14. 生活人の覚悟
ラリサとシャルが、薬草の一本をほとんど掘り終えた頃、騒ぎが起きた。巨大なイノシシの魔獣が3頭も現れたのだ。
「シャル、みんなを守って!」
クラレンスの呼びかけに、シャルはメイスを抜いて人々の前へと進み出た。いつの間にかクラレンスが展開した黄金の盾が、人々の前に立ちはだかっていた。
ラリサもシャルに加護を与え、万が一に備えて、回復術の準備をした。
しかし、緊張したのが馬鹿らしく思えるほど、黄金の騎士は見事な動きで、3頭のイノシシ魔獣をあっという間に片付けてしまった。
「シャル、戻ってきて。続きをやりましょう」
安堵したラリサは、シャルを呼び、再び薬草採集に集中した。
「初日からついているわね。こんな薬草も見つけて、おまけに肉まで手に入るなんて。あれだけあれば、数日は豪華に食べられるよ」
ラリサは嬉しそうに口元をぺろりと舐めた。
地中深くに伸びる細くて長い根を一本一本丁寧に掘り進め、ようやく一本を丸ごと掘り出せたラリサは、喜びに満ちて、しばし夢想にふけった。
(これ一本でいくらになるかな?)
貴重な薬草であり、その用途も知っているが、実際に薬草自体を取引したことはないので、相場はよく知らなかった。
(相場がわかれば、ギルドより薬屋に直接売った方がちょっとは高く売れるかもしれないのに)
そんなことを思って残念がっていると、彼女の脳裏に金色の天秤のイメージが浮かび上がった。一方の皿には薬草が一本、もう一方には金貨が置かれている。明らかに薬草一本の価値を示していた。
ラリサはぽかんとした顔でシャルを呼んだ。
「シャル、私ね、今すごい力に目覚めちゃったかも」
「?」
「ああ、こんな能力があるって知ってたら、聖職者じゃなくて商人になってたのに……」
嘆くラリサの後ろに現れた黄金の天秤が、険しい顔をして彼女の後頭部を天秤の皿でガンガン叩いた。
= お前の能力じゃなくて、我のおかげだ、このバカ者。天秤の守護者たるものが、なんだ、その俗物根性は。歴代の守護者の中で一番俗っぽい人間じゃないか!
「……なんか、急に後頭部が痛いわね」
理由もわからず、ラリサはあのいつもの少ししかめたような、深く神妙な表情を浮かべて首筋を押さえた。
丘の上からふとその様子を見たクラレンスは、戦いの後の筋肉痛に悩まされながらも、なぜラリサが天秤に叩かれているのか疑問に思った。
その後、ラリサとシャルは、残りの薬草採集に挑み、貴重な薬草を5本すべて掘り出すことに成功した。ようやく立ち上がって背筋を伸ばし、大きく伸びをしたラリサは、すでに魔獣の解体が終わっていることに気づいた。
「ザヴィクおじさん、お肉はどこに?」
「ここにちゃんとありますよ」
にこやかに答えたザヴィクの手には、肉の束が握られていた。
まさかと思って周囲を見渡すと、薬草を採っていた人たち全員がそれぞれ一束ずつ肉を持っていた。ラリサがあきれ顔で丘の上にいるクラレンスを見上げると、隣に来たシャルが楽しそうに言った。
「今日の夕飯はあの肉を焼いて食べようよ。美味しそう」
ラリサはすべてを受け入れたような表情で、静かにため息をついた。
「……うん、まあ、美味しいご飯が一食食べられるなら、それでいいか」
このパーティーで、まともな生活人は自分ひとりだけだという悲しい現実に、ラリサは気づいてしまった。ザヴィクがクラレンスの言うことなら何でも喜んで従う人間だという点を、うっかり見落としていたのだ。
(ザヴィクおじさんは、持っているもの全部分け与えて、クラレンスと抱き合って、路上で凍え死ぬタイプだわ……)
高価な薬草を5本も採れたことと、ザヴィクがちゃんと皮と牙を回収してくれたことが、せめてもの救いだった。
日が暮れる前に街へ戻ろうと帰路につくと、初心者の冒険者と子どもたちは、薬草と肉の包みを抱えて、とても浮かれた様子だった。遠足の帰り道のように、足取りは軽やかで、楽しげな囁き声や笑い声が時折聞こえてくる。
ラリサは、クラレンスを見た。黄金の鎧が夕日を反射して、きらきらと輝いていた。不思議な気持ちになった。馬鹿と言われても仕方ないほどのお人好し。でも、それが嫌いではなかった。
誰よりも強く、決断力があり、心優しい少年。鎧の大きさと重さからして、中に入っているのは、鍛えられた筋肉質の美少年に違いない。
(会計担当を引き受けて本当によかった。私だけでもしっかりしなくちゃ。まず、この薬草は3本だけ売って、2本はよく乾かして非常用に持っておこう。
これで薬が作れたら、いいけどな。薬草を売るより、薬に加工して売った方がずっと価値があるし。そうなると、抽出器と薬瓶が必要……問題は、その手の道具は高いってこと。みんなに話して、お金を集めて、まずはそれを買わなきゃ)
ラリサは生活人としての覚悟を、改めて心に刻んだ。