16. ラリサの人生設計
ラリサは、狩りの最中に擦り傷や打撲、骨折などの怪我を負った人々を治療した。ほかにも初心者の回復術士がいて手伝っていて、重傷者がいなかったため、治療はすぐに終わった。
戻ってきたラリサに、シャルが小声で注意を促した。
「ラリサ、さっきみたいな戦闘中の行動は危ないよ。下手したら、クラレンスが怪我していたかもしれない」
「ごめん。つい無意識に言っちゃって……次からは気をつける」
ラリサは素直に謝った。胴体まで斬ってしまうと、皮の価値が下がるかもと思って、思わず口を突いて出てしまったのだ。自分でも言った直後にハッとした。何事もなかったのは、クラレンスが飛び抜けた実力を持っていたからにすぎない。
「おお~、魔石がありましたよ!」
ザヴィクが大兎魔獣の体から小指ほどの大きさの魔石を取り出した。血を拭き取ると、それは透明な水晶のように輝いていた。
ラリサとシャルは目を輝かせて魔石を見つめた。
「これが魔石かぁ……初めて見たわ」
「私も。加工されてないのを見るのは初めて」
会計係のラリサにザヴィクが魔石を手渡すと、ラリサはそれを持って、クラレンスの元へ走っていった。
「ねえ、クラレンス。大兎から魔石が出てきたの。すっごく綺麗だよ、見て!」
「ほんとだね」
クラレンスも、魔石には興味津々の様子だった。
ラリサは魔石を大切そうに胸元へしまい込みながら言った。
「これは今すぐ売らないで、非常用資金として取っておこう。小さくて高価だし、いざという時にすぐ換金できるから、非常用にぴったりだよ」
世界を手に入れたかのような表情のラリサを微笑ましく眺めていたシャルは、ふと何かを思い出したように振り返り、並んだウサギ魔獣たちを数えて、感嘆の声を上げた。
「30匹以上いますね。巣穴にいたやつらを全部捕まえちゃったみたいです。全ての巣穴を塞ぐなんて、普通は無理って聞いてたけど……どうやって、できたのかしら?」
ザヴィクが楽しそうに答えた。
「ウサギの穴を塞いで仕留める狩りは、もともとクラレンス様の得意とも言えますな。ご自宅でも、よく近所の子どもたちを連れて裏山に行き、ウサギをたくさん捕まえて、一軒に1〜2匹ずつ配っておられました。鹿や狸の狩りも得意で、キノコや山の実を採って分けてくださることもよくありましてね」
「えっ、家の裏に山がありますか? まさかクラレンスの家の所有地!?」
ラリサは驚いて、ザヴィクの前にしゃがみこんだ。
両親と弟、妹がいるとは、初日に聞いていたが、ラリサの中のクラレンス像は、すっかり落ちぶれた家の長男というイメージだった。
「はい。大きな山です。地元では神聖な山として崇められてもいます」
「まさか……クラレンスが誰かを助けるために、その山まで売っちゃう、なんてことはないですよね?」
ザヴィクは目を丸くして、首を横に振った。
「それはありえません。あの山だけは、決して他人に譲ったり売ったりできるものではありません」
「よかった〜」
ラリサは自分のことのように安心して、ぱっと笑った。
帰る家に加えて山まであるなら、想像していたよりも、ずっといい環境だ。家の周りにはきっと空き地もあって、野菜を育てたり薬草畑を作ったりできるだろう。鶏やウサギを飼うのも悪くない。
ラリサの頭の中では、幸せな未来像がふくらんでいった。こぢんまりとした家と薬草畑、庭の片隅では鶏やアヒルがのんびり歩き回る平和な風景。そして、鍛え上げられた体つきの頼もしい若者と、その隣に並ぶ自分。その男の顔はまだぼんやりと霞んでいたが、きっと優しい笑顔のイケメンに違いない。
(クラレンスって、ちょっと甘すぎるところもあるけど、私が回復術士として働いて家計を支えれば、やっていけるはず。子どもは何人くらいがいいかな……)
そのとき、黄金の天秤が不機嫌な表情で、ラリサの後頭部を秤の皿で軽く叩いた。
= 目を覚ませ、この俗物め! 神への誓いはどこに置いてきた? 想像の内容がひどすぎるわ!
原因不明の頭痛に見舞われながら、なぜか荘厳な表情を浮かべているラリサを見て、ザヴィクは真剣な顔つきになった。
(何やら深い思索にふけっておられる……。お若いのに、こんなに真面目な表情をされるとは。やはり真の聖職者だ……!)