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第2話 幼馴染の変わりよう

 あの時の選択が間違いだったとは、今でも思ってない。


 三年前……天野(あまの)照彦(てるひこ)、十二歳の時のことだ。


「テルくん……あのね」


 その子は、『雪』を表すその名の通りに白い肌を上気させていた。


「わ、私ね、テルくんのことが……」


 小学校の卒業式を終えた後の、人気のない校舎裏で。


「えっと……あの……その……」


 オドオドと、何度も視線を左右に彷徨わせ。


「すっ……すっ……すっ……」


 まるで呼吸困難にでも陥っているかのように、何度も口をパクパクさせた後。


「好き、なの……」


 彼女は、そう口にした。


「ずっと、ずっと……すっ……好きだったの……」


 俺にとっては、人生で初めて受けた『告白』だった。


「い、いつも一人でいた私に……『一緒に遊ぼう』って手を差し出してくれたあの日から……たぶん、ず、ずっと、好き……自覚したのは、もうちょっと後だったけど……」


 相手は、幼馴染の月本(つきもと)六華(りっか)


「あの……あの、ね……」


 黒髪を丁寧に三編みにした、地味な髪型。

 長い前髪によって、大きなメガネの半分近くが覆われている。


 更に今みたいに俯いてたら、こちらからはほとんど目は見えない。

 もっとも、俯き気味なのはいつものことだけど。


「いつも、皆を笑わせようとしてくれるところが……す、好き」


 それでも、その顔立ちがとても整っていることを俺は知っていた。


「し、失敗を笑われたって怒らない、とことか……ね」


 今日に限らず、声は小さくて慣れてないと聞き取るのに苦労する。

 いかにも気弱そうにオドオドとした態度なことが多いんだけど、でも笑うと凄く可愛い。


 そんなギャップにやられている男子は多かった。


「いつだって、笑顔で……」


 俺もまぁ、その一人ではあったんだろう。


「あの……それで……誰にだって、優しくて……」


 六華とは物心付いた頃からずっと一緒だったけど、少なくとも最初の頃は妹分みたいなものだと思っていたはずだ。

 それが、恋心に変わったのはいつのことだったんだろう。


 たぶん、ハッキリとしたきっかけなんかはなかったんだと思う。


 気がつけば、六華のことが好きなんだと自覚していた。


「と、とにかく……好きで……!」


 そして、どうやら六華も俺のことが好きらしい。


「だから……ね……」


 つまり、両思い。


「私、と……」


 やったね、ハッピーエンドだ。

 コングラッチュレーションズ。


「その……あの……」


 ……とは、ならなかった。


「私と……つ、付き合ってください……!」


 こちらへと差し出された手を取らないことは、既に俺の中で決まっていた。


「俺は……」


 理由は……結局のところ、俺が弱かったからってことに尽きるんだろう。


「俺、は……」


 いずれにせよ、俺が返した答えは。


「……俺は、六華とは付き合わない」


 だった。


「六華とは……付き合えない」


 言い直したことに、さしたる意味はなかったと思う。

 あえて意味を見出すとするならば、次の言葉を口にするのを出来るだけ先延ばししたかったからなのかもしれない。


 それでも、言う必要はあった。

 下手に、希望みたいなのを残さないために。


 六華に、ちゃんと嫌われるために。


「俺は……六華のことが、好きじゃ……ない、から」


 言った瞬間に、ズキンと胸が強く痛んだ。


「……そっ、か」


 六華から返ってきた言葉は、それだけだった。


 そして、それが最後に聞く六華の声になった。


 ポタポタポタッ。

 メガネを伝って、大粒の涙が地面に落ちていく。


 その光景を目にした時の痛みは、さっきとは比べ物にならないくらいのものだった。


 ごめん。

 喉元まで出かかったそんな言葉を、どうにか飲み込む。


 謝れば、きっと優しい彼女は俺のことを許してしまう。

 そんなことが、あっていいはずはない。


 俺は、自分の弱さを理由に六華を傷つけた。

 だから、許されてはならない。


 せめて、最後は……下手に希望なんて残さないよう、このまま黙って立ち去ろう。


 さようなら、六華。

 その言葉も、口には出さない。


 俺は、その春に県外へ引っ越すことが決まっていた。

 親の仕事の都合ってやつだ。


 六華が告白してきたのも、たぶんそれがきっかけだろう。


 引っ越しは翌日。

 もう、二度と会うことはない。


 ……もしも。


 もしも、俺が本当に六華が思ってい(・・・・・・・・・・)るような人間だったな(・・・・・・・・・・)()


 もっと、違う結果になっていたんだろうか。


 わからないし、そんな仮定は無意味だ。


 だけど……せめて。


 変わろう。


 六華に胸を張れるような自分になれるよう、努力しよう。


 見ていてくれ、だなんて言うつもりは欠片もない。


 そんな資格は、もう俺にはない。

 だから、これは俺の勝手な決意だ。



   ♠   ♠   ♠



 なんて思って、最後の別れを済ませた……はず、なんだけど。


「あっはー! テルくん、過去は振り返っちゃ駄目ですよ! 今を生きましょう! ところでせっかくの再会ですし、昔の思い出話でもしません?」


「前後の文で矛盾するなよ」


 いや、じゃなくて。


 えっ、なんでこいつ普通にいるの?

 なんで普通に話しかけてきてんの?


 もしかして、なんか世界線とかがズレた?

 もしくはさっきの記憶、実は俺の脳内だけに存在する捏造エピソードだったりする?


「いいですねぇ、テルくんのその冷めた視線! 私、身体が熱くなっちゃいます!」


 うん、まぁ、というか……疑問点は、滅茶苦茶いっぱいあるんだけども。


「お前……そのキャラ、何……?」


 とりあえず、それを尋ねずにはいられなかった。


「おっと、そこに気付くとは流石テルくん! そうなんです! 実は私ぃ……」


 少し溜めた後、六華はビシッと敬礼の姿勢を取る。


「敬語キャラになったのです!」


「いやそこも気にはなったけど、もっと根本的なとこだわ」


 思わず素でツッコミを入れてしまった。


「なんていうか……前は、そんなテンションじゃなかったよな?」


 一つ深呼吸してから、改めて尋ねる。


 見た目も、ガラッと変わった。

 最初、幼馴染を見知らぬ美少女だと認識したほどに。


 けどそれ以上に違和感がある……というか違和感しかないのが、そのテンションだ。


 三年前までのこいつは、ザ・文学少女って感じの雰囲気だった。

 容姿も、性格も。


「ですよねっ! 三年前は私、もっと超ハイテンションって感じでしたもんねー!」


「逆だわ。真逆の印象しかねーわ」


「でもでも、おはようからおやすみまで常に叫んでたでしょ?」


「やっぱり、俺の記憶は何者かによって改竄でもされてるのか……?」


「えっ、怖……テルくん、急に何言い出すんです?」


「俺は今、お前の存在が一番怖いわ」


「あっ、それってそれって! まんじゅう怖い的な意味でっ?」


「普通の意味で」


 うん、文学少女isどこ?


「んっふっふー」


 恐らく大層微妙な表情が浮かんでいるだろう俺の顔を見て、六華はニンマリと笑う。


「まぁ、アレですよ。そりゃ三年もあれば、誰だって多少は変わるってもんでしょう?」


「ん……まぁ、そりゃそうか……」


 多少ってレベルじゃない気はするけど……。


 それを言うなら、俺もこの三年でそれなりには変わったろうしな……。


「でも……テルくんは、変わりませんね」


 なんて考えていたところ、六華が真逆のコメントを口にした。


「そうか? 俺だって結構……」


 六華と別れた当時の身長は、小学六年生男子の平均を十センチ下回る一三五。

 六華よりずっと小さかった。


 にも拘らず、体重は約五〇キロ。

 BMI三〇近い、立派すぎる肥満児だ。


 これで動けるテブならまだ幾分救いもあったのかもしれんが、運動は見た目通りにてんでダメ。

 だからといって、勉強が出来たわけでもない。


 そんな自分へのコンプレックスが、六華の告白への返答に全く影響していなかったといえば嘘になるだろう。

 だから三年前のあの日、変わろうって決意した。


 自分なりに行動もしてきたつもりだ。

 中学じゃ運動部に所属して、脂肪は大部分が筋肉に変わった。


 学力面でも、どうにか氷室(ひむろ)高校……この辺りじゃ一番の進学校に合格出来るまでになった。

 身長だって三年で四十センチ程も伸び、だいぶ印象は変わったはずだ。


 ……だけど。


「いや……確かに、六華の言う通りかもな」


 俺は、今でも自分が強くなれただなんて少しも思えちゃいない。


 見た目だって、六華に速攻で俺だって見抜かれたくらいだ。

 自分で思ってたほど変われてるわけでもないんだろう。


 本当の意味では、俺はまだ……。


「はいっ! 三年前と変わらず、目が二つに鼻と口が一つずつ付いてますもんねっ!」


「お前に搭載されてる顔認識システム、素人が適当に作ったやつなの?」


「ヒュウ! ナイス例えツッコミぃ! 素晴らしい切れ味ですねぇ!」


「勝手に会心の出来感を出すのやめろ! なんか恥ずかしくなってくるだろ! ていうか、別にそんなに上手くもないわ!」


 駄目だ、感傷に浸る隙すらねぇ。


「じゃあ、まぁ、キャラについては良しとしてだ」


 このままだと話が進まない気がするんで、せめて会話の主導権はこっちで握ろう……。


「六華が、なんでここにいる? それも、ウチの制服まで着て」


 というわけで、改めてその問いを投げた。


「んふー、その問いにはさっき答えたばっかりなんですけどねー」


「えっ、そうだっけ……?」


 なんか色々とインパクトが強すぎて、スルーしてたけど……なるほど、思い起こしてみれば言っていたような気がする。


 確か……。


「テルくんを、追いかけてきたんですよ」


 さっきも、そう言っていたはずだ。


「俺を……?」


 三年前、「好きじゃない」なんて言葉を最後に一つのフォローもなく別れた俺を追いかけてきたってことは………………もしかして、復讐とか?


 大幅にイメチェンしたのも、『こんな良い女をフッて残念でした! もうお前なんかの手は届きませーん!』って感じのアピールだったり……そう考えると、辻褄は合う……か?


「あっはー、なんだか的外れなことを考えてる顔ですねぇテルくん」


 俺の思考を読んだかのように、六華はニマッと笑う。


「一応言っておきますけど、私は復讐なんてこれっぽっちも考えてませんからね?」


 というか、完全に読まれていた。


「もっとも、一種のリベンジではあるんだろうけど」


 一方の俺はといえば、ポツリと漏らされたその呟きの意味もわからない。


「テルくん、私は変わったと思いますか?」


「え? あぁ、そりゃ……ビックリするくらいに変わったと思ってるよ」


「そう……ですよね」


 俺の返しに、なぜか六華はちょっと微妙そうな表情となった。


「ふふっ! 今の私は、新たな月本六華! 月本六華Ver.2的な存在ですからね!」


 かと思えば、またペカッと笑って自身の胸に手を当てる。


「お、おぅ……」


 急に、何の話をしだしたんだ……?


「残念ながら、月本六華Ver.1はあえなく討ち死にしてしまいました!」


 それは……三年前のことを、指してるんだろうな。


「ですが月本六華は、中学三年間の修行を経てVer.2になって帰ってきたのです!」


 六華は半歩下がって、俺から少し距離を取る。


「というわけで、テルくん!」


 そして、ズビシと俺に指を突き付けてきた。


「今度こそは、私に惚れさせてみせますからねっ?」


 続いた言葉は……つまり、そういうこと(・・・・・・)なのか?


 六華は、未だに俺のことを……?


「……なぁ、六華」


 いずれにせよ、確かめないといけないことがあった。


「俺を、恨んでないのか?」


「んんっ? どうして、私がテルくんを恨むんです?」


「俺は……お前に、酷いことを言ったろう」


「んー、やっぱりその件ですかー。私が気を使って触れないようにしてるっていうのに、テルくんの方から踏み込んできちゃうんですねー」


「お前を傷つけた事実は消えないからな」


「あっはー、相変わらず真面目ですねーテルくんは」


 六華の笑みが、少しだけ苦笑気味に変化する。


 そんな表情には、昔の面影が強く感じられた。


「そうですねぇ……まぁそりゃ確かに、ちょこーっと傷付いたのは事実ですけどね。だからって別に怒ったり恨んだりなんてしませんよ」


「……なんでだ?」


 俺の問いに対して、今度はふわりと微笑みが浮かべられる。


 ここまでの、アホっぽい……もとい。

 明るく元気なものとは違った、昔を思い出す笑顔に見とれていて。


「だって、テルくんのことが好きだから」


「えっ……?」


 決定的な言葉に対する返答は、随分と間の抜けたものになってしまった。


「んっふっふー、知りませんでしたか? 恋する乙女は無敵なんですよ? 私は、一回フラれたくらいで諦めるほど潔い女じゃないのです」


 してやったり、とばかりに六華はニンマリ口角を上げる。


「それは、正直……意外、だっだな」


 二重の意味で。


 一つは、俺のことを未だに好きだなんて考えてもいなかったこと。


 もう一つは、六華がそこまでの前向きさを見せると思ってなかったこと。


 ただ確かに、昔からすぐ泣く割に妙なとこで強情というか……芯の強い子ではあった。


「ふふっ……幼馴染だからって、相手の全てを理解してるとかとか考えちゃうのは思い上がりってーやつですよ?」


「そう、だな……確かに……」


 俺は、六華のことを何もわかっちゃいなかったのかもしれない。


「とはいえですね、テルくん」


 と、六華は俺に突き付けていた指を立てた。


「流石の私も、二度もフラれるのはちょーっと勘弁願いたいところではあるので」


 半歩、先程離れた分近付いててくる。


 だから近ぇよ。


「次の告白は、『あっ、今この人絶対私に惚れたな』って瞬間にするのです!」


 それが、さっきの宣言の意味か。


「あっ、なのでなので! さっきの『好き』はノーカン! ノーカンでお願いしますねっ! 私ったら、ついうっかり言っちゃいました!」


 てへぺろ、ってな感じでコツンと自分の頭に拳を当てる六華から。


「……たぶん、そりゃ無理だよ」


 俺は、頭を掻きながら視線を逸らした。


「えっ? ノーカン無理ですか?」


「そっちじゃなくて」


 ゆっくりと、首を横に振る。


 まぁ、というか、さっきからずっと告白され続けてるようなもんで。

 ノーカンも何もないだろう、ってのも正直なところではあるんだけど……。


「俺がお前に惚れた瞬間に、って方」


「むー? なんですかテルくん、今の私にもやっぱり魅力はないって言うんですかっ!」


「いや……」


 俺の考えなんてお見通しかと思いきや、肝心なところは読めてないみたいだ。


 今後、俺が六華に惚れる瞬間が訪れることなんてない。


 なぜなら……今でも俺は、六華のことが誰よりも好きだから。


 もう、とっくに惚れているから。


 六華が追いかけてきてくれたこと、俺のことを今でも好きでいてくれたこと、正直に言えばめちゃくちゃ嬉しいと思ってる。


 けど、同時に……胸に、重く何かが伸し掛かっているような感覚もあった。


 俺は、六華の想いを受け入れていいんだろうか?


 俺に、そんな資格はあるのか?


 また、六華を傷つけるような選択を取ってしまうんじゃないのか?


 そんな、迷いはあったけれど。


「六華は、誰より魅力的だよ」


「ふぇっ!?」


 本心からの言葉を送ると、六華はたちまち赤くなった顔を仰け反らせた。


「ななな、なんですかテルくん! 先制攻撃ですかっ!? やられる前にやってやれの精神ですか!? い、いいでしょう! 受けて立ちますよ!」


 ファイティングポーズで、シュッシュッと宙にパンチを繰り出す六華。


「ははっ、なんだよそれは」


 それがなんだか妙におかしくて、思わず笑ってしまう。


「あっ……」


 そんな俺を見て、六華は小さく声を上げた。


「ようやく、笑ってくれましたね」


 六華も、ふんわりと笑う。


 なるほど確かに俺は今日、ずっと驚き顔か仏頂面しか六華に晒していなかった。


 ここに来て、ようやく諸々の感情も少しだけ落ち着いてきた感じだ。


 そうすると、もう一つ気付くことがあった。


「そういえば……まだ、言ってなかったな」


 改めて言うのはなんだか照れくさくて、頬を掻く。


 咳払い一つ。


「久しぶり、六華」


 そう口にすると、六華はパチクリと目を瞬かせて。


「はいっ! お久しぶりです、テルくんっ!」


 それから、ニパッと笑って返してくれた。



   ♠   ♠   ♠



 俺たちの関係が、今後どうなるのかはわからない。


 俺はどうすべきなのか……どうしたいのかさえ、まだわからない。


 けれど、今はただ。


 幼馴染との再会を、喜ぼう。

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