青薔薇の花泥棒 三十話「未だ晴れぬ」
宝具のハイヒールを回収した後、次の満月が来るまで俺の家の地下で厳重に保管した。
そしてこれから何をすべきか再確認した。
今できることは二つ。
一つ目は花嫁衣装の薬の材料の回収。リュビスの家で見つけた手記のお陰で、全ての材料の在処と作成手順は分かっている。比較的近くにある材料なら大学がある日でも採りにいける。材料が揃うのはそう遠くないだろう。
二つ目は戦闘訓練。新郎の衣装の一つ、ラペルピンを得るには、塔の謎解きを攻略し、最上階にいるモンスターを一人で倒す必要がある。
謎解きの方はどうにかヒントを得られた。どうやら、剣、槍、弓、爆弾、ブーメランがいるらしい。
これらの扱いは慣れていない、授業で少しやったことがある程度だ。そのため、問題無く使えるようになるまで練習することにした。
昼休みにサフィールに練習のことを伝えた後、弓を借りて射場に向かう。
今日はもう講義は無い、練習時間は五時間程取れる。今日だけでかなりの向上が見込めるな。
しかし喜べない、この練習時間は担当教授が全員神隠しに遭ったことでできたからだ。早く一連の事件を終わらせなければ。
弓の弦に矢を番え、的の中央に狙いを定める。
ここだ。
矢を射る。矢は的の右端に刺さる。
外れたか。一発目からど真ん中とはいかないな。
ここから何発も打ち命中率の向上を目指す。
肩や腕の疲労がそこそこ溜まってきたところで一度時計の方に目を向ける。
練習を始めてから一時間くらいか、一度休憩を挟もう。
弓を置き、タオルで汗を拭く。
遠くから足音がする。来たようだ。
「よっ、どうだ調子は?」
「あんまりだな。現状、命中率は三割くらいだ。これじゃラペルピンの回収なんて夢のまた夢だ」
「いやいや、殆どはじめたてみてぇな状態で三割は十分凄ぇよ。目標の八割も結構早めに達成すんじゃね? 今後の練習ペース次第だけどな」
サフィールはそう言った後時計を確認する。
「リュビスの講義が終わるまで二時間くらいだな。時間無駄にできねぇし、さっさとやるか」
「あぁ」
練習を再開する。
外す度にサフィールが何やら叫んでいるが全て無視する。ところで、あんなに大声出してよく体力が保つな、いつものことだが。
矢を何度も放ち、その度に刺さった矢を回収する。
「お、もうそろそろだな。一旦片付けて迎えにいこうぜ」
「了解」
最後に射った矢を引き抜く。的にできた矢の跡を見ると少しはマシになったと思う。
矢と弓を一か所にまとめた後、必需品のみを持ち出しリュビスがいる講義棟まで向かう。
「いや~やっぱ普段使わねぇ武器の扱いはむずいな。ど真ん中に当たったの両手で数えられる程度、基本明後日の方向だわ」
「たまに俺の的に飛んできてたしな。一度俺が放った矢を弾いたこともあったか、あれには驚いた」
「それはマジでごめん」
互いの技術の現状について話しながら、俺達以外誰もいない道を歩いていく。
「あ、そうだ。話めっちゃ変わるんだけど、塔の謎解きについて新しい情報あるか? 弓とかブーメランとか、どんくらいの技術を要求されるかが分かれば練習期間短くできるだろ?」
「特に無いな。技術についてはそこまで高いものは求められていないようだが。少なくとも十回連続で的の中央に当てろとか、一センチ未満の隙間に矢を通せとか、そういったものは無いみたいだ」
「う~ん、神業みたいなのは必要無えみてぇだけど、そこそこの技術はやっぱいるよな。最低でもギリ戦闘できるくらいには鍛えとくか」
「そうだな」
そのレベルとなると動く的も正確に撃ち抜けるようになる必要があるな。闇雲に練習しても駄目だ。まだ弓術の先生は神隠しに遭っていない、近いうちに助言を仰いだ方がいいだろう。
「塔のこと聞いたついでに俺も調べたこと報告しとくわ。櫛が隠されてた神殿で見つけた手紙のこと覚えてるか? 黒い十字架の効果を打ち消す呪術の手順や使用する薬について書かれてたヤツ」
「あぁ」
「古文書の一冊に同じ文が書いてあった、黒十字の効果しか打ち消せねぇってところも含めてな。あの情報は信用しても良さそうだ」
「それなら早い内にその薬を作った方がいいな。たしか材料はそこまで珍しい物ではない筈だ、遅くても来週末までにはできるだろう」
「じゃ、なるはやで集めるか。あ、そうそう、花嫁衣装の薬の材料もぼちぼち揃ってきてるぜ」
「了解、そっちも練習の合間に回収しとこう。調合の日程は後でリュビスと話し合う」
「おう。決まったら報告してくれ、前みたく手伝うから」
サフィールはそう答えた後溜息を吐いた。白い息が宙に溶けていく。
「どうした」
「いや、いつまで経っても謎のままなことがいくつかあって何かモヤモヤすんなーって。今言った黒十字の手紙とか、花嫁衣装の薬の材料を集めてる正体不明な奴とか、特にこの二つだな。ほぼ手掛かりが無えからどっちも何処の誰だか分からねぇ。一応、薬の方はレオトポディウムさんと同じ香水っていう情報はあるけど、そんだけだ」
「遺跡や採取場所の調査や聞き込みはやっているが、未だ収穫は無いな」
今まで調べた遺跡や採取場所に隠された物は無かった。
レオトポディウムさんと同じ香水を身に付けた人物は何人か見つけた。しかし、「サクトゥリヒ・シュテラ文明に関する本を取り扱っている図書館を知らないか?」と尋ねると、全員「分からない」と返した。文明自体知らない者が殆どだった。
今の方法ではその人物に辿り着くのは夢のまた夢だ。
店に侵入して顧客情報を盗むか?
いや、購入した者がその香水を使うとは限らない、プレゼントの可能性もある。
それに店舗数も多い、全て回るのは現実的じゃない。
「つか、その香水の奴は俺らのこと知ってんのか?」
「あぁ、そうだろうな」
「そりゃなんで?」
「俺達の行く先々でその香りがしていることが根拠だ。香水の持続時間は長くて七時間くらいだ。俺達の動向を把握していなければ、タイミング良く香水を撒いて自分の存在を俺達に気付かせることなんてできない」
「成程な。それじゃあソイツはどうやって俺達の情報を得たんだ? 四六時中監視するなり盗聴器使うなりしてるってことか? でもそれならお前が気付きそうなんだよな。あとそんだけのことしてたらもっと踏み込んだアクションしてくるだろ」
「分からない。一応家の中に盗聴器が無いかは確認するべきだな」
俺の家とリュビスの家、どちらも誰かが侵入した痕跡は今まで見られなかった。その道のプロがやった可能性と盗聴器以外の方法で情報を集めている可能性がある。
サクトゥリヒ・シュテラ文明の十分な知識、レオトポディウムさんと同じ香水を何本も買えるほどの財力、自分の痕跡を完全に消しつつ目的の物を得る情報収集力、それら全てを兼ね備えた人物もしくは集団がいる。
こちらから正体に迫る方法は無いに等しい。組織以上に不気味な存在だ。
「あ、話変わんだけどよ、あと一つ気になることがある」
「何だ?」
「どうして組織の奴らは俺達をさっさと殺さないんだ? 黒い十字架使って俺らの動きを止めれば簡単に始末できるだろ?」
「十字架の効果を発動するのに条件があったとしても、その条件を満たした時に実行すればいいだけだからな」
「敢えて殺さねぇ理由か。パッと思い付いたのは、花嫁衣装と紅い月の雫の在処を吐かせる為くらいだな。でも俺らがいなくてもリュビスさえいれば何とかなるからその説もほぼ無えか」
リュビスが花嫁衣装に近付けば街に漂っているものより濃い霧が発生する、彼女自身が衣装の探知機になっている以上俺達の存在は必要無い。
俺達の情報が必要になるとしたら紅い月の雫を探す時か、こっちは衣装のような機能が付いていないからな。
ただレオトポディウムさんとは長い付き合いだ、俺の考えなどある程度分かるだろう。そうでなくともただの学生が盗品を隠せる場所など限られている、街中の人気の無い場所や遺跡をあの人数で片っ端から調べればいつかは見つかる。
殺さない他の理由か。
今までの記憶を振り返る。
奴らのアジトに潜入した時に聞いた発から考えると一応あの可能性があるのか。
「奴らが父さんの協力を得る為に俺達を生かしているのかもな」
「あーそれ一番ありそう。でもお前の親父さんが拉致られる時、アイツらお前を殺し掛けてんだよな。お前が気ぃ失ってる間にその契約が取り付けられたのか?」
「可能性はある。ただ、その約束を組織が守る必要も無いように思える。奴らは既に必要な情報を全て得ている、父さんは念の為側に置いているようだった。また、父さんが外を確認する術は無い、俺達を殺してもバレないだろう」
「う~ん、考えれば考えるほど謎が深まるなぁ」
「不明瞭なことは確かに多い。それでもやれることをやるだけだ」
「そうだな。調査やら何やら進めてけばその辺も明らかになってくよな」
俺達のすべきことは変わらない。情報を集めて実行し、奴らの計画を止める、それだけだ。
「取り敢えず、香水の調査は範囲を広げた方が良いな。あと、こういった調査は俺が全部引き受ける。お前は薬の調合に集中してくれ」
「全員でやった方が早いだろう」
「いやいや、お前自分の今の仕事量考えろよ。授業、課題、バイトといった普通の生活にプラスして、古文書からの情報収集、材料の採取、武術の訓練。そんじょそこらの学生ならぶっ倒れるわ、下手すりゃ過労死だ。お前が倒れたらリュビスが心配するし不安になるだろ、勿論俺も。一人で全部やろうとするなって何度言ったら分かるんだよ」
「……すまない」
サフィールの言う通りだ。
一度スケジュールを見直して心身の負担が少ない計画を立てた方が良いな。
無理をすると前みたく体調を崩す。そうなったら作業に遅れが出て事件解決が遠のく。
「自分の身体は大事にしろよ。今まで組織の奴らに何度も殺されかけて、いつ何が起きてもおかしくねぇんだ。だからせめて自分から死に近付くようなことはするな」
「あぁ、分かった」
「まぁそんなことしたら殴ってでも止めるけどな」
本当に、頼もしい親友だ。
「なぁアメティス。俺達には新郎の衣装の回収だの邪神退治だの、今まで以上に激しい戦いが待ってる、死ぬかもしれねぇ。そのもしもが、来る前にリュビスに自分の気持ちを言った方がいいんじゃねぇか?」
足を止める。
どうするべきか既に決めているのに、改めて問われると自分の中に迷いが生じる。
一番近くで彼女を支え共に生きたいという欲望が溢れてくる。
まただ、抑えなくては。
俺は泥棒だ、汚れた手のままでは彼女の側にはいられない。
彼女は俺の罪を知っても友人・幼馴染みという関係でいてくれる、そしてこれからも縁を切らずにいてくれる。それ以上は求めてはいけない。
「事件が解決しなければ、もしくは途中で死ねば何を伝えても無駄だ。それに俺は何度も罪を重ねている。その償いを終えるまで告げる気は無い」
「そこは、ヤバい目に遭った時『まだアイツに言いたいこと言えてねぇのに死ねるか!』って自分を奮い立たせるためとか、こう、ポジティブ寄りの理由答えろよな。兎に角、お前の考えが梃子でも動かねぇってことは分かった。まぁ、後悔すんなよ」
「あぁ」
再び歩き出す。
講義室でリュビスと合流し訓練場に戻った。
時間が許す限り的に矢を射続けた。




