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第4話 幼馴染と中学の友人①

 結局六華はあの後、姉ちゃんと一通り話した後にあっさり帰っていった。


 そして、一夜明けた今日。


 六華は、朝からウチに突撃して……くるなどということは、特になく。

 それどころか通学路でも会わずに我が一年一組の教室に辿り着いて、俺はちょっと拍子抜けした気分になっていた。


 あの調子だと、朝からグイグイ来るかと思ってたんだけど……意外だな。


 流石の六華も、今は俺にだけ構ってはられないってことなのかもな。


 まだ入学翌日ってことで、学校での人間関係の構築は重要なミッションになる。

 引っ越してきたばかりの六華は、この学校に俺以外の知り合いなんていないだろうし。


 とはいえ、俺の方も楽観視出来る状況ってわけでもない。

 ウチの中学から進学してる奴はそんなに多くなくて、同じクラスには一人もいないし……なんて、思っていたところ。


「なぁアンタ、天野だろ? 東中(ひがしちゅう)のセンターの」


 クラスメイトらしき見知らぬ男子から、何やらフレンドリーに話しかけられた。


 ……いや待て、そういえば見覚えがあるぞ?


「確か……鈴木(すずき)、か? 二中(にちゅう)のポイントガードだよな?」


「おっ、嬉しいねぇ。覚えててくれたか」


「そっちこそ、よく覚えてたなぁ。三年の県大会で一回当たっただけだろ?」


「忘れるかよ、何回お前にブロック食らったと思ってんだ」


「それを言うなら、こっちだってお前に何回抜かれたことか」


 あれはしんどい試合だったなぁ……今思い出してもちょっとげんなりしてくる。


「ま、お互い様ってことで」


 鈴木も当時を思い出しているのか、苦笑気味だ。


「それに、今度はチームメイトだ。逆に頼もしいぜ」


「ん、あぁ……」


 ガッシリと肩を組んでくる鈴木に対して、返答は曖昧なものになってしまう。


 うーん……六華の件が落ち着くまで、とりあえず部活については保留かなぁ。


 とてもじゃないけど、真剣に打ち込める気が……って、んんっ?

 なんか、教室内がザワッとしてないか……?


 皆……というか主に女子の視線が、出入り口の方に集まってる……?


「やっ、お邪魔するよ」


 そちらに目を向けてみると、ちょうど教室に入ってきたのは旧知の顔だった。


「おー、王子じゃん! アンタもウチの高校来てたんだ?」


 鈴木が、驚きと喜びの混じったような声を上げる。


「そういうキミは、確か二中の鈴木くんだったよね? 一緒の高校だったとは、驚いた」


「ははっ、王子に覚えていただいているなんて光栄の極みでございます」


「ウチの男子との熱戦は、私も見ていたからね」


 鈴木から『王子』と呼ばれた彼女……そう、『彼女』である。


 本名・峰岸(みねぎし)紗霧(さぎり)は、その呼び名をスルーして爽やかな笑顔で鈴木と会話していた。


 鈴木と並ぶと、身長はほとんど同じくらい。

 バスケプレイヤーとしてはやや低めとはいえ、鈴木も一般的に言えば決して低身長じゃない。


 それだけ峰岸の身長が高いってことだ。

 縦に長いだけじゃなくて、しっかりと鍛えられていることがよくわかるモデル体型。


 ストレートのショートヘアと合わせて、パンツスタイルなら遠くから後ろ姿を見れば男子と見間違えるかもしれない。

 というか、実際よく間違えられるのだとか。


 とはいえ、正面から見ればそんな間違いは起こり得ないだろう。


 若干中性的ではあるものの、女性であることはハッキリわかる。

 やや釣り目気味の、イケメン系美人だ。


「天野も、久しぶり」


「あぁ、だな」


 その喋り方も相まって、誰が呼び出したか『王子』ってわけだ。

 普通は確実に名前負けするあだ名だけど、それがこの上なく似合ってしまうのがこの峰岸紗霧という女である。


 俺とは同じ中学出身で、峰岸は女子バスケ部。

 三年の時はお互いにキャプテンだった関係で、それなりに親しくしていた。


「んで、ウチのクラスに何か用でもあったか?」


「ふふっ、旧交を温めるのにいちいち用件が必要かな?」


 尋ねると、峰岸は口元に指を当ててクスリと笑う。

 ホント、言動とか仕草の一つ一つが『王子』なんだよなぁ……背景に薔薇とか咲いてるのを幻視しそうだ。


 これが計算じゃなく天然ってところがまた恐ろしい。

 俺も、最初は謎にドギマギしたもんだ。


「旧交を温めるて。春休みの間、せいぜい二週間程度会わなかっただけだろ?」


「昔からの交際を再び始めるって意味なんだから、離れてた期間は関係ないでしょ?」


「そう……なの、かな?」


 とはいえ流石に今となっちゃ慣れたもんで、こうして普通に雑談を交わし合う仲だ。


 ただ、突如現れた『王子』の存在に未だ教室内の視線は集中しており……伴って俺まで注目を浴びてる感じになっているのは、ちょっとだけ居心地が悪い。


 まぁ、これもまた峰岸といるとよくあることなんである程度慣れてはいるけど。


「時に天野、もう体育館は覗いた?」


 省かれてるけど、体育館で『バスケ部のことは見たか?』ってことだろう。


「……いや、まだ」


 嘘は言っていない。


「男女共に練習も活発で、良いチームに見えたよ。噂には聞いていたけど、先輩たちも凄い人たちが揃っているみたい。特に男バスは、キミたちが入ればかなり面白いことになるんじゃないかな? 今から楽しみだよ」


「だよなだよな、王子もそう思うよな?」


 と、盛り上がる峰岸と鈴木。


「ははっ……『王子』が加入する女バスの方が躍進するんじゃないか?」


「まぁなー、県大会MVP様だもんなー」


 俺は、曖昧に笑いながら話を逸らす。


「ところで、峰岸は何組になったんだ?」


「十組だよ」


「えっ? 十組?」


「うん? それがどうかした?」


「あ、いや……」


 思わず反応してしまったけど、どう説明しよう……。


 確か昨日、六華も十組だって言ってたんだよな……。


「ほーん……? 天野に会うためだけに、わざわざ一組までねぇ……?」


 ちなみに、一組と十組はフロアも別だし普通にまぁまぁ遠い……が、それはそうと。


「おい、変な誤解すんなよ? そういうんじゃないからな?」


 何やらニヤニヤと笑っている鈴木に釘を差しておく。


「わかってるって」


 そう言って肩を叩いてくる鈴木だけど、ニヤニヤ笑いが消えてない辺り本当にわかってるのかは怪しい。


 勘弁してくれ……俺はともかく、入学早々変な噂が立っちゃ峰岸が困るだろ……いや、今は俺にとってもちょっとだけそんな噂が立つと困るんだけど。


 六華の耳に入ったら、いや入ったからって何もないんだけど、なんか、ほら、アレじゃん?


「誤解って……?」


「いい、気にすんな」


 一方で、何のことかわかっていなさそうな峰岸に対しては雑に手を振って誤魔化しておく。


 昔っから峰岸は恋愛関係には疎く、こういう時も全然ピンときたような様子を見せることがない。

 数多の男子から告白されてるはずだけど、全部断ってるらしいし。


 実は女子が好きな方なのでは? という噂も定期的に立つんだけど、女子からの告白──一説によると、男子からのものより多いらしい──もやっぱり全部断ってるようなんで、たぶん恋愛自体に興味が薄いんだろう。


 まぁ、バスケ一筋みたいな奴だしな……。


「それより、あー……」


 何と言ってよいものやら、一瞬迷って。


「峰岸のクラスに、(りっ)……月本って子がいるのわかるか?」


 結局、ストレートに尋ねた。


「あぁ、月本六華さんでしょ? 当然わかるよ、隣の席だからね」


「へぇ、そうなんだ?」


 これは意外な接点だな。


「可愛い人だよねぇ」


「……それは単純に褒めているだけで、他意はないんだよな?」


 どこかうっとりとした調子で言う峰岸に、思わず確認してしまった。


 正直なところ、峰岸と『勝負』することになった場合勝てる自信が全くない……。


「? 他にどんな意味が?」


「あぁ、いや、悪い。なんでもないから忘れてくれ」


 だけど当の峰岸は不思議そうに首を傾けるばかりで、いらぬ疑いをかけてしまった罪悪感と共に俺は首を横に振った。


「そう……?」


 峰岸も、それ以上追求してくる気はなさそうだ。


「だけど、キミの方こそどうして彼女を知ってるの? ウチの中学出身じゃないよね?」


「あぁ、幼馴染なんだよ。物心付いた頃からの付き合いでさ」


「へぇ、そうなんだ?」


 今度は、峰岸の方が意外そうな表情を浮かべる。


 それから、「ん?」と再び首を捻った。


「だけど、キミって確か中一の時に……」


「うん、向こうもこの春こっちに引っ越したらしくて」


「なるほど、運命の再会ってわけだ」


「まぁ……な」


 実際には、確固たる意思に導かれての再会だったわけだけど。


「だけど、それじゃあ彼女はキミの変わりっぷりに驚いたでしょ?」


「いや、それがあんまりで」


 イタズラっぽく笑う峰岸に対して、苦笑を返す。


「むしろ、変わってないって言われたよ」


「ふむ……?」


 俺の言葉に、峰岸は顎に指を当て片眉を上げた。


「幼馴染ってだけで、あまり親しくなかったとか?」


「そういうわけでもないけど」


「だとすれば、その発言には疑問しか感じないね」


「ま、見た目はともかく本質は変わってないことだろ」


「私としては、そこも大きく変化したと思うんだけど?」


「なになに、何の話ー?」


 しばらく黙っていた鈴木が、興味深そうに尋ねてくる。


「あぁそうか、キミは三年の時の天野しか知らないんだったね」


「ま、俺の話はいいじゃん」


 なんとなく昔の話をされるのは苦手で、俺は苦笑気味に話を打ち切った。


「えー、気になる気になるー」


「そのうち教えてやるよ」


 とはいえ隠す程のことでもないので、まぁ鈴木にはいずれ話すことにしよう。


 ま、笑い話のタネってやつだ。


「それより、六華のことなんだけど」


 話題を逸らしがてら、そう口にしたものの。


 六華のことを……何て言えばいいんだ?

 俺は、何を言いたいんだ?


 迷った末。


「……よろしくしてやってくれ」


 いや、お父さんか!

 遊びに来た友達に娘のことを不器用に頼むお父さんか!


 と、俺は己の発言を恥じると共に内心でツッコミを入れてたんだけど。


「友からの頼み、心得たよ」


 峰岸は、胸に手を当てながら微笑んで頷いてくれた。

 周りから、いくつかの溜め息が漏れ聞こえてくる。


 わかる、わかるよ。

 ホントこういうとこ、『王子』だよなこの人……。


「あっ、その、アレなんだよな。昔っから、友達作るのとか苦手な奴で……まぁその、今は別にそんなことないと思うんだけど、念のためのアレっていうか……」


 一方の俺は、余計に恥ずかしくなって無駄に言い訳を並べ立てる。


「ふふっ、そうなんだ」


 そんな俺の姿を楽しむように、微笑みを深める峰岸。


「だから、ほら、峰岸は友達作るのとか上手そうなイメージだし?」


「まぁ、否定はしないよ」


「つーか、王子の場合はアレだよな? 入学初日から、女子に囲まれて連絡先の交換をせがまれたりとかしてそうだよな? ま、流石にそんな漫画みたいなこと……」


「なんだ、見てたの?」


「……マジでそんなことがあんのか」


 鈴木は最初明らかに冗談めかした調子だったけど、峰岸の素の返答で真顔になった。


「まだまだ甘いな、鈴木……この峰岸は、数々の『漫画でしか見たことがなかった光景』を実現させてきた女だ。この程度は序の口だぜ?」


 なんて、俺が無駄にベテラン面で鈴木の肩を叩いたところで。


 キーンコーンカーンコーン、と予鈴が鳴った。


「おっと、それじゃあ私はそろそろ失礼するよ」


 軽く手を上げ、峰岸は踵を返す。


「今日から練習に入れるらしいし、次は体育館で会おう」


 最後に、そう言いながらウインクを残して。女子の一部から、黄色い声が上がった。


 それに対して、俺は……。


「……ん」


 恐らくはもう聞こえていないだろう背中に向けて、小さく返すことしか出来なかった。



   ♠   ♠   ♠



 結局、その後も六華が教室に突入してくるようなことはなく。

 初めての高校生活に色々と戸惑ったり苦労したりはしつつも、割と平和に放課後を迎えることが出来た。


 あえて問題点を挙げるとすれば、ラストのホームルームが長引いて他のクラスよりもだいぶ遅めの放課後スタートになったことくらいか。


 さて、ここからどうするか……。


 ──次は体育館で会おう


 峰岸の言葉が、脳裏に蘇る。

 なんか、俺が来るって信じて疑ってないって感じの顔だったよな……入部するかはともかくとして、一旦行ってみるか。


 実際に入るかどうかの指針にもなるだろうし。

 一応、運動着も持ってきてるしな。


 そう思って、立ち上がったんだけど。


「……んあ?」


 何気なく見た窓の外の光景に、変な声が出た。


 校門に背を預けて、どこかソワソワとした様子で人の流れを見ている女子生徒。


 あれって……六華、だよなぁ……。


 誰かと待ち合わせをしているのは明らかだった。


 そう、『誰か』と。


 ちなみに、俺は何も聞いていない。

 何の約束もしちゃいない。


 普通に考えれば、他の誰かとの待ち合わせだ。

 だけど、もし……と思ってしまうのは、俺の自意識過剰なんだろうとは思う。


 それでも、胸が妙にムズムズとしてきて。


「天野ー、一緒に行こうぜー」


「……ごめん、ちょっと急用が出来た。もしかしたら今日はそっち行けないかもしれないから……悪いんだけど、峰岸にもそう伝えといてくれ」


 手を振りながら誘ってくれた鈴木に、そう返す。


「あ、そなの? へいへい、りょうかーい」


 そして、気楽げな鈴木の声を背に受けながら足早に教室を後にした。

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