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青薔薇の花泥棒 三話「深夜の逃走劇」

 建物の上を跳んで走って、時間が過ぎた。

 これだけ離れていれば屋根の上で追跡するのを諦めるだろう。範囲内に入ってこられる心配は無い。認識と消音の魔法を掛ける。

 今の時刻は二十一時くらいか、この時間になると殆ど人は出歩いていない。

 あとは無事にネックレスを家に運ぶだけ。

 念の為人気の無い路地裏の方に進む。建物の高さが低くなっていく。

 ん? あれは何だ。黒髪の女性がローブの集団に追いかけられている。

 もしかしてあれは――。

 道に降りるのと同時に赤薔薇が集団を薙ぎ払ったのが映った。

「しつこい、来ないで、近付かないでください!」

 聞き慣れた声。

 声と赤薔薇の先には、リュビスがいる。

 彼女の左手には杖が握られている。杖の先では魔法文字が浮かんでいる。

 なんで。どうして彼女が此処に、何故戦っている。

 いや、理由はどうでもいい。彼女を守らなければ。

 炎の壁を作り集団の妨害を防ぐ。炎の道から彼女の元へ向かう。

 集団の顔は、蝙蝠の羽が生えた黒い蛇の面で覆われている。

 あの時と同じ。三年ぶりの再会。

 美術館には来ないくせに、なんで俺の大切な人のところにはいるんだ。

 父さんの居場所やらあれこれ吐かせたいが、今はリュビスの安全確保が先だ。

 彼女と敵の間に立ち、二本の剣を抜く。

「貴方は一体。私を助けてくださるのですか?」

 問いに頷く。声が聞こえてはいけない。呪文の声量には注意しなければ。

 彼女に襲いかかる奴らに一太刀浴びせていく。

 リュビスは連れて行かせない、指一本触れさせない。

 黒い十字架を持った奴が現れる前に、ここから逃がさなければ。

 だが、幻覚魔法を使うには距離が近すぎる。

 今回は囲まれていない。右手の剣を納め、彼女の耳に入らないくらいの声量で呪文を唱え、敵の目の前に岩石を落とす。その後すぐに彼女の腕を掴んで逃げる。

 俺が来る前にかなり追い回されたのか、リュビスの足はもつれている。

 三、四度砕ける音がした。もう突破された、数の暴力は恐ろしい。

 距離を確認するために振り向くと、敵が魔法の火の球や水の球をこちらに放とうとしている。

 威力はまちまちだが、どれも重症を負うほどではない。だが全てまともに喰らったら満足に動けなくなるだろう。少なくとも打撲で全力疾走はできなくなる。

 このままでは逃げ難い。彼女の腕を離し、左右の手それぞれに剣を持ち構える。

 数多の魔法弾が飛んできた。水の壁を張って火の魔法を打ち消し、残った魔法弾を剣で魔法を跳ね返す。跳ね返った魔法で敵が何人か気絶した。

 リュビスも様々な魔法で援護をする。的確な場所に魔法文字を書いて氷の壁を生み出し、奴らの攻撃を防いでいく。的確なタイミングで詠唱して風吹かせ、弾道を逸らしていく。

 逃げながら攻防をしているが、さっき広がった距離がまた縮まる。

 斬れなかった球が俺の肩や腕を掠める。この程度なら動ける。再び魔法弾を対処する。

 頬に生暖かい物が流れる感覚。それと同時に鉄の臭いが鼻を擽り始める。

 ナイフが飛んでくる。これは流石に全てまともに喰らったら大怪我を負う。運が悪いと死ぬ。

 強風を発生させて跳ね返す。風に巻き込まれなかった物は剣で防ぐ。

 俺の風と刃に触れたナイフは砂になって地に落ちる。リュビスの水流がナイフを押し流す。

 それでもまだナイフが来る。

 明後日の方向に投げられたナイフの軌道が曲がって俺の方に向かってくる。俺だけを追尾するようになっている。リュビスに刺さる心配は無さそうだ。死なれると困るからだろうか。

 数が多い。対処しきれなかったナイフが俺の身体を切り刻んでいく。

 鉄の臭いが濃くなっていく。身体のあちこちから血が流れ服を濡らす。

 集団の中から一人が飛び出しリュビスに手を伸ばす。

 させるか。

 彼女との間に割って入り、敵の腹に回し蹴りを腹に喰らわす。敵は地面にうずくまる。

 汚い手でリュビスに触るな。

 ナイフと魔法球が止む。魔力が切れたか。

 奴らの頭上で雨を降らせ水浸しにし、雷を落として感電させる。これくらいで死にはしない、痺れて少しの間動けなくなるだけだ。

 リュビスの魔法陣が奴らの頭上に現れ、そこからいくつもの氷柱が降りかかる。

 これなら逃げれる。リュビスの手を引いて走る。

「あっ」

 彼女が転びそうになった。戦闘と逃走でだいぶ疲労が溜まっているようだ。

 息切れも激しい。これ以上走らせるのは厳しいな。彼女の背中と膝裏に腕を回して抱え上げる。

「え? ええっ!」

 怪しい格好の男にこんなことされたら戸惑うのも無理はない。それでもこの状態で逃げる。

 リュビスは暴れずに、俺の首の後ろに手を回して肩につかまる。恐らく、自分で走るよりこのままの方が逃げ切れると判断したのだろう。

 振り向くと奴らとの間に十分な距離ができているのが分かる。これなら何処かで幻覚を使って撒ける筈。

 暫くすると非常階段が目に入った。屋根に逃げ込むか。

 ネックレスの時と同じように俺達の身体に俺達の幻を重ねる。次に俺達本体の姿を消す。奴らに映るのは幻だけ。幻はそのまま真っ直ぐ道を突き進み、俺達は階段を駆け上がる。

 敵は幻を追い掛けていく、上手くいったようだ。

 俺達は屋上まで上り、別の建物の屋根に飛び移って奴らから離れる。

 奴らの姿が視界に入らない場所に来た。一度リュビスを下ろす。

 傷だらけの身体で動き続けるのは流石にキツい。軽く傷を塞いでおきたい。

 リュビスの視線。申し訳なさそうな顔で俺を見つめている。今にも泣き出しそうだ。

「ごめんなさい、私を守った所為で怪我を負わせてしまって。手当てしますね」

 距離を詰めてくる。

 強い風が急に吹き、彼女の髪が何度か俺の顔に当たる。

 顔が軽くなる。硬い何かが服の上を滑り落ちていく。

 足下に紐が切れた仮面とネックレスが落ちている。

 俺が身に着けていた仮面と真実のネックレス。

 リュビスの目が見開いている。俺と地面を見比べる。

「あ、アメティス。なんで? どうしたの、これ」

 リュビスの顔色が青ざめていく、幼馴染みが世間を賑わす泥棒だと知ってしまったから。

「……ごめん」

 言葉を詰まらせた後、謝罪しか出てこなかった。

 顔を見られた。いや顔だけならまだ言い訳ができた。盗品も目撃されてしまったらどうしようもない。 逃げることはできない。

 この高さでリュビスを置いていくわけにはいかない。放っておいたら奴らに捕まるかもしれない。

 一緒にいるしか選択肢が無い。

「まずは手当、しないと」

 リュビスは何度か呪文を間違える。ようやく彼女が正しい呪文を唱えると、傷口が淡く光り痛みが和らいでいく。

「大丈夫? 痛くない?」

「問題無い」

「よかった。……あの、言いにくいかもしれないけど、答えてほしい。君は、泥棒なの?」

 嘘は吐けない。

「そうだ。俺は街を騒がせる泥棒、ヴォルール・ド・マリエだ」

 彼女は息を呑んだ。唇が震えている。

「そう、なんだ」

「あぁ。それを訊いてどうする? 俺を警察に――」

「そんなことするわけないでしょ」

 さっきまで震えてか細かった彼女の声に力が籠もり、俺の言葉を遮る。

「私をアイツらから庇ってくれたし。君のことだから何か理由があるんだと思う」

 理由はあるが、手を汚していることに変わりはない。

「どうしてこんなことしてるのか教えてくれる? 勿論無理にとは言わない」

 どうすべきか。

 俺が泥棒であることは知られてしまった。つまり隠したい事実は無くなった。リュビスは奴らに狙われている。これからも襲われ続けるかもしれない。理由も不明なまま追われるのは怖いだろう。

 彼女も巻き込まれた人間だ、全てを明かすべきだ。

「分かった。全部、話そう」

「うん、ありがとう」

 リュビスは優しく微笑んだ。

「話すと長くなる。見せるべき物もあるし、俺の家に場所を移そう」

「了解」

 返事を聞いた後、足下の仮面とネックレスを忘れずに回収する。

 視線をそれらから彼女に戻すと、彼女が辺りを見回しているのが映る。

「どうした?」

「屋根の上、自分で移動できるか見てたの。急な坂になってたり、屋根同士の間が結構離れてたりしてる。私の運動神経じゃ絶対に無理。だから、さっきみたいに運んでくれる?」

「あ、あぁ。別に構わない」

 元からそうするつもりだったが、まさか自分から頼んでくるとは。

 先程のように彼女の背中と膝裏に腕を回し、胴体と脚を支える。

「いくぞ」

「うん」

 合図を出して持ち上げる。リュビスは先程と同じように俺の肩につかまり、身体を密着させる。

 魔法を掛け直してから移動したいが、逃走と戦闘で魔力が底を尽きそうだ。

「リュビス、悪いが俺の代わりに認識阻害の魔法を掛けてくれないか?」

「いいよ。君のようにはいかないかもだけど」

「いやお前、俺より魔法得意だろ」

「ふふっ、褒めても何も出ないよ」

 彼女の詠唱が終わるのを確認した後、地面を蹴る。

 俺は犯罪者で手を汚しきっている。こんな風に彼女に触れる資格など本来具有していない。

 それを知っても彼女は俺を罵ること無く、そうなった背景を理解しようとしてくれている。

 それだけでなく、こうして身を委ねてくれている。

 それだけ信頼されているのだろうか? それとも彼女が優しすぎるだけなのか。

 答えを出せないまま夜空の下を駆けていく。



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