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青薔薇の花泥棒 二話「怪盗と青薔薇」

 かつての俺の家の中に入る。地下へ続く階段を下り、物置部屋の電気を点けて更に奥に行く。

 壁のスライドパズルを慣れた手付きで弄ると、ガチャと音が鳴る。壁を押すと一部が回転する。

 その先で、黒い服を着たマネキンが本棚の横に並んでいる。

 また俺は罪を重ねなければならない。決して許される行為ではない。

 でもやらなければ今世間を脅かす事件、花の精霊の神隠しより酷い何かが起こる可能性がある。

 父さんの手掛かりを得る機会も、神隠しを終わらせる方法を知る機会も失うかもしれない。

 これしかもう手段が無い。自分に言い聞かせる。震える手を握りしめ、深呼吸をする。

 準備を始めよう。

 武器を壁に立て掛け、今身に着けている服を脱ぎ、マネキンの服を剥ぎ取る。

 まず、灰色のワイシャツ、黒のベスト、白いネクタイ、黒のタキシードに着替える。

 襟を黒い羽根で飾り付けたマントを肩に掛け、黒い手袋を嵌める。襟と同じ羽根飾りが付いた白黒の市松模様の仮面で顔の上半分を隠す。最後に黒のシルクハットを被る。

 仮面が外れないことと、ポケットやマントにしまった道具があることを確認する。

 よし、問題無い。着替える時に取り外した二本の剣を再び腰に差す。

 二階まで上がり、窓の外を覗く。

 誰もいないな。

 認識されにくくする魔法と、俺が立てる音を消す魔法を掛ける。

 窓枠に立ち屋根に手を掛ける。足下を蹴って屋根に登る。

 屋根を伝って月明かりの下を駆け抜ける。ある程度進むと下に人がちらほらいるのが映る。

 移動中は一度も見つかったことは無いが、注意しなければ。

 万が一誰かが屋根に来たら即通報される。

 半径十数歩以内の範囲に人がいたら、魔法は意味を成さない。

 今俺が捕まるわけにはいかない。

 何度も肝に銘じる。

 道中警官が何人か見えたが、全員暴漢や酔っ払いの相手をしている最中のようで俺に気付く気配は無かった。

 特に何も起こらず、予定通りに目的地に着いた。

 シェンベル美術館、この建物の入口や窓には警官が何人もいる。当たり前だな、予告状出したし。

 でも前回より数が少ない、神隠しでまた人手が減ってしまったのか。

「間もなく怪盗ヴォルール・ド・マリエが予告した二十時になります!」

「分かっている! 美術館に入れさせるんじゃないぞ、真実のネックレスを守れ!」

 ここからでも分かる声量で警官が連絡を取っている。

 申し訳ないがネックレスは盗ませてもらう。

 人気の無い小道に着地する。警官は駆け寄ってこない、気付かれていないな。

 俺の前には窓も扉も無い、一見侵入できそうな箇所が無い壁がある。

 目立った異常の無い場所には人を回せなかったようだ。人が消えてしまったことは気の毒だが、好都合だ。

 壁を調べる。この辺りにあった筈。向日葵と歯車の金細工に触れる。

 この美術館は数百年前、何処かの貴族の屋敷だった。昔の屋敷は何かに襲われた時逃げられるように、隠し扉や隠し通路が設置されている。それを開ける仕掛けは目立たない、だから警官も気付かない。同時にまた見つけるのも面倒だ。ダミーの金細工が多すぎて何処にあるか忘れてしまう。

 壁の左側を飾る歯車の一つに指を掛ける。回転した、これだ。

 今の歯車の周りの金細工を弄ると向日葵の周りを囲む四つの歯車が動く。

 さらに向日葵を上にスライドすると、色とりどりに光る九つの魔法石のボタンが現れた。

 一週間前の深夜の記憶と、図書室の奥で埃を被っていた歴史の資料の文章を思い出す。 

 まずは白いボタンを押す。次にさっきの歯車を右に三十度回す。

 緑、紫、黒、左下の歯車を右に百八十度、右下の歯車を左に六十度、橙、青、藍、左上の歯車を左に二百七十度、最後に赤と紫を同時押し。

 細工のすぐ下の壁が静かに横にずれる。上手くいったようだ。

 しゃがんで開いた穴に入る。

 普通に立って歩けるくらいの広さはあり、光る魔法石が誘導灯として中を照らしている。

 右側の壁にはレバーがあり下すと入口が閉まった。誰かが入ってきたら厄介だ、塞いどくか。

 なるべく迅速に、かつ慎重に移動する。

 この空間があってよかった。前みたく、警官に変装して紛れ込むのは骨が折れる。幻覚魔法で服や顔を模倣して侵入することも何度かあったが、魔力と時間と他人との距離の管理が面倒だった。

 行き止まりか。

 壁に親指くらいの大きさの覗き穴とつまみがある。目の前にあるのは引き戸か。

 覗き穴の先では警官が二人見回りをしている。部屋の大きさに対して人が少ない。タイミングを見計らって出れば気付かれないだろう。

 あと五分程で魔法が切れる。認識と消音の魔法をもう一度掛ける。

 魔力は余裕がある。脱出するのに十分すぎる量だ。

 鍵を捻り少しだけ扉をずらして様子を窺う。警官はこちらに視線を向けていない。

 二人とも別の展示室の入口または出口の方に行く。ここから離れていく。

 今だ。

 外に飛び出してすぐ近くの美術品に隠れる。

 この部屋は彫刻展示室のようだ。身を潜めながら動くのに丁度いい。

 サクトゥリヒ・シュテラ文明工芸品展示室まで急ぐ。

 可能な限り絵画展示室に通らないルートで進む、あの部屋は障害物が少なく見つかりやすい。

 ショーケースと展示物を利用しながら進む。目的地に近付くほど、警官の数が増えていく。

 視線と懐中電灯が俺の姿を捉えそうになったら、美術品の後ろで動きを止める。

 静と動を繰り返す中、あるものが映った。

 照明と十人近くの警官に囲まれたショーケース。

 隙間から銀色の宝石を輝かせたネックレスが見える。

 あれだ、真実のネックレス。

 盗み出すには無色透明なガラスの蓋をどかさなければならない。

 その為には警官の視線をガラスケースから逸らさせる必要がある。

 まずは幻覚魔法で退かしてみるか。駄目だったらあまり気は乗らないが、火災報知器やスプリンクラーを弄って誤作動を起こさせるか。

 ネックレスの姿形、特徴は予め記憶している。この距離なら魔法は使える。条件は満たしているな。

 呪文を唱えて本物のネックレスに幻のネックレスを重ね、その後すぐ本物を見えなくする。

 幻を操りケースをすり抜けさせる。宙で舞わせて、警官の視界に入るようにする。

 一人の警官は幻とガラスケースを見比べた後、目を見開き、口をあんぐりさせる。

 空っぽのケース。暗闇の中、宙に浮きながら青い光を発するネックレス。

「まずい、怪盗ヴォルール・ド・マリエだ! ネックレスが盗られる、追いかけろ!」

 彼の声で一斉に幻に向かって走り出す。

 時間を稼ぐ為に、手を伸ばしても届かない高い位置に幻を動かし、疾風のごとき速さで美術館を駆け抜けさせる。

 今のこの部屋は俺と美術品だけになった。

 ガラスの蓋には鍵が掛けられている。

 タキシードの裏地に入れていた針金や工具を取り出す。

 多分警報器がある。ますそれの電源を切るか。

 ネックレスの下にある金属の台、足下近くにネジが四本締まっている。これが警報器だとは言い切れないが、これくらいしかそれっぽい物が無い。

 ドライバーでネジを回し、ネジと蓋を取る。中には複数の歯車とスイッチ一つと緑に光る電源ランプ一つ。隠し通路の仕掛けよりずっと簡単そうだ。

 歯車を回していく。音がしたら次の歯車を弄る。全ての歯車を正しく動かした後スイッチを押した。ランプが消えた、これで警報器は機能しない。

 ガラスの蓋と台を繋ぐ鍵穴に針金を差し込む。何も鳴らない、大丈夫のようだ。

 針金を何度か押し下げて回す。よし、音が鳴った。成功した。

 蓋を持ち上げネックレスを手に取る。

 銀細工に嵌め込まれた銀の宝石、無毒化された水銀には光る青薔薇の模様がある。

 本物だ。

 タキシードの裏地にネックレスをしまい、辺りを見渡す。

 ……アイツらは今回も現れないようだ。

 もうここに用は無い。さっさとずらかる。そろそろ幻が消える頃合い、警官達も戻ってくる。

 来た道を引き返す。警官が数人増えている。

 さっきの隠し扉を通るのは無理だ。屋根を伝って逃げるか。階段のある部屋に進む。

 部屋が明るくなる。ガラスケースが本当に空になったのを発見されたか。

 一気に七階まで駆け上がる。

 屋上への扉はピッキングが必要、時間が掛かる。窓から屋上へ行く、そこまで急ぐ。

 曲がり角から警官が一人飛び出してきた。

 ぶつかる。

 跳んで宙を前転して彼女の頭上を通り床に降りる。回避はできたが、これはまずい。

「いたぞ! 怪盗ヴォルール・ド・マリエだ!」

 彼女の咆哮が耳を劈く。

 半径数メートル内に入られて魔法が解けた。他の警官も駆け付けてくる。

 速度を上げたため十分な距離はできたが、これだけいると窓から脱出するのは難しい。

 少し先で道が三つに分かれていた筈。そこで魔法を使えば何人かは撒けるかもしれない。

 分かれ道が見えてきた。

 呪文を唱えると白い濃霧が辺りを漂い始める。白と黒の霧が混ざる中そのまま中央の道を行く。

「奴は何処を通った?」

「とりあえず複数に分かれろ!」

 俺の姿は霧が完全に隠してくれたようだ。

 窓が視界に入った。このまま突っ切る。

 窓を開け鉄の窓用手すりの上に立つ。ジャンプして屋根の上に手を付き、手すりを蹴る。身体の前後軸は地面と水平になった後垂直になり。足は円を描くように宙を動き頭上を通る。

屋上に着地するや否や走り、赤いレンガの屋根に飛び移る。

 警察は追ってこない。今頃階段に引き返しているだろう。鍵を開ける時間も考慮すると、彼らが屋上に来る頃にはかなり距離ができている筈だ。

 このまま突き進んでいく。



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