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青薔薇の花泥棒 四話「仮面を外す、全ての告白」

 家に近付いてきた。屋根を何度も飛び移った後家の玄関前に着地し、丁寧にリュビスを下ろす。

「ありがとう」

 彼女は礼を言った。

 家の中に入り照明を点ける。

「見せるべき物はこっちにある。付いてきてくれ」

 彼女を地下へ案内する。物置部屋のスライドパズルを弄って隠し部屋に入る。

「わっ、こんな部屋あったんだ。昔何回も遊びに来てたけど、知らなかった」

「地下に来ることなんてそうそう無いしな」

「これ何の部屋なの?」

「前は父さんの研究資料とか借りてきた出土品とかの保管庫だった。今は俺の泥棒としての活動拠点的な場所にもなっている」

 マネキンの隣の本棚から茶色の手記を取る。

 部屋の奥の銀の扉に向かい、暗証番号式電子錠を解除した。

 真っ暗な部屋の中で薔薇の形をした青い光がいくつか浮かび上がっている。明るくすると青薔薇は光を失って白薔薇になった。その代わり、ドレスやベールなどの花嫁衣装がガラスケースに入れられているのが映る。

「これ全部、本物の青薔薇の花嫁衣装?」

「あぁ。俺が、盗んできた物だ」

 自分が犯した罪の数だけある盗品。全てが解決した後ちゃんと返して償わなければ。

 深呼吸をする。

「さてと。言わないといけないことは沢山あるが、そうだな……」

「私としてはまず、どうして君が怪盗をやっているのかが知りたい。どうして衣装を盗むのかとか、どうして予告状を出すという目立つ行為をわざわざするのか、いろいろ気になるから」

「分かった」

 リュビスは真剣な眼差しを俺に向け、耳を傾ける。

「俺が盗みをしている理由は二つある。一つ目は三年前に父さんが勤める研究所の資料を盗み、父さんを含めた研究員を拉致した犯人を誘き出す為だ」

「犯人ってさっき私を襲った奴ら?」

「あぁ」

 リュビスは息を呑む。そうなっても無理はない。

 何故、奴らが父さんを連れ去ったのか。何故、奴らが自分も狙っているのか。

 様々なことが頭の中を埋め尽くしているのだろう。

「つまり、君に大怪我を負わせたのも」

「そうだ」

「……許せない」

 彼女の唇がわなわなと震えている。

「博士達を誘拐しただけじゃなく、アメティスを殺しかけたなんて」

「殺しかけたって大袈裟な」

「大袈裟なんかじゃないよ! あの時本当に死にかけてたからね、腕と脚何カ所も折れてたし、頭から血を流してたし。私のお父さんが偶然通り掛かったからよかったけど、そうじゃなかったら」

 紅い目から涙が一滴、また一滴と彼女の頬を伝う。

「それに、エメロード博士達も今、無事かどうか分からないし」

 いろいろ知ってしまった後すぐに出た言葉が、俺や父さん達のことについてか。

 自分も得体の知れない集団に目を付けられて恐ろしいだろうに、人のことを思いやれて、さらにその人の為に涙を流せるのか。

 彼女の両手を包む。涙が俺の手を濡らしていくが構わない。

「大丈夫、俺はここにいる。後遺症も無く、五体満足に身体を動かせる。父さんの方もまだそうと決まったわけじゃない。だから、落ち着いてくれ」

 なるべく前向きな言葉を掛ける。

 三年前も病床で横たわる俺の前でこんな風に何度も涙で頬を濡らしていた。

 随分心配させてしまったようだ。まだ泣き止む気配は無い。

「俺は生きている、大丈夫だ」

 彼女の背中を一定の間隔で優しく叩く。脈拍に近い、ゆっくりとしたリズムで。

 しゃくり上げていたのが収まってきた。鼻を啜る音も聞こえなくなってくる。

「ごめん」

「もう大丈夫か?」

「うん。ごめんね、話遮っちゃって」

「問題無い」

 よし、これで大丈夫だ。呼吸も落ち着いたし話を聞ける余裕はあるだろう。

「続けるぞ。奴らはある理由から花嫁衣装を狙っている。俺という第三者が衣装を盗もうしていると予告状で知れば、奴らは焦って先に奪いにくる筈。そこを待ち伏せしてとっ捕まえて情報を吐かせれば、父さん達が何処にいるか分かると思った。まぁ、一度も来なかったけどな」

「一度も来なかった? なんで、大事な物なのに。自分達以外の誰かに盗られて売られでもしたら、衣装を集めるのは難しくなる筈。それなのに先に現れないなんて、何か考えがあったのかな?」

「分からない。確実な情報が殆ど無いからな、推察したくても無理だ。妄想にしかならない」

 重要な物が二度と手に入らなくなる可能性がある中動かないなど普通はあり得ない。

 どうにかして全ての衣装を集める方法があるのかもしれないがこちらにその手掛かりはまだ無い。

 奴らの行動は不自然でそこから導き出されるのは何か意図あること、それだけだ。

「話を進めるぞ。二つ目の理由は、奴らの手元に花嫁衣装が揃わないようにする為だ。奴らはある理由から衣装を狙っているってついさっき言ったな?」

「うん。何の為かは想像できてないけど」

 彼女はウェディングドレスに目を向ける。暗闇で光る青薔薇の模様があるところ以外は特に変わったところは無い、ただの美しい衣装だ。

「その、嘘だと思うかもしれないが全て聞いてほしい」

 彼女はこちらを見つめ直して頷いた。

「これが全部集まった時選ばれた人間があることをすると大変なことが起こるらしい。それこそ世界が滅ぶような。奴らはそれを起こそうとしてる」

 冗談や物語の設定としか思えない内容。やはりと言うべきか開いた口が塞がらないようだ。

「これを知って数年は経つが正直、俺もまだ信じ切れていない。なんせ、父さんの手記にそう書いてあるだけだからな」

 手にある手記を捲り、それが書かれているページの文を指しながら見せる。

『全ての青薔薇の花嫁衣装を選ばれし者が身に着けあることをすると、世界が滅ぶ厄災が始まる』

 父さんの文字でそう記されてはいるが曖昧で、あることの内容や具体的にどんな被害がもたらされるかなどは分からない。

 父さんの手元にある手記、あるいは父さんが調べていた古文書にはもっと情報が載っているかもしれない。だが、手記もその古文書もここには無い。父さんが勤めていた研究所にあった文明の資料はあの事件で粗方無くなってしまった。残った物も証拠品として警察署に預けられている。

 まだ読んでいない図書館や教会の本に書いてあるかもしれないが、載ってないまたは翻訳されていない可能性もある。古文書の原本があってもサクトゥリヒ語は全く読めないが。

 そもそも本に記されていること全てが真実だとは限らない。

 ある小さな事件が誇張して後世に伝わった、なんてよくある話だ。

 ただ万が一これが本当だった場合、衣装が奴らの手に回ると世界が最悪なことになる。

「到底信じられないけど、可能性はあるかも。青薔薇の花嫁衣装の情報は、一般人には、サクトゥリヒ・シュテラ文明の遺物ということしか公開されていない。この手の研究をしていたエメロード博士しか解明していない何かがあってもおかしくない」

 どうにかして話を呑み込もうとしている。

 世界が滅ぶだの何だの、現実味の無い話を聞かされたら誰だってこうなる。

「世界規模でうんぬんはさておき大変なことは起こる思う。そうじゃなかったらアイツらがわざわざ博士達を誘拐する必要が無いもの」

 彼女は首を傾げていたのを元に戻した。

「ちなみに、博士は奴らのことや自分達が狙われていることを知ってたの?」

「あぁ、この手記に書いてある」

 そのページを開き情報の載った文を指す。

「本当だ。……そういえば花嫁衣装やアイツらについて書いてあるのにこの手記は盗られなかったんだね。研究所に置かれてなかったの?」

「その通り、これはこの部屋の奥の棚の絡繰り箱の中にあった」

 その箱の前に彼女を連れて行く。彼女は箱を見るや否や目を見開く。そして箱を弄り始めた。

「これ、お父さんの作品かも。仕掛けもデザインも、家で見る絡繰りと共通点があるし……。もしそうだとしたら、お父さんは博士の手記を直接受け取った、つまりこのことを知っていたってこと?」

「恐らくな。父さんにとって、昔からの親友であるおじさんは十分信頼できる人物だ。文明についての専門知識がある同僚の人達の次に情報を託そうとするだろう。そして今度はおじさんが誰かに繋げる為にこの箱に隠したといったところか。直接渡せば奴らに気付かれる可能性もあるからな」

 絡繰り箱は複雑で解くのに時間が掛かる。それに加えて棚に固定されているため、持ち出すことができない。手記を読むには仕掛けを解くしかない。

 これだけ厳重な警備なら、奴らを止める手掛かりが無くなってしまうことを防げる。

「その誰かは君じゃないよね。博士もお父さんも君のことをすごく大切に思っているから、積極的に巻き込もうとはしないだろうし」

「そうだろうな。実際、箱や事件についておじさんから何か伝えられたことは一度も無かった」

 五年前に母さんが神隠しに遭った時、探しにいこうとした俺を父さんは全力で止めた。南の森近くの廃墟に捕らわれていると思って、黙ってそこへ向かった時は、顔を真っ赤にしながら一時間以上説教するほど怒っていた。そして泣きながら俺を抱き締めてくれた。あの温もりは今でも覚えている。

 おじさんは三年前のあの時俺を救ってくれた。一人になった俺を引き取って自分の家に住まわせてくれた。怪我で満足に動けない中、事件に首を突っ込もうとした俺を何度も止めてくれた。本当の息子のように思ってくれた。

 そんな二人が俺に情報を真っ先に伝えるなどありえない。

「多分俺の親族の大人達だ。何人かはよくここを出入りしていた、絡繰りを解けそうな人もいる。父さんを通じて交流もあった。箱のことを伝えていてもおかしくない」

「でも君が開けるまで手記が中にあったということは」

「あぁ。来る前に皆神隠しに遭ってしまった。おじさんはこの最悪の場合も想定していたんだろう。俺を巻き込みたくはないが世界の命運が掛かっている以上、真実を知る人間がいないとまずい。自分という監視の目がなくなった後、俺が父さんを救う為に家の中を片っ端から調べるのは目に見えていただろうしな。だからこんな形で情報を残したんだろう」

「成程」

 彼女は納得した様子を見せた。

「あ、ごめんね、また話遮っちゃって」

「問題無い。次は奴らについてだな」

 ただ、それに関しては少ししか記されていない。

 何の為に厄災を起こしたいのかなどは俺も分からない。そもそも手記の情報は必要最低限のことしか無い。絶対に伝えておくべきことのみ先に書いて、後から判明したことを随時更新していく予定だったんだろう。その前に連れ去られてしまったが。

 今以上の情報を得るにはやはり奴らを問い詰めるしかない。

「ここにある情報は、奴らの仮面のマークと、五年前から起きている花の精霊の神隠しの元凶が奴らだってことだ」

「神隠しの、元凶?」

 黒い十字架が描かれたページを開く。あの時、俺が満足に動けなくなった原因。

 彼女はページを覗き込み、十字架の効果についての説明文を目で追っていく。

 確認の為に口に出して説明することにした。

「この十字架を使ってある儀式を行ったことで、世界中に黒い霧が発生し、各地で人が突然消える怪奇現象が起きるようになった」

「何故そんなことを? 自分達を邪魔する人間を消す為?」

「そうだろな。行方不明になっているのは警察官に多い。ただ民間人もいなくなっている、戦闘能力の高さなどを問わずな」

「目的の障害とならない人物も消してる、何の為に?」

「分からない。碌な理由じゃないのは確かだ、神隠しも解決しないとまずいことになる」

 厄災を起こす引き金となるあることに関係していると考えられる。もし、あることが命を奪うような行為だったら大量虐殺が起こる、大変なことになる。

 そうでなかったとしても厄災が始まってしまったら、まだ消えていない人間も含めて、大勢の人間が被害に遭う、最悪死ぬ可能性がある。

 不透明なことが多いが止めなければならないということは明確だ。

 さて、あと話さなければならないことは。ページを全て捲る。伝えていないことはもう無い。

「俺が言うべきことはこれで全部だ」

「そう。今までの話を纏めると、君は博士を連れ戻す為、神隠しを終わらせる為に怪盗をしている、それでいいんだよね」

「あぁ。ごめんな、全部秘密にしていて、幼馴染みが実は犯罪者で」

 リュビスの顔を見れなくなる。

 次の言葉が出てこない

「確かに、君が盗みをしていることは凄くショックだった。でも博士や神隠し、これら全部を解決するには正規の手段じゃどうにもできなかったんじゃないかとも思うよ」

 落ち着いたトーンでリュビスが話し出す。

「いや、他に方法はあった筈だ、もっと考えていれば。父さんを見つけようと急いで、それを無いと決めつけて盗みに手を出した。俺はただの馬鹿だ」

「多分まっとうな手段なんて無いよ。警察は神隠しの調査や増えた傷害事件とかの対処に人員を割いてる、警察官の数も減っている。それにただの学生である君を、警察や花嫁衣装の所有者達がまともに相手にしてくれるとは思えない。博士の手記も曖昧な部分が多いし」

 俺が泥棒になった経緯を推測している。

 実際、父さんの手記を神隠し解決の手掛かりになると言って警察に突きつけたが、軽くあしらわれて返却された。

 奴らの、父さんを誘拐した犯人達の説明をした時も、仮面を付けたカルト教団みたいな連中がいるわけない、頭を強打した影響で記憶が混濁してると判断された。

「協力してほしい大人が頼れないと分かったら、独りで全部抱え込んでしまうだろうし、そうならざるを得ないと思う」

 そう言った後、彼女は浮かない表情をした。

「どうかしたか?」

「いや、よくよく考えてみると、皆がこの事件を解決しようと頑張ってる中私は何もしてこなかったんだなって。もし自分からいろいろ調べていたら、君一人が全てを背負うことは無かったかもしれない。皆を救う手掛かりをもっと得られたのかもしれない。謝るのは私の方」

「違う。俺がお前を巻き込みたくなかったから一人でやっていただけだ。本当は頼るべきだったのに黙っていた」

 俺が何をしたところで、正体がバレなかったとして、奴らがリュビスを狙う限りいつかはこうなっていたようだ。それなら予め真実を打ち明けた方が良かったのかもしれない。

「兎に角、これからは協力させて、私にとっても他人事じゃないから」

「だが」

「戦いに巻き込まれることになってもいい、アメティス一人に全部任せっきりなんてもう嫌」

 リュビスは語気を強める。

 これは何を言っても折れてもらえないやつだ。俺が否と言っても一人で勝手に動くだろう。

 危ない真似や無茶はしないと思いたいが、必要と判断したら彼女はやるだろう。

 了承せざるを得ない。

「……分かった」

「よかった、聞き入れてもらえて」

「ただし、囮作戦とか単身で奴らと戦うとか、そういった危険なことは絶対にするなよ。いいな」

「それ、アメティスにだけは言われたくない」

 やめろ、こっちを睨み付けるな。反論しなければ。

「いや、俺はある程度自衛できるから問題無い。お前の場合魔力が残っている間はいいとして、底を尽きたら何の抵抗もできなくなるからな。力で攻められたら絶対に勝てない。お前が捕まったらまずいことになる、絶対にやるなよ」

「流石に自分から危険に飛び込むことはしないよ、余程のことが無い限りは」

「だからその余程のことが起きてもやるな。返事」

「は~い、分かりました……」

 彼女は口を尖らせながら答えた。

 本当に分かってるのか? 俺の気付かないとこで勝手に計画立てそうで怖い。当分目が離せない。

「そういえば、これからどうしよう。まだ家に帰れないよね」

「あぁ、奴らは血眼になってお前を探してる筈だ、今日帰るのは諦めた方がいい。今夜はここに泊まっていけ」

「えっ、いいの?」

「そうするしか無いだろ」

「ありがとう、お言葉に甘えて泊まらせてもらうね」

「あ、服は母さんのがあるからそれ使え。水道もガスも通ってるから、夕飯が喰えないこと以外不便は無い筈だ」

「うん、分かった」

 部屋を出ていくリュビスを見送る。

 さっき、この状況でなかったら許されないようなことを言ったような気がする。

 自覚したら顔が熱くなってきた。

 いやそんなことはどうでもいい。

 ガラスケースの蓋を外し、ブレスレットの隣にネックレスを並べる。

 ふと部屋を見渡すと、部屋の中に黒い霧が立ちこめている。ここに霧が入ってきたことは一度も無い、霧が入ってきそうな隙間も無い。

 大学にいた時と同じ現象。

 今回だけ発生している。今までと違うことはリュビスがこの部屋に入ってきたことだけだ。

 さっきまでこの部屋にいた、もしくはあったのは、俺とリュビスと花嫁衣装。

 まさか彼女を衣装に近付けたから?

 そうだとすると、大学でも花嫁衣装があったということになる。何処に?

 いやちょっと待て。先に明日からどうするべきかを考えた方がいい。

 これから彼女には常に危険が付き纏うことになる。人目の多い授業の時や日中に襲われる可能性は低いだろうが、万が一ということもある。

 俺が常に守れればいいが実際は無理だ。手掛かりの調査などで離れざるを得ない。俺一人ではいつか限界が来る。

 サフィールの顔が脳裏を過った。彼はあの数の人間に太刀打ちできる実力を持っている。それに、俺に何かあってもいいように予め事件の情報を纏めた手紙を渡している。協力者として適任だ。

 都合の良い時だけ利用しているようで申し訳なくなるが、手段を選んでいる場合ではない。

 多分まだ起きているだろう。テレパシーを送る。

「おーアメティス、どうした? こんな時間に」

 犯罪者の親友にしてしまった罪悪感などが心を締め付けてくる。

「その、手紙のことなんだが」

「手紙? ってことは」

「あぁ、あれを今すぐに全部読んでほしい」

「お、やっとか。気持ちの整理が付いたのか?」

「まぁそんなところだ」

 気持ち云々というより全てを明かさなければならない状況になっただけだが。

「嘘だと思うような内容もあるが、全てに目を通してほしい」

「了解」

「あと、読み終えたら連絡してくれ、そこに書いてないことも伝える」

「おう。活字はあんま得意じゃねーけど、お前なんか切羽詰まった感じだしなるはやで読むわ。じゃ後でな」

「あぁ」

 テレパシーが切れた。

 これで現状は理解してもらえる筈だ、協力してもらえるかは別だが。

 再び、この黒い霧の方に思考を巡らせる。

 大学で霧が漂っていた時、当たり前だが視界に花嫁衣装は映っていなかった。

 あの場にいたのは俺、リュビス、サフィール、そしてレオトポディウムさん。

 三人だけの時は何も無かった。

 レオトポディウムさんが現れてからだ。

 まさかあの人が花嫁衣装を隠し持っていた?

 俺の元に無い衣装は永遠の指輪だけ。指輪は何処の美術館にも展示されておらず、誰が所有しているかの情報が無い、あの人が持っている可能性もある。指輪ならポケットなどに忍ばせることができる。

 だとしたら何故あの人は指輪を持ち歩いていた?

 普通遺物をそんな風に運ぶことは無い。研究資料として大学に貸し出すのなら、箱などに入れる筈だ。あの人はそんな物持っていなかった。殆ど手ぶらに近い状態だった。

 花嫁衣装を隠し持つ理由。

 何故花嫁衣装はリュビスに反応した。

 手記の文、選ばれし者という言葉に目が行く。

 花嫁衣装がその人物を特定する探知機のような役割を持っているとしたら?

 つまりリュビスは選ばれし者ということになる、奴らに狙われる十分な理由だ。

 それなら奴らはどうやってリュビスがそうだという確証を得た。

 レオトポディウムさんが指輪を持っていたと仮定する。大学内で発生した霧を奴らが目撃した?

 あの場に人が身を潜められる空間は無い。

 他の可能性。ある考えが頭の中に浮かぶ、同時に血の気が一瞬引いた。

 レオトポディウムさんが奴らの仲間である。

 滅茶苦茶な説、無いだろ流石に。

 そもそもあの人が指輪を持っていたとは限らない。

 奴らが指輪を密かに有していて、魔法で姿を消した状態であの場にいた、その方がまだあり得る。

 ただレオトポディウムさんが奴らの仲間だとしたら、奴らはかなり自由に、有利に動けるだろう。

 まずあの人は財力も人望もある。必要な物は大抵揃えられる。父さんを監禁する部屋も。

 交渉で所有者から花嫁衣装を借りることもできる、わざわざ組織の雑魚を使って強奪する必要が無い。

 恐らく警察組織との繋がりもある。企みを行う上で警察は邪魔だ、警察官の数はいなければいないほど良い。内情を知っていれば、優先的に消すべき人物の目処を立てられる。

 それにあの人は父さんの研究や能力などに詳しい。父さんがサクトゥリヒ語などの古代文字が読めることは周知の事実だ。さらに厄災を防ぐ手段があったとして、もし父さんがそれを解明していたとしたら、その研究結果をあの人が見ていたとしたら邪魔する存在とも判断するだろう。

 この二つの理由で拉致したと考えられる。

 そしてあの人は父さんに、エメロード・ハウトゥニア博士に息子がいることを、俺の存在を把握している。

 三年前のあの現場にいたとしたら、俺が父さんを連れ戻そうとすることも予想が付くだろう。

 俺がヴォルール・ド・マリエであることも勘付いているかもしれない。

 この家の場所も知っていたとしたら他の花嫁衣装がここにあると想定し、時期を見計らって奪いに来るだろう。

 地面に埋めるなり、海に沈めるなりして何処か別の場所に衣装を移したとしても、十分すぎる人員と機械によってすぐに発見されるだろう。

 俺に不利な要素が多い。まぁ、ここまで全て俺の妄想でそうだと決まったわけじゃない。

 あの人が敵だという証拠は何一つ無い。あの時たまたま近くいた、なんとなく怪しい、それだけだ。

 でも、調べるだけ調べるのはありかもしれない。

 レオトポディウムさんが奴らと関係を持っている確証を万が一にも得られたら、この状態は進展するだろう。

 父さんの手掛かりを得る機会は今のところ殆ど無い。花嫁衣装も指輪以外全て盗んでしまった。それにこれまで一度も美術館に奴らは現れなかった、そこで接触するのは無理だ。

 奴らが俺の前に姿を見せるのはリュビスを襲う時だろう。奴らを全員気絶させて、誰かしら捕らえて尋問あるいは拷問すればいつかは吐いてくれるだろうが、現実的に考えてまぁ不可能だ。

 わざわざリュビスを長時間危険に晒してまでやることでもない。

 でも、父さんや神隠しに遭った人達の居場所、黒い十字架への抵抗手段などは知りたい。

 なんとなくでも試してみるか。全く根拠の無いことでも、もしかしたら。

 少なくとも、街で怪しい仮面の集団について地道に聞き込んで、「知らない」、「分からない」という答えで落胆するだけの現状よりはマシだ。

 明日から調査を始めるか。明日と明後日は休日だからかなりの時間を費やせる。大学は人が減るだろうが、誰かしらはいるだろう。

 あと行くべき場所はあの人の自宅周辺か? 高級住宅街の何処かだろうがそれだと範囲が広すぎる。家の具体的な位置も聞き出さないとな。

「おいアメティス、起きてるか?」

 サフィールの声。

「起きてる、手紙読み終えたか?」

「勿論、吃驚しすぎてまだ呑み込めてはねぇけど」

「そうだろうな。でも全て真実だ」

「わーってるよ、お前が法螺を吹いてねぇってことは。手紙の話になるといつもの三割増しで、真面目で暗え顔するし」

「なら、いい」

「とりあえず、お前の親父さんが怪しい奴らの所為で大変な目に遭ってて、お前はそれを何とかしようと頑張ってるってことは分かった。今まで何も知らなくて、気付いてやれなくてごめんな」

「お前が謝ることじゃない」

 俺が勝手にやって、勝手に手を汚して、誰にも打ち明ける勇気が無かった。

 ただそれだけだ。

「で、さっき手紙に書いてないこと話すって。かなり焦って、何かあったのか?」

「あぁ」

 軽く息を吸う。

「リュビスが、父さんを攫った奴らに狙われている」

「……は? それ、マジで?」

 彼の声から明るさが消えた。少ししても次の言葉は聞こえてこない。

「冗談なんかじゃない。さっき、彼女が奴らに襲われているのを目撃した。どうにか助け出したが、次またいつ狙われるか分かったものじゃない」

「それ、ヤバくね?」

「かなりな。だから――」

「俺も協力する、何すりゃいい?」

「頼む前に即決するな、お前も危険な目に遭うんだぞ。実際、俺達は戦闘になった。回避できなかったら重傷を負うような攻撃が何度もあった」

 下手したら死ぬ可能性だってある。そんな重大なことを即決させられない。

「そんなん分かってて言ってんだよ。つか、そんなヤベぇ状況いくらお前でも一人じゃ太刀打ちできねぇよ。だから今俺に話したんだろ? 俺はお前らの力になりてぇ、今まで何もできなかった分も含めて。お前が嫌だって言っても無理矢理ついてくからな」

「後悔は無いな? 引き返すなら今のうちだ」

「だーかーらー、協力するって! やらない後悔よりやって後悔の方がマシだ。それにこれ以上黙って見ているだけは嫌だ、親友達が危険な目にあってんのによ」

 なんで俺の周りは危険を顧みない人間が多いんだ。

 これは俺が何を言っても聞かないな。ついさっき同じようなことが起きた気がする。

「わかった。これからよろしく頼む」

「よしっ! 分かってくれたようで何より。いやー、全部一人で解決しようとするお前がようやく人を頼ることを覚えたか。親友として嬉しいことこの上ねぇよ。で、これから俺は何すりゃいい?」

「これからか。とりあえず明日の朝十時に俺の家に来てくれ。リュビスも交えてこれからについて話そうと思う。奴らの調査とか、彼女のこととか」

「了解。そんじゃ、明日に備えて寝るわ、おやすみ」

「おやすみ」

 テレパシーが切れた。

 これからか。二人に無茶はさせられない、少なくともヴォルール・ド・マリエの活動をやらせるのは絶対に駄目だ。

 命を落とす可能性、奴らに捕まる可能性が高い提案をされたら勿論反対するが、納得してくれるかどうか。上手いこと妥協点を見つけるしかない。

 あ、リュビスに何も相談せず一人で決めてしまった。

 とやかく言われることは無いだろうが、知らない内に話が進んでいたら驚くだろう。

 報告する為に階段を上がる。

「戻ってくるの随分遅かったね、何かあったの?」

 風呂上がりで濡れた髪を拭きながら、寝間着姿のリュビスが向かってくる。

「サフィールにも事情を説明しただけだ。それと、これからのことを相談したくて、アイツに明日の朝ここに来るよう頼んだ」

「そう」

「悪いな、勝手に決めて」

「大丈夫、明日は元々暇だったし。私もちゃんとこれからどうするかを話し合いたいから」

 彼女はふと時計の方に顔を向ける。

「もうこんな時間。明日朝早いしお湯も冷めちゃうから、お風呂入った方がいいよ」

「あぁ」

 時計は十二時を過ぎていた。風呂の準備の為に自室に行く。

 今日はいろいろありすぎた、ゆっくり休める気がしないな。

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