第11話 幼馴染と向き合おう①
「おっはよーございまーっす! 今日は良い天気ですし、絶好のデート日和ですねっ!」
休日になると、六華がハイテンションで自宅に突撃してくる。
そんな状況も、すっかり日常と化していた。
「あぁ、そうだな」
初めの頃は面食らってた俺も、今となっちゃもう慣れっこだ。
「……およよ?」
なんて考えていたところ、六華はなぜか俺の顔をまじまじと見てくる。
「テルくん、何か良いことでもありましたか?」
「え? いや、別に……?」
本当に心当たりはなかったので、返答は曖昧なものとなった。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
問いかけると、六華はニコリとどこか嬉しそうに笑う。
「昨日までより、なんだかスッキリした表情に見えましたので」
「っ……」
奇しくも……と言うべきか、姉ちゃんに内心を話した翌朝だ。
姉ちゃんが言ってた通り……たぶん、六華は俺が思っていたよりずっと俺のことを理解しているんだろう。
「テルくん? どうしました?」
「あぁ、いや……」
急に黙り込んだ俺を不審に思ったんだろう、六華が小首を傾げる。
「今日の占いの結果が結構良くてな。それで、気分が良かったんだよ」
「おっ、それは奇遇ですねぇ! 私も今日の占い凄く良かったんですよ! ラッキーアイテムはペンとノートと教科書! ラッキープレイスは魚座でA型の男子のお部屋!」
「そんなピンポイントな指定ある……? あと、ラッキーアイテム多くない……?」
「というわけでぇ……! 今日は、テルくんのお部屋で勉強会をするべく勉強道具一式を持ってきたわけですよ!」
と、六華は手にした鞄を掲げて見せた。
「俺の部屋か……」
一瞬、答えに迷う。
「駄目……ですか?」
それを断る前フリだと思ったのか、六華は鞄を口元にやって上目遣いに問うてきた。
普段あのテンションなのに、急にしおらしいところ見せてくるのは卑怯だよな……。
「……いいよ、上がってくれ」
ドアを押さえながら、六華を招き入れる。
「おっほぅ! テルくん、ついについに私と一つになる覚悟がっ!?」
「いや、今日は姉ちゃんずっと家にいるっぽいし。まだ寝てるみたいだけど」
そう……別に、上目遣いに負けたわけじゃないのだ。
決して。
「声を押し殺しながらというのも乙なもの、ということですねっ?」
「ということではない」
負けたわけじゃないけど……もうちょっとしおらしい期間が長いと嬉しいな、という気持ちもないことはない……。
「そういえば、おじさまとおばさまは今日デートだそうですねー」
「相変わらず情報が筒抜けだな……」
「昔っからのラブラブっぷり、変わっていないようで何よりです」
「子供としちゃ、目の前でイチャつかれるのは若干キツいもんがあるけどな……」
「いいじゃないですかー! 私たちもー、そんなラブラブ夫婦になりましょうねっ!」
俺の立場だと、絶妙にリアクションしづらいな……。
「ところで、勉強会って何するつもりなんだ? 中間はまだ先だろ?」
結局、そんな話題で誤魔化す。
「テルくん、勉強というのは日々の積み重ねが大事なのですよ。テストが遠いからといって気を抜くのは感心しませんねぇ」
「まぁ正論ではあるけどさ……」
「とはいえ、とりあえずは宿題でも片付ける感じで良いかと」
「そうするかー」
なんて雑談を交わしながら、俺の部屋へと向かった。
♠ ♠ ♠
「じゃじゃんっ」
ローテーブルを挟んでお互い座ったところで、なぜか六華はドヤ顔で鞄に手を突っ込み……取り出したのは、メガネだった。
それを装着すると、昔の姿を思い出して懐かしい気持ちに………………あんまり、ならないな?
小学生の頃にしてたメガネは野暮ったい大きなメガネだったのに対して、今付けてるのは細身でスタイリッシュなものだからだろう。
文学少女というよりは、出来るビジネスウーマンって感じの印象かな?
いずれにせよ、再会してからは初めて見るメガネ姿だ。
「メガネ、そういや普段は付けてないけど大丈夫なのか?」
「今はもう、外ではずっとコンタクトですので。ちなみにこれも伊達メガネです」
ドヤ顔のまま、六華はクイッとメガネを押し上げた。
「なんでわざわざ……」
「家庭教師といえば、やっぱりメガネでしょう!」
六華のドヤ顔が留まることを知らない。
「つーか、家庭教師って……?」
「この私がやさし~く教えてあげますので、わからないところがあったらどんどん六華先生に聞いてくださいね!」
「あぁ、うん……サンキュ……」
そういえば、昔はよく六華に勉強を教えてもらってたよな。
六華は成績優秀で、俺は落ちこぼれって程でもなかったけど出来る方じゃななかったから。
ただ……まぁいいや。
「とりあえず、始めるか」
「はいっ!」
気合十分といった感じで頷く六華と共に、教科書とノートを開く。
時計の針が進む音とノートに字を書く音だけが響く室内で過ごすこと、数分。
「……テルくん、わからないところはないですか?」
ふとした調子で顔を上げた六華が、問うてきた。
「今のところは大丈夫かな」
「そうですか……」
俺の答えを受け、どこか残念そうな表情で再びノートへと目を落とす。
そこから、更に数分。
「テルくん、そろそろわからないところが出てきたのでは?」
「いや、特には」
「そうですか……」
また、数分が経過し。
「テルくん、ちょっとでもわからないと思ったら聞いてくれていいんですよ?」
「流石に、まずは自分で考えないと身にならないだろ」
「それはそうですけど……」
そして、数分。
「テルくん、私に遠慮しているのであれば……」
「六華」
流石に四度目ともなると、俺も苦笑気味に応じざるを得ない。
「わからないところがあったらちゃんと聞くから、まずは自分の宿題に集中してくれ」
「……はーい」
拗ねたように唇を尖らせる六華。
「ほらそこ、公式間違ってるじゃないか。らしくもない」
なんとは無しに見た六華のノートに間違いに見つけ、これまた苦笑と共に指摘した。
「え……? ……あっ、ホントだ」
数秒ジッと該当箇所を見つめた後、六華はパチクリと目を瞬かせる。
「……テルくん」
次いで、なぜかジト目を向けてきた。
「つかぬことを伺いますが……こないだの実力テストの総合点、学年何位でした?」
「十三位だけど……」
「くあっ!? 普通に負けてるじゃないですか!? 私、一五位ですよ!?」
「言うほど変わらんだろ……」
「変わらないのが問題なんですよ!」
何やら、謎の地雷を踏んでしまったようだ。
「はー、手取り足取り教えてあげて私の虜にする作戦が……」
まぁ、なんとなくその作戦は見えてた。
「……でも」
ふと、六華が表情を改める。
「テルくん、勉強も凄く頑張ったんですね。おばさまから受験する高校のレベルを聞いた時点でも驚きましたけど……正直、私の予想を遥かに超えてました」
その微笑みは、バスケの時と同じく我が事かのように喜んでくれているように見えた。
「……まぁ、な」
実際、俺としてはかなり頑張ったつもりではある。
中学入学時点では平均以下だった成績を、県内上位レベルにまで引き上げた。
部活と並行してってのは、正直辛かったけど……今にして思えば、六華にしてしまったことへの罪悪感から来る現実逃避って部分もあったような気がする。
「六華のおかげだよ」
だから、結果的にはそういうことになるんだろう。
「ほへ?」
もっとも、当然ながら当の六華は鳩が豆鉄砲を食らったような表情だ。
「なぜ私が出てくるのかはわかりませんが……」
不思議そうに、首を傾げて。
「テルくんの努力は、テルくんだけのものですよ」
もう一度、微笑んでくれる。
「……サンキュ」
なんとなく照れ臭くて、そう返すことしか出来なかった。




