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太陽の勇者、満月の騎士、そして天秤の守護者  作者: 星を数える
第1章 冒険の始まり
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19. 見捨てられた回復術士

 ラリサは岩に寄りかかってぐったりしている女性のもとへ駆け寄った。彼女は脚を負傷しており、血を流していた。体のあちこちに擦り傷があり、それよりも何よりも、長時間にわたり死の恐怖に晒されたせいで、ひどく怯えて小刻みに震えていた。


「これを、飲んでください」

 ラリスは彼女に酒を少量飲ませ、気持ちを落ち着かせた。そして薬と包帯を取り出し、傷を消毒して薬を塗り、丁寧に包帯を巻いた。


 その女性の顔がどこか見覚えがあると感じたラリスは、じっと考え込み、ようやく思い出した。以前、広場で会った銀等級の冒険者パーティーの回復術士だった。


「私たち、以前広場で会いましたよね? ……他の方たちは、どうなったんですか?」

 回復術士だけがこうして生き残っている場合、他の仲間はすでに犠牲になっている可能性が高い。


 回復術士は暗い表情を浮かべ、視線を落とした。そして、ぽろぽろと涙が頬を伝った。

「私を……置き去りにして逃げたんです……」


 その言葉に、皆が息を呑んだ。

 彼女の名前はヨナ。ヨナが所属していたパーティーは混沌の地の奥まで足を踏み入れ、そこから境界都市へ戻る途中だった。夜営を終えて早朝に出発した帰り道、茂みに潜んでいたハイエナ型の魔獣の群れに急襲された。


 最初は一緒に逃げていたが、走るのが遅いヨナが足を引っ張ると見るや、仲間たちは故意にヨナの足を引っかけて転ばせ、その隙に魔獣たちが彼女へ襲いかかるよう仕向け、自分たちだけで逃げ出したのだった。


「これが……なかったら、あのとき……きっと死んでいました」

 ヨナは震えながら、手にぎゅっと握りしめた護符を撫でた。見た目は地味だが、それは彼女の師匠から譲り受けた護符であり、防御結界を展開・維持する力を持っていた。


「仲間を、しかも回復術士を置いて逃げるなんて、冒険者として絶対にやってはいけない最悪の行為です。あんな連中は、クズ以下だ!」

 いつも温厚なザヴィクも、このときばかりは激しい怒りをあらわにした。


 ***    ***


 戦闘で軽傷を負った者の手当てをし、魔獣を解体したのち、クラレンスたちと人々は境界都市へと戻った。


 冒険者ギルドに入ったクラレンスたちは、そこでヨナを見捨てたゼッカーソンのパーティーと鉢合わせした。彼らはヨナがすでに死んだものと思い込み、ギルドに新たな回復術士を紹介してくれと頼んでいる最中だった。


 その姿を目にしたヨナは怒りを抑えきれず、ゼッカーソンの元へと足早に歩み寄った。

 ゼッカーソンは幽霊でも見たかのように目を見開き、口ごもりながら言った。

「ヨ、ヨナ……無事だったのか、よかっ……」


「私を置き去りにしたくせに、よくそんなことが言えるわね!!」

 ヨナはゼッカーソンの頬を打とうとした。だが、ゼッカーソンはその腕を乱暴に掴んだ。


ヨナは涙を浮かべながら叫んだ。

「離してよ! 私を魔獣に殺させようとした卑怯者!!」


「なんだと!? この役立たず女が!」

 ゼッカーソンは、逆にヨナを強く突き飛ばした。


 すかさずクラレンスがヨナの体を支え、その勢いのままゼッカーソンに拳を叩き込んだ。ゼッカーソンは吹き飛ばされ、床に転がった。


「仲間を見殺しにした……クズが!」

 クラレンスは冷たく吐き捨てた。


 倒れたゼッカーソンはすぐに飛び起きて、ギルド職員に向かって叫んだ。

「今の見たよな!? あいつが先に手を出したんだ!」


 だが、クラレンス一行と一緒に来ていた人々が、口々に大きな声で言った。

「騎士さまの言う通りです! 私たちも見ました。この回復術士さん、魔獣に囲まれて一人で必死に耐えてたんです!」

「そうです! 黄金の騎士さまが助けてくれました!」


 人々の証言にもかかわらず、ゼッカーソンたちは恥知らずにも嘘で言い訳を重ねた。

「捨てたんじゃありません。魔獣に驚いてパニックになった彼女が、自分から勝手に別の方向へ逃げ出したんです」


「そ、そうです! 置き去りにしたなんて、あの女の一方的な主張にすぎません!」

「そのとおりです。あの女の言葉以外、何の証拠もないじゃないですか?」


 だが、その場の空気はゼッカーソンたちに一切の同情もなかった。周囲の者、皆、軽蔑のまなざしを彼らに向けていた。


 ギルドの職員が険しい表情で言った。

「私たちは黄金の騎士さまの言葉を信じます。あの方が嘘をつくような人ではありませんから」


 ほどなくして、ギルドの主任が現れ、ゼッカーソンに通告した。

「この件については、きちんとした説明が必要です。双方の話を聞かなくてはなりませんので、中へご同行願います」


 証言のためにヨナも同行することになり、ラリサとシャルが付き添うことを申し出た。その間、クラレンスとザヴィクは、討伐した魔獣の素材を処理していた。


 しばらくして、ヨナと共に戻ってきたラリサは、すっきりした表情で話した。

「もう全部話してきたよ。あの人たち、しっかり罰金を科せられて、ギルドのブラックリスト入り。支払いが終わるまでは牢屋暮らしだってさ。

 まったく最低な連中だったわ。最後まで『ただのミスだった』とか『そんなつもりじゃなかった』とか言い訳ばかりで、反省の色なんてこれっぽっちも見えなかった」


 ヨナに対しては、ギルドから信頼できるパーティーを紹介してくれることになった。ただ、しばらくは一人身ということもあり、新しい仲間が見つかるまでの間、クラレンスのパーティーと行動を共にすることになった。


 クラレンスたちが宿泊している宿へと向かいながら、ラリサはヨナに尋ねた。

「この前会ったときも、ヨナさんに対して妙に横柄だったから、嫌な予感がしていました。どうしてあんなクズたちと一緒にいたんですか?」


「最初は、そうじゃなかったんです。初めのころは言葉遣いも丁寧で、見た目もカッコよかったし……いい人たちだと思ってて……」

 ヨナは恥ずかしそうにうつむいた。


「まあ、見た目はちゃんとしてるかもだけど……でも、男は顔じゃないよ。行動を見なきゃ」

「おっしゃる通りです。私、ちょっと子どもだったのかも……。ラリサさんが羨ましいです。クラレンス様みたいに信頼できて素敵な方と一緒にいられて……。あんな恐ろしい魔獣の中を、たった一人で飛び込んで戦って……本当に、すっごく格好良かったです!」


 前を歩くクラレンスの背中を見つめ、ヨナは頬を赤らめた。


「クラレンスって、確かに格好いいよね」

 ラリサはにっこりと笑ったが、心の中で続きを呟いた。

(……金銭感覚は壊滅的だけどね)


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