第27話 幼馴染の二つの顔
「はいっ、ラスト一本! ……よしオーケー、ダッシュ終了だ! 十分休憩!」
「ぶはぁ……!」
コーチからの終了の合図を受けて、俺は大きく息を吐き出しながら体育館の床へと半ば以上倒れるように座り込んだ。
「ぜぇ……はぁ……入部を後悔する気持ちが、少しも湧いてこないかと言うと嘘になるな……」
毎日のキツい練習に、思わず冗談交じりの愚痴が漏れる。
「ぜぇ……はぁ……その割には、ブランク感じさせないじゃん……」
そんな俺の隣に同じく座り込みながら、鈴木が軽い笑みを浮かべた。
「一応、自主トレは続けてたからな……」
「ははっ、流石……」
おかげさまで、どうにかこうにか大きな遅れは取らずに済んでいる。
と、そんな中。
「みんなー、ボトル持ってきたよー」
沢山のスクイズボトルが敷き詰められた籠を抱えて、六華がやってきた。
「ありがと、月本さん!」
「いえいえ」
「重いっしょ? 持つよ」
「ふふっ、ありがとう。でも私、こう見えて力持ちだから」
「そういや、中学は運動部だったんだっけ?」
「うん、陸上部」
「へぇー、意外かも」
「そう?」
俺たちと同じくへばり気味の男子一年連中と談笑しながら、六華はボトルを配り歩いていく。
俺たちが入部して、早数日。
こんな光景も、すっかり見慣れたものとなっていた。
「……あっ」
なんて思っていたところ、当の六華と目が合って……六華の笑みが、若干硬くなる。
「は、はい、テル……天野くんも」
「……サンキュ」
おずおずとボトルを差し出してくる六華が妙に気恥ずかしそうなものだから、俺も微妙に気まずさを感じながらそれを受け取る。
こんな風になってしまうのは、今の俺たちの微妙な関係性ゆえ……ではない。
単に、六華がこのキャラを俺に見られるのを恥ずかしがっているだけである。
そう……俺の前とそれ以外でキャラを使い分けていた六華だが。
その両方と接することになるバスケ部にマネージャとして入部するに当たっては、こっちでいくことにしたらしい。
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そして。
「おっとぅ!? これはこれは、お待たせしてしまいましたかテルくん!」
俺たちの、二人だけの帰り道も復活して。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はチュパカブラ! 六華ちゃん、遅ればせながら参上です!」
「その場合、お前の姿は概ね花に擬態するUMAということになるがそれでいいのか?」
「間違えました! 歩く姿はチョモランマ!」
「動かないもの代表じゃねぇか」
「くっ……テルくん、どうしてもあのワードを口にさせたいようですね……ゆ、百合! 百合の花! さぁ、これでご満足ですかっ」
「俺は今、何の冤罪を着せられているんだ? せめて罪状を教えて欲しい」
「最近の私と峰岸さんの関係がちょっとアヤシイ感じだからって……まったく、なんていやらしい子に育ってしまったのでしょう……!」
「後半については、一字一句違わず返すわ」
「? テルくんとお別れした時点で、私は十二分にいやらしいことを考えるようなお子さんでしたが?」
「何度もその事実を突きつけてくるのマジでやめてもらえる!? ていうかお前、なんで己のいやらしい部分について何の恥ずかしげもなく語れんの!?」
「人類、みないやらしい。受け入れてしまえば、簡単なことです」
「それは、本当に受け入れて良い類の悟りなのか……?」
バスケ部ではあの六華、二人きりの時はこの六華。
どうやら、そういうことにしたらしい。
大丈夫? そのうち人格ごと別れたりしない?
なんて、若干心配になるが……それはともかく。
「マネの仕事、慣れてきたか?」
「はいっ、それはもう! 周囲からは、男バスのマネになる運命を背負って生まれてきた女に違いないと評判ですよ!」
「その運命、状況が限定的すぎない?」
「運命って、そういうものでしょう?」
「そう……か? まぁ、慣れてきたんなら何よりだ」
それは、心からそう思う。
実際、少なくとも外から見ている限りは六華も楽しそうにやっているように見えた……けれど。
「……なぁ六華、良かったのか? 男バスのマネージャーで」
「むっ? テルくんとしては、女バスのマネージャーが希望だったと!? やっぱり百合好きじゃなんですかこのムッツリさんめ!」
「違ぇわ」
……なんつーか、今に始まったことでもないけれど。
この六華を相手に真面目な話題に持っていくの、地味に難易度高いよな……。
「そうじゃなくて……六華の方こそ、陸上続けたかったんじゃないのか?」
次のボケが来る前に、本題に入る。
「俺だってお前と同じ気持ちなんだ。俺の存在が六華の足枷になっているとなると、耐えがたいものがある」
俺の言葉に、六華は少しだけ驚いたように目を見開いた。
「……テルくんは、相変わらずテルくんですね」
それから、どこかくすぐったそうに微笑む。
「ご安心ください! 陸上は中学まで、と決めてましたので! 元々、高校はテルくんと同じ部活に入ろうと思ってたので既定路線です!」
「そう……なのか?」
「テルくんと違って、私は凡庸な選手でしかありませんでしたから」
「俺だって、凡庸に過ぎないが」
「これはこれはご謙遜を! マネの先輩方の評判も上々ですよ! 峰岸さんの存在がなければ『立候補』してたかもと複数の先輩からの証言も得ております! このこのぅ、隅に置けませんねぇ!」
「それは知らんけども……」
つーか、俺はそれを六華の口から聞いてどういう顔をすればいいんだ……?
「……テルくん」
そこでふと、ニヤけた笑みを浮かべていた六華が真顔となる。
「ごめんなさい」
そして、突然に頭を下げた。
「……何に対する謝罪なんだ?」
半ば察しながらも、確認のために尋ねる。
「私は今、テルくんにとても不義理なことをしています」
それは、たぶん……今の状況、そのものに対しての言葉。
「テルくんに対して、心無い噂もあるでしょう」
まぁ……客観的に見て今の俺は、二股? いや、キープっていうのか?
いずれにせよ、優柔不断と見られているのは間違いないだろう。
別段それも間違っちゃいないので、甘んじて受け入れる所存だが。
「別に、そんなの……」
「私の、弱さゆえの選択のせいで」
俺の言葉を遮って、六花は真っ直ぐ俺を見つめる。
「だけど、もう少しだけ……私に、弱さを克服する時間をください」
己を、弱いと言いながら。
その目には、とても強い意思が宿っているように見えた。
「俺は、六華が弱いだなんて思わないけど」
昔から、そんな風に思ったことは一度もない。
「六華が本当にそうしたいと思っての選択なら、何よりも尊重するよ」
「……ありがとう」
ふんわりと柔らかく微笑む様は、昔の姿と重なって見えた。
「それはつまり、私が望みさえすればどんなプレイも受け入れてくれるということですねっ」
そしてきっと、ここで茶化すのは。
これでこの話は終わり、という合図なのだろう。
ならば、俺もそれに付き合おう。
「まぁ、それを本当に六華が望んでるならな」
「……えっ、ホントに?」
「……ちょっと待て、なぜそこで真顔になる」
「つまり……本気でお願いすれば、例えば鈴木さんとの絡みなんかも可能ということ……!?」
「前から思ってたけど、なんでその扉ちょっとずつ開いていってる感じすんの……!?」
「大丈夫です! ソフトなやつ! ソフトなやつだけですから! 少女漫画……いえ、女性向け漫画でも全然出てくるレベルです!」
「よくわかんないけど、なんか言い直したのが凄い大丈夫じゃなさそうに聞こえるんだけど!?」
……本当にこれ、さっきの話を終わらせる合図として茶化してるだけなんだよな?




