表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青薔薇の花泥棒 ~神隠しの街の怪盗と狙われた花嫁~  作者: 暁光翔
二章「手蔓への渇望、知ってしまった真実」
8/29

青薔薇の花泥棒 七話「魔窟へ」


 あっという間に次の日の夜になった。時計は午後九時ちょうどを指している。

 いつもの衣装に着替える。

「気を付けてね」

「あぁ」

「リュビスと衣装のことは俺に任せろ! きっちり守るからな!」

「あぁ、任せた」

 二人を俺の家で留守番させ、いつものように窓から屋根に移動する。

 今のように動いても音が全く立たない。リュビスの器用さと魔法のおかげだな。

 屋根を伝ってリュカ通りまで走る。ここからだと少し遠い、間に合うといいが。

 誰にも目撃されること無くリュカ通りに到着した。

 消音と身を隠す魔法を掛ける。だいぶ強化してもらったが念の為。

 建物同士の隙間に身を潜めて、レオトポディウムさんが来るのを待つ。今は誰もいない、誰かが歩いていたら目立つ。電球の光が少し弱くなっているが、街灯もある。探しやすい状況だ。

 あの人が何の為に何処へ向かっているのか。特に何も無ければそれでいい。また地道にやるだけだ。

 道に黒い服を着た一人の男性が現れる。薄明かりが青白い肌と白髪が混じった黒髪、そして顔を照らす。間違いない、レオトポディウムさんだ。

 彼は振り返ること無くそのまま進んでいく。俺の姿に気付いてはいないようだ。

 ある程度距離を取ってから後を着いていく。

 分かれ道や大きなゴミのお陰で隠れる場所は多い。

 同時に視界が遮られやすくもあるため見失いやすい。常にあの人を視界に入れておかなければ。

 電気の付いた建物からたまに聞こえる酔っぱらい達の笑い声や怒声の中、尾行を続ける。

 これらの声がする建物にあの人が立ち入る様子は無い。目的地は酒場や賭博場じゃないのか。

 更に奥へ行く。ネズミ等の害虫が何匹も出入りする建物が並んでいる。

 この辺りは空き家が多いのか。 神隠しでいなくなった人の家かもしれない。

 リュカ通りにいるのに警官をあまり見掛けない。普段泥棒として活動している時より視界に入る回数が少ない。レオトポディウムさんが警官を避けるように進んでいるからだろうか?

 そうだとしたらなるべく見られたくない事情があるということになる。

 周りの家より大きなレンガ造りの廃墟が視界に入った。蜘蛛の巣などで汚れ、老朽化も進んでいるようだが、金細工等の装飾品があることから、かつては何処かの金持ちの家だったのだろう。

 レオトポディウムさんはそこの扉を押し中へ入っていく。ホールからいける部屋の内、両開きの扉の部屋に入った。

 閉ざされた扉に聞き耳を立てると何やら話している。もう一人男の声がする。

 静かに扉を開け、覗きながら会話に耳を傾ける。

 蠟燭で照らされた部屋の中には、あの時の黒い蛇の面の集団とレオトポディウムさん、そして金髪をオールバックにした体格のいい中年男性、確かレオトポディウムさんの執事がいる。

 ということは、あの人と執事は奴らの仲間ということになる。

「それで、鍵は見つかったのか?」

「銀世界のティアラはこちらに、紅い月の雫は現在捜索中です」

 鍵? 父さんの手記に無かったが重要な物なのか?

 蛇の面を付けた集団の内の一人が銀色に光るティアラをレオトポディウムさんに差し出す。

「ふむ、これか……」

 レオトポディウムさんはそれと古ぼけた本のページを見比べる。ティアラをあらゆる角度に傾け見つめる。

「本物のようだな」

「えぇ、間違いなどございません」

「式場の方はどうだ?」

「順調に客人は集まっております。ですが、我らの主は満足しておりません」

 主? この事件の黒幕はこの二人のどちらか、または二人ともじゃないのか? 

「五年も掛けて世界中から連れてきているのに、まだ足りていないのか」

「我らが主は様々な人に自分の悲願が達成されるところを披露したいそうで。それに我らが主は偉大です。故にそれに見合うよう、豪勢に式を行わなければなりません」

 神隠し、いや、コイツらによる人攫いはその式の賑やかしの為だけに行われていたのか?

「そうか、あとどれくらい必要だ?」

「少なく見積もっても十万人程招待しなければなりません。集めるのに最短でも一ヶ月は掛かるかと」

「分かった、今よりペースを上げてその期間で達成できるよう善処しよう。……あぁ、花嫁の方も連れてかなければ。道具だけがあっても何も進まないからな」

 十万人、だいだい一都市の人口の平均くらいか。

 それだけの人数、いや、その何十倍もの人数を隠せる場所。奴らが言う式場は何処にある?

 少なくとも普通の場所ではないことは確かだ。

「ところでカルボナド様、ハウトゥニア博士の方はいかが致しましょうか。解読の方は終わりましたのであの方はもう用済みです」

 今の執事の発言。父さんはまだ生きている。

 ただ、レオトポディウムさんの答え次第でこれから殺される可能性がある。数日後、いや、もしかしたら今すぐにでも。

 此処に捕らえられているかもしれないが、父さんを見つけられても逃げることは難しい。執事かレオトポディウムさんのどちらかが例の十字架を持ち出せば、三年前と同じように、俺は動けなくなる。恐らくその後俺も父さんもろとも殺されるだろう。

 口の中が渇く。汗が一筋、頬を伝う。

「そうだな。彼にはこの計画が終わるまで私達のところにいてもらい、終わったら家族の元に返す。勿論、生きたままな」

 彼の返答は聞き返したくなるようなものだった。

 奴らの目的や悪事を知ってしまった父さんを無事に解放する? 本当に?

「……良いのですか?」

 執事の返答が遅れた。この言葉に執事も少し驚いているようだ。

「あぁ。解読が終わっても、彼の知識が役立つ時が来るかもしれない。いなくなられては困る。それに無意味に命を奪うことはしたくない、犠牲は最小限でいい」

「……畏まりました」

 父さんやリュビスは必要な犠牲だとでも? 生きていれば、人の自由を奪ってもいいとでも?

 拳に思わず力が入ってしまう。爪が手に食い込む。

 あぁ、駄目だ。今何の策も練らずに突撃すれば返り討ちに遭うだけだ。

 ここで死ねばリュビスを守れなくなる。

 ちゃんと戻るって言ったからな。

 目を瞑り、音を立てないよう深く呼吸をする。頭に上りそうになった血を抑える。

 その会話の後、奴らは何かに祈るような仕草を始めた。誰一人、部屋から出てくる様子は無い。

 今なら他の部屋を見て回れそうだ。父さんの居場所の手掛かりや手記の続きが分かるかもしれない。入れる部屋をできる限り探索してみるか。

 まずはコインやいつもの道具で簡単に開錠・施錠ができる部屋を調べる。絡繰り錠で閉じられた部屋もあるだろうが、絡繰りの場所を探さなければならない。

 仕掛けの解除にも時間が掛かる。その時に見つかる可能性が高い。日を改めるべきだ。

 扉に聞き耳を立て、扉の隙間から誰もいないことを確認してから中を調査する。

 一階の部屋に父さんの姿や目ぼしい物は見当たらなかった。

 父さんの姿が無いのはまぁ当然だろう、容易に開錠ができる部屋に閉じ込めているとは思えない。

 奴らが駆け付けてくる気配は無い。

 階段の方へ向かう。階段は二階と地下に伸びている。

 もし父さんが此処にいるとしたら人目に付きにくい地下にいるだろう。

 しかし無事に逃げ切る方法が思い付いてないし、地下は窓などの出口が無い。

 諦めて二階を調べる。部屋は三つある。

 最初に入った部屋は寝室、次に入った部屋は子供部屋のようだった。クローゼットや机も隈なく物色したが、どちらも特に気になるものは無かった。

 最後に入った部屋に俺の背丈以上の大きな本棚が二つ並んでいる。本棚には背表紙に名前が書かれた本とそうでない本が入り交じっている。

 机もあるが、その上に本は置かれていない。引き出しの中も万年筆などの文房具があるだけだ。

 この本棚の中にあるかもしれない。

 背表紙に名前のある本の殆どは図書館や教会で見掛けた物だ。ある遺跡についての本や伝記など種類はまちまちだ。これらに用は無い。盗らずともいつでも読める。

 名前の無い本を手に取り数ページを流し読みする。

 何度も繰り返していると、あるものが目に留まった。

 緑の手記の文字、父さんの字に似ている。

 本のページを捲っていくと、花嫁衣装やサクトゥリヒ・シュテラ文明といった単語が一瞬映った。

 これは必要だな。懐に本をしまう。

 まだ父さんや他の博士の手記があるかもしれない。残りにも軽く目を通す。

 少しでも気になった物は持っていくか。

 あらかた見終わって懐の中の本は三冊。何かしら欲しい情報は載っているだろう。

 一度階段の方に引き返す。

 奴らがいる部屋が少し騒がしい。まずいな、さっさと脱出するか。

 二階の適当な部屋のベランダに出て窓を施錠し直し、屋根に上る。

 屋根を伝って移動をする。地面の方に目を向ける。奴らは追ってきていない。

 気付いていないのか、気付かないフリをしているのかは分からない。

 万が一俺の存在がバレていた場合、追跡魔法が掛けられている可能性がある。俺達の家がいつか襲撃されるかもしれない。

 追跡解除の魔法を掛け、消音・隠密の魔法を重ね掛けする。

 これで心配は無い、この一瞬の間に再び魔法が掛けられていなければの話だが。

 念の為、家から遠い場所を適当にほっつき歩いてくるか。家を特定されないように、奴らを撒かなければ。


 何事も無く自宅に帰った。不審な気配や怪しい影は無い。

「ただいま」

「おかえり。大丈夫? 怪我してない?」

 玄関に足を踏み入れるや否やリュビスが駆け寄ってきた。身体に傷が無いか触れて確認してくる。少々くすぐったい。

「戦闘することも奴らに発見されることも無かった。心配してくれてありがとな」

「よかった」

 彼女は少し微笑んで安堵する。

「どうだったんだ。何か分かったか?」

「あぁ」

 深く息を吸う。ちゃんと伝えなくては。

「レオトポディウムさんは、奴らの、仲間だった」

 目を丸くしている。俺の提案に乗ってくれてはいたが、やはり彼のことを信じてたのだろう。

「だから俺達は戦わなければならない、あの人と」

「そう……あの人が博士や君、そして皆を」

 リュビスの言葉が途切れた。そのまま彼女は俯く。

 今の彼女がどんな表情をしているのか俺には分からない。でも、かなり複雑な心境だろう。

 この重い空気をどうにかしなければ。

「あぁそういえば、アジトから手掛かりになりそうな物盗んできた。何か分かるかもしれない」

 懐から本を取り出して見せると、彼女は視線を本に向け目をパチクリさせた。

「本当だ、早速読んでみよう」

 一緒に奥にいるサフィールの元に向かう。

「おぅ、おかえり。無事に帰ってきたみたいだな」

「あぁ」

「アメティスが手掛かりを見つけてきてくれたみたいなの。それがこの本」

「お、じゃあ三人で手分けして情報探してみるか! 俺、この本な」

 サフィールは三冊の内厚さが一番薄い赤い表紙の本を抜き取る。

「それじゃ、私はこの本。いいかな?」

「構わない」

 リュビスが指さした青い本を手渡す。

 二人とも本を開き中に目を通していく。俺も残った緑の本を読み進めていく。

 厚さは一センチ程、一ページ辺りの文字量はかなり多い。全てのページがこれと同じ文量とは限らないが、しっかりと理解して読み終わるのに三時間ほど費やすだろう。

 他の二冊はこれより少し薄いが、それでも二時間は掛かるだろう。

「うわっ……やっぱり文字が多いな。情報共有して纏める時間込みだと、徹夜必須じゃね? お二人サン大丈夫か、明日一限からあるだろ?」

「うーん、まぁ途中で仮眠取れば大丈夫だと思う」

「何とかなる」

「お、おう、そうか……」

 サフィールは何処か呆れた様子だ。まぁそんなことはどうでもいいか。

 ひたすら目の前の文字を目で追っていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ