンスとの距離はすぐに縮まり、観念したのか、彼らは振り返って襲いかかってきた。
クラレンスは飛んできたクロスボウの矢を避ける代わりに、左手を振るって軽々と弾き飛ばした。続いてジェカーソンが剣を抜いて突進してきたが、クラレンスは大剣でその剣を弾き飛ばし、拳で顔面を撃ち抜いて気絶させた。
さらに、頭を狙ってメイスを振り下ろしてきた戦士の武器をもう片方の手で受け止め、そのまま頭突きで昏倒させた。
クラレンスの身体に炎が覆いかぶさったが、鎧に触れた瞬間、まるで力を失ったかのように霧散した。魔法が通じないのを見た魔法使いの顔は真っ青になった。
戦闘の騒ぎに人が集まってくると、魔法使いが叫んだ。
「助けてください! この人が僕たちを殺そうとしているんです!」
クラレンスは落ち着いて応じた。
「混沌の地で他の冒険者を襲おうとした者たちです。冒険者ギルドに連れて行き、この件の真偽を問います」
「そ、そんなの嘘だ! 俺たちはそんなことしてない!」
戦士が必死に否定したが、前回のギルドでの一件もあり、場の空気は彼らの思惑通りには動かなかった。
「黄金の騎士じゃないか? じゃあ、悪いのはこいつらだな」
「そうだよ。あの人が理由もなくそんなことするわけない」
人々はむしろクラレンスに協力し、ジェカーソン一味を冒険者ギルドまで引き渡すのを手伝った。
ギルドに連行されたジェカーソン一味は、その場にいた新人冒険者たちから制裁を受けた後、拘束されて牢に入れられた。今回は罰金程度では済まず、重い刑罰が下される見込みだという話だった。
クラレンスが「今回の活動を最後に混沌の地の奥に進むつもりだ」とギルドに告げると、人々は皆名残惜しそうにした。そしてギルド長から「紹介状を書くから、出発前に必ず立ち寄ってくれ」と声をかけられた。
*** ***
一日ゆっくり休んだ後、クラレンス一行は冒険者ギルドを訪れ、ギルド長から紹介状を受け取り、ギルドの仲間たちと別れの挨拶を交わした。
その後は市場に向かい、長旅に備えた物資を購入した。主に保存食である固いパンや穀物粉、干し肉、乾燥野菜などだった。混沌の地の奥へ進めば、安全都市以外では基本的に野営になるため、必要な物が多かったのだ。
市場の商人たちは、「無事を祈りますよ」と冒険の無事を願う言葉をかけて、少しずつではあるがオマケをつけてくれた。
最後に、薬の調合に使う抽出器具と薬瓶を買いに訪れた店では、予想外に上質な器具セットを驚くほど安く手に入れることができた。
「うちの三男が、騎士様のパーティーについて行って、たくさん学ばせてもらったんですよ。自分の力で武具も揃えてね。おとといは、おかげさまで、家族みんなでご馳走にありつけました。ちょうどお礼に伺おうと思っていたところでした」
そう言って、店主は数年前にある魔法使いが急ぎで処分していったという抽出セットを、仕入れ値のままで譲ってくれた。
思いがけない幸運にラリサは大喜びで、その道具が入った木箱を背中に背負った。
「これは壊れやすいし高価だから、ラバに載せるわけにはいかないわ。これからは万が一転ぶとしても、絶対に後ろに倒れず、必ず前に倒れないと」
そう言って得意げな顔を見せるラリサだった。
準備を終え、キヘンナを出発する日。クラレンス一行は、多くの人々に見送られながら旅立った。これまで共に過ごしてきた初心者冒険者たちが大勢駆けつけ、今までの出来事に感謝と祝福の言葉をかけてくれた。
人々が手を振るのを背に、混沌の地の奥へと進みながら、ラリサは何度も城門の方を振り返った。
本格的な冒険に出る前の、ただの一時的な滞在地だと思っていたこの町で、思いがけずたくさんの出会いと経験があった。
(お金を稼ぐことだけを考えていたら、こんな満たされた気持ちにはなれなかったかも)
そう思ったラリサだったが、次の瞬間、会計担当としての本能が目を覚ました。
(ダメダメ、やっぱり私くらいはしっかりしないと。安全都市って物価が高いって噂だし、宿代に食費、それに雑費に将来への備えも……)