20. 逆恨み
しばらくして、ヨナはギルドの紹介で新しい仲間と出会った。クラレンスの目から見ても、信頼できそうな人々だった。ゼッカーソンのパーティーは、8日間の牢獄生活の末、家族から送金され、罰金を支払って釈放されたと聞いた。
新しい仲間と冒険に出る前、あいさつに来たヨナは、ゼッカーソンがどうも恨みを抱いているようだったと話し、クラレンスのパーティーの身を案じた。でも、ラリサを含め、誰もさほど気にしていなかった。
冒険者としての生活にもだいぶ慣れてきたと判断したクラレンスたちは、最後にもう一度薬草を採集した後、混沌の地のさらに奥へ足を踏み入れることにした。
*** ***
境界都市での活動最後の日。
クラレンスのパーティーは、いつもよりも深く混沌の地の奥へ入り、さまざまな種類の薬草が群生している場所を見つけて、熱心に採集に取り組んでいた。いつものように、クラレンスは大剣を地面につき立て、辺りを警戒しながら立っていた。
「クラレンスって、ほんと運がいいですよね。どうして毎回、こんな場所を見つけられるのかしら」
薬草を摘みながら、ラリサがザヴィクに話しかけた。
「普通の初心者冒険者なら、薬草採集といっても、せいぜい境界付近か安全都市の周辺だけで、ここまで奥には来ませんからね」
「それにしても、毎回こううまく見つけられるなんて、偶然とは思えないわ」
「まったくです。家ではみな『聖なる山がクラレンス様に心を開いてくださっているのだろう』と話していたのですが、混沌の地でも似たようなことが起きていますね」
「すごい強運の持ち主なのに、それを自分のために使おうとはしないんだもん」
ラリサがため息混じりに言うと、ザヴィクは当然のように言った。
「だからこそ、神の御心を継ぐお方なのです」
ラリサは、自分よりもザヴィクのほうがよほど狂信的ではないかと感じた。やっぱりこの二人を放っておいたら、いつか路頭に迷って一緒に餓死するんじゃないかという危機感を覚えた。
クラレンスは薬草を摘む人々の様子を見渡した。内心では、自分も採集に加わりたいが、しゃがんで薬草を摘むのは、今でも大剣を振るうよりもはるかに辛く、やりたくてもできない。それでも、ラリサたちが大量に薬草を集めているのを見て、気分はとても良かった。
空はすっかり晴れ、まるでここが混沌の地ではなく、のどかな野原にでもピクニックに来たかのような陽気だった。
ふと、足元にかすかな振動を感じた。自然現象ではなく、何か大きなものが群れを成して走っており、それが地面を揺らしていた。それはただの感覚ではなかった。遠くから巨大な何かが集団でこちらへ向かってくるのが見えた。その前方には、走って逃げている何人かの姿もあった。
(追われているのか?)
クラレンスはどうするべきか、一瞬考えた。軽率にこの場を離れれば、背後の人たちを危険に晒すかもしれない。
その時、何かが宙を舞い、クラレンスの方へ飛んできたかと思うと、地面にドサリと落ちた。落ちたのは、バイソン型魔獣の子だった。浮遊魔法で意図的に宙に浮かされ、クラレンスの目の前に落とされたのだ。着地の衝撃で足を骨折した子ども魔獣は、苦痛に満ちた声で鳴き叫んだ。
その直後、バイソンの群れの前方を走っていた者たちが大声で叫んだ。
「ざまあみろってんだ!」
「おい、そっちも捕まえてみろよ、正義の勇者さま〜!」
ゼッカーソン一味だった。奴らは方向を変えて逃げ去っていった。
子ども魔獣の絶叫に興奮したバイソン魔獣の群れが、一直線にクラレンスたちの方へ突進してきていた。
クラレンスは地面に倒れている子ども魔獣に近づいた。首元には刃物による傷があり、足も折れており、すでに死が目前だった。クラレンスは静かにその首を斬り、苦しみを終わらせてやった。
(報復……か? こんな卑劣な真似までして……)
怒りが込み上げてきたが、今はそれに囚われている場合ではなかった。
バイソン型魔獣は、頭に巨大で鋭い角を持ち、凄まじい膂力を誇る大型の魔獣だ。一頭でも手強いのに、群れをなして行動するため非常に危険な存在だった。
鎧が声をかけた。
― 数が多い。しかも厄介な連中だ。こちらから前に出て、敵の注意を引きつけよう。
(わかった、頼む)
相手の数と強さを考慮し、今は自分では太刀打ちできないと判断したクラレンスは、意識を鎧に預け、主導権を渡した。
黄金の騎士は黄金の盾を2枚展開し、ラリサと初心者の冒険者たちの前に立ちはだかった。そして大声で呼びかけた。
「奴らを倒せなければ、我々全員が危険です! 前回の魔獣討伐の時のようにやりましょう! 私が前線を引き受けます、それぞれ最善を尽くしてください!」
バイソン魔獣の群れの登場に、最初はすくみ上がっていた初心者冒険者らも、黄金の騎士の言葉に勇気を取り戻した。ラリサは〈精神強化〉をはじめとするさまざまな加護を皆に付与した。
黄金の騎士は、バイソン魔獣の群れへ向かって一直線に走り出し、大地を力強く踏み鳴らした。地面が小刻みに震え、その衝撃に驚いた魔獣の群れは一瞬動きを止めた。
黄金の騎士は両腕を大きく広げ、堂々と叫んだ。
「さあ、来い!」
魔獣の群れの注意が一斉に黄金の騎士へ向けられ、怒涛の勢いで彼へと襲いかかってきた。
黄金の騎士は素早く魔獣の間を駆け抜け、赤い大剣を振るって傷を負わせたバイソンたちを後方へと吹き飛ばした。重厚な鎧からは想像できないほど俊敏な動きだった。突進してくる魔獣同士を衝突させたり、背中を踏み台にして空中で身を翻したりと、休む間もなく機敏に立ち回った。
前回のハイエナ型魔獣戦と同様に、シャルと初心者冒険者たちは、傷つき弱ったバイソン魔獣にとどめを刺す形で戦闘を補助した。魔法を使える者たちは、火球や投石魔法で仲間を援護しつつ、戦線を維持していった。
バイソン型魔獣の中でも、特に巨大な個体の胴体に、大剣を思い切り叩き込んだ瞬間だった。剣を引き抜く間もなく、群れのリーダーと思しきバイソンが、荒々しい鼻息を鳴らしながら黄金の騎士に突進してきた。
黄金の騎士は即座に身を翻し、相手の頭に生えた2本の巨大な角を両手でがっちりと掴んだ。長の魔獣は獰猛に咆哮しながら四肢に力を込め、凄まじい勢いで押し込んできた。
だが、騎士は一歩も退かず、その角を握りしめたまま耐え続けた。巨力同士がぶつかり合い、足元の土が激しく陥没していく。圧倒的な力と力の押し合いが、凄まじい緊張感の中で続いた。
やがて、魔獣の大きな頭が徐々に下がり始め、それに伴いその巨大な体も、わずかずつ傾いていった。
そして信じられない光景が起こった。地面すれすれまで魔獣の頭が下がったその瞬間、黄金の騎士は片手で角を押さえつけたまま、もう片方の手を空へと伸ばした。
すると、赤い大剣が空を裂いて騎士の手元に飛来し、しっかりと握られた。騎士は魔獣の頭を押さえ込みながら、迷いなく、そして見事な一閃で、赤い大剣を首筋に深く突き立てた!
その場にいた者たちは皆、息を呑み、目の前の光景に呆然と立ち尽くした。まもなく、子どもたちの歓声を皮切りに、大きな拍手と喝采が巻き起こった。