11. ラリサ、スカウトされる?
クラレンス一行は、ギルドの事務所へ行き、正式に冒険者登録を済ませた。最初から銀級で登録するというのは、ほとんど例がないため、とりあえず銅級で登録し、実績を積めば、すぐに銀級へ昇格できるとの説明を受けた。
パーティー名はリーダーであるクラレンスの名前を取り、「クラレンス・パーティー」とした。記入欄にはパーティー名、メンバーの名前、役割、出身地を記載するようになっていた。
ギルドを通じて故郷の家族と連絡を取ったり、万が一冒険中に事故が起きた場合には、形見や知らせを届けてもらえるとの説明を受けたクラレンスは、故郷の村・セクラドの名を記入した。ラリサは自分が育った孤児院を、シャルはエオネス神殿をそれぞれ書き込んだ。
登録料と会費を支払い、全ての手続きを終えた後、銅級の冒険者であることを示すメダルを受け取ったクラレンスは、そこに記された仲間の名前を確認し、それをザヴィクに渡した。これを持っていれば、境界都市や安全都市の城門を通過する際に、毎回通行料を払う必要がなくなる。
次に、彼らはギルドの掲示板へ行き、そこに貼られている依頼のうち、最も低ランクである木級と、その上の鉄級に該当するものを眺めた。初心者の冒険者は、通常は境界都市でしばらく経験を積んでから、混沌の地の奥へと入るのが一般的だった。
ザヴィク以外は皆初心者であるため、クラレンス一行もそのように進める予定だった。銅級で登録されてはいるが、最初から魔獣狩りのような危険な任務に出るのではなく、低ランクの依頼をこなしながら、適応期間を取ることにした。
「こっちは、主に薬草とか薬に使う虫の類ね。薬に関係しているから、私が覚えておくといいかも」
掲示板を見回していたラリサが言った。
「この手の仕事は普通、夜明け前に出て、日が暮れる前に城に戻る形で行われます。明日の夜明けから始めるといいでしょう」
ザヴィクの言葉に、クラレンスが提案した。
「じゃあ、今日は広場の周辺を見て回りましょう。お昼は屋台で何か買って、広場で食べることにしませんか?」
ラリサもシャルも快く賛成し、4人は広場へと向かった。
*** ***
広場にあるベンチ型の階段で座れる場所を見つけた一行は、ラリサを残して屋台に食べ物を買いに行った。ラリサは陽を浴びて、広場の様子を眺めていた。
その一角で、彼女がひとりで座っている姿をじっと見つめている者たちがいた。若い冒険者のパーティーだった。リーダーの戦士ゼッカーソンが仲間に小声で言った。
「見てみろよ。エオネスの神官だぜ。しかも〈黄金の心臓〉とはな。最上級の回復術士じゃないか?」
「まだ若そうなのに、すごいね」
「見た感じ、純真そうじゃねえか? こういうタイプ、俺はよく知ってる。神殿の中で大事に育てられて、世間のことなんて何も知らねぇんだ。ちょっと話しかけてみるか?」
「やめとけって。あんな回復術士なら、少なくとも金級以上のパーティーに属してるだろ」
仲間は懐疑的だったが、ゼッカーソンは髪をかき上げ、自信満々な笑みを浮かべた。
「ここは境界都市だぜ。まだどこにも所属してない可能性もあるし、もしかしたら、さっきパーティーから抜けたばかりかもな。損することなんて何もねぇ。ちょっと話しかけるだけなんだからさ」
そう言って、彼はラリサの元へと歩いて行った。
「こんにちは、エオネスの神官様」
ラリサは見知らぬ人に声をかけられて、少し驚いて顔を上げた。濃い茶色の髪をした、なかなかの美男子だった。
「こんな真昼間の広場に、どうしてお一人で?」
人通りの多い昼下がりの広場で、しかも相手が親しみやすい雰囲気だったため, ラリサは特に警戒もせず、素直に答えた。
「仲間を待っています」
「なるほど、パーティーがいらっしゃるのですね」
ゼッカーソンは少し残念そうな表情を見せたが、すぐに笑顔で尋ねた。
「たぶん金級以上のパーティーでしょうね?」
「いえ」
ラリサは無邪気な顔で首を横に振ると、にっこり笑って誇らしげに言った。
「銅級の認定を受けました」
ゼッカーソンは内心で「やっぱりな」とほくそ笑んだ。
道徳と秩序、慈愛を司るエオネスの神官は、回復術士の中でも光明神テナウェンの神官と並んで、特に重宝される存在だ。エオネス神官の象徴は〈心臓〉と〈剣〉であり、心臓の色によって神聖術のレベルが分かる。一般的には淡いピンク、中級なら赤、上級は銀色、そして最上級が黄金の心臓である。黄金の心臓は、非常に希少だった。
清楚で、どこか神聖な雰囲気すら漂わせるこの美少女は、まだ自分の価値をまったく理解していないようだった。
「あなたのような方が銅級のパーティーだなんて、ありえません。世間をよく知らなくて、騙されているのでは?」
「クラレンスは、そんな人じゃありません!」
ラリサが真剣な顔で言い返すと、ゼッカーソンはすぐに謝罪した。
「あ、これは失礼をしました。ご気分を害されたなら、お詫びします」
ラリサは少しむっとした表情を浮かべたが、彼の謝罪を受け入れた。ゼッカーソンは作戦を切り替え、ラリサを広場から見える茶店へと誘った。
「お詫びとして、お茶をご馳走させていただけませんか? 一緒にお茶をいただけるなら光栄です」
「いえ、そんなお気遣いは……」
「以前、エオネス神殿には大変お世話になりまして。感謝の気持ちをいつか形にしたいと思っていたのです。あの店は、甘い生クリームのお菓子と香り高い上質なお茶で有名ですよ」
ラリサは遠慮しようとしたが、可愛らしい店構えと「上質なお茶」という甘い誘惑に抗いきれなかった。
(ちょっとくらいなら……いいよね?)
そう思い、ゼッカーソンのパーティーについて喫茶店に入ろうとしたラリサは、彼らの仲間である女性の回復術士が店の前に残されたのを見て、足を止めた。
「この方は一緒に入らないのですか?」
ラリサが尋ねると、ゼッカーソンは気にも留めない様子で答えた。
「気にしないでください。あまり役に立たないし、足を引っ張るばかりなので、近いうちに外すつもりなんです」
「でも、今は仲間でしょう? 彼女を置いていくなら、私も入りません」
ラリサの毅然とした態度に、ゼッカーソンはようやく折れて、その回復術士も一緒に店に入れることにした。ただし、ラリサと自分たちはテラス席に座り、その女性は店の隅に一人で座らせた。
地味な服装の彼女は、暗い表情でうつむき、罪人のように小さくなっていた。
注文した紅茶と生クリームのお菓子が運ばれてきた。高級店だけあって香りが素晴らしかったが、今のラリサにとっては、なぜかまったく美味しく感じられなかった。いつもなら、目を輝かせて飛びついたであろう、高価な生クリームのお菓子にも手をつけず、彼女はしぶしぶ紅茶を二、三口だけ啜った。
ゼッカーソンは、自分が銀級の冒険者であり、裕福な家の出だということをさりげなくアピールしながら、ラリサを自分のパーティーにスカウトしようと懸命だった。
何も言わず話を聞いていたラリサは、静かにティーカップを置き、立ち上がった。
「私は今の仲間とずっと一緒にいます。お茶、ごちそうさまでした」
「待ってください、もう少しだけ話を……」
慌てたゼッカーソンがラリサの手首をつかんだ、そのときだった。
「どうしたんだ、ラリサ?」
クラレンスの声だった。いつの間に来たのか、彼がテラスのそばに立っていた。
ラリサはすぐにゼッカーソンの手を振り払い、後ろへと下がった。
「なんでもないの。ちょっとお茶に誘われただけで……すぐに出るね」
ゼッカーソンは、金色の鎧を纏った騎士を呆然と見つめた。確かに銅級の冒険者パーティーだと言っていたはずだ。しかし、この黄金の鎧は、誰が見ても只者ではない、非常に高価な装備だった。
駆け足で喫茶店を出たラリサは、言い訳のように口を開いた。
「ごめんね。ほんの少しだけって言われて……」
ゼッカーソンは、実力はないが、金だけは持っている金持ちのボンボンだと高をくくって、クラレンスに話しかけた。
「銀級冒険者パーティー『赤月の翼』のリーダー、ゼッカーソンと申します。伺ったところによると、あなた方は銅級のパーティーとか。
銅級の実力でラリサ様を守りきれるとお思いですか? ラリサ様ほどの回復術士であれば、少なくとも銀級以上のパーティーに所属するのが当然かと。
ラリサ様を狙う悪い輩や魔獣から守るのは、銅級ではさぞ難しいでしょう。これはあくまでラリサ様のことを思っての忠告ですが……ラリサ様の安全のためにも、より強いパーティーに移られるのが賢明かと思いますよ」
口調こそ丁寧だが、その実「君には、ラリサは分不相応だ。身を引け」と言っているも同然だった。銅級ということだけで、クラレンスを見くびり、ラリサの前で自分の実力を誇示しようと、わざと挑発しているのは明らかだった。
「失礼です。クラレンスは決して弱い人じゃありません」
興奮気味に口を挟んだラリサを、クラレンスはそっと制し、落ち着いた態度で応じた。癪に障る相手だとは思ったが、わざわざ争う気にはなれなかった。
「ラリサを心配してくださるお気持ちは分かります。でも、ラリサと私は、運命で結ばれた者同士です。何があっても、ラリサは私が守ります」
その言葉に、ラリサの頬はみるみるうちに赤く染まった。
ゼッカーソンの後ろで、仲間の魔術師が小声でささやいた。
「やめとけ。あれはどう見ても恋人同士だろ。余計な反感買うだけだ」
ちょうどその時、シャルとザヴィクがクラレンスのもとへやってきた。二人とも手には屋台の食べ物を持っていた。
「どうしたの?」
シャルがクラレンスに尋ねる。
シャルの姿を見てゼッカーソンが一瞬たじろぐと、仲間が腰を肘でつつき、小声で注意した。
「エオネスの聖騎士までいるじゃないか。ややこしいことになる前に引けって」
ゼッカーソンはすぐに態度を変えた。
「出過ぎた真似をしてしまいました。お詫び申し上げます」
クラレンスは軽く頷くだけで、さっと身を翻した。
「ごめんなさい、ついて行くべきじゃなかったのに……」
ラリサがクラレンスの顔色をうかがうようにして謝った。
「気にすることないよ。何事もなかったんだから」
クラレンスはあっさりと受け流した。見た目のいい若い男に誘われたら、自分だって断れたかどうか分からない。
「急に一人で走っていくから何かと思ったら……まさか、あいつらのせいだったの?」
シャルがゼッカーソンのパーティーを一瞥しながらクラレンスに尋ねた。
「というより、ラリサに何かあった気がしてな」
何気ない口調で答えるクラレンスを見て、ラリサは再び顔を赤らめた。
(やっぱり、あれはプロポーズだったわ……)
その確信はさらに強まった。ラリサはクラレンスの隣に並んで歩きながら、明るく言った。
「広場にまだ席あるかな? ごめんね、ずっと見張ってれば、よかったのに」
「大丈夫さ。行けば空くだろう」
クラレンスの言う通り、彼らが広場に近づくと、ちょうど席を立つ人たちがいた。4人は階段状のベンチに並んで座り、小鳥の丸焼きと焼いたジャガイモを頬張った。
「これ、なに? なんでこんなに美味しいの?」
ラリサは目を丸くした。
「だよね。両方ともクラレンスが選んだけど、本当に美味しい!」
シャルも楽しげに笑った。
温かく降り注ぐ陽の光を浴びながら、彼らは素朴な昼食を幸せに味わっていた。