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青薔薇の花泥棒 二十八話「月明かりの貴女と勿忘」

 大学生活や情報収集などで忙しくしている間に満月の日が来た。

 夜、双剣が収まるような横長の透明な箱を物置から引っ張り出す。

 宝具を清める為に必要な物を持ってリュビスの家のバルコニーへ出る。

 寒風が肌を撫でる。さっさと準備するか。

 箱に薬を注いだ後、分解した双剣と青薔薇を浸していく。次に容器を月光が一番当たるところまで運んでいく。ここまでやったらあとは待つだけだ。

 一度中に戻る。終わるまでバルコニーの側で古文書の翻訳をしていく。

 赤い表紙の本を捲っていく。どうやらこれは邪神の配下についてのようだ。

 配下は三体。どの配下も人と何かしらの動物を組み合わせたような容貌をしているそうだ。

 一体目は孔雀、二体目は狐、三体目は蠍のようだ。

 花嫁衣装や新郎の衣装が無くてもこれら配下達には攻撃が通用するらしい。つまり、今の俺達でも戦うことができる。それを知って安心した。これでリュビスと選ばれたもう一人の人物の負担を減らせる。

 読み進めていく。次の内容はこれらの特徴や戦闘スタイルについてのようだ。

 解読しながらノートに整理していく。

「アメティス、お茶入ったよ」

 孔雀の配下についてある程度纏めたところでティーカップが前に置かれた。

 仄かにベルガモットの匂いがする、今日はアールグレイのようだ。

「ありがとな」

「あとね、アップルパイもあるの。食べながら休憩しよ?」

「あぁ」

 夕方に買ったパイがカップの横に並べられる。

 一時間近く古文書と格闘していたからな、少し脳を休めたい。ノートを閉じてペンをフォークに持ち替えた。

「いただきます」

 目の前のパイは横に添えられたバニラアイスが溶けるほど温かいようだ。

 パイの底のスポンジの上にはカスタードが塗られており、さらにその上に大きめにカットされた林檎の甘煮がぎっしりと詰まっている。

 幾層も重なった生地にフォークを入れてそれを口に運ぶ。林檎の甘酸っぱさとカスタードの甘さが絡み合ってとても旨い。

 アイスを乗せるとまろやかになってこれもまた良い。

「ふふっ、食べる手がずっと動いてる。そんなに急いで食べなくてもパイは逃げないよ」

 気付くとパイは半分近くが消えていた。

「これ、本当に美味しいね。アメティスがそうなるのも納得かも」

 リュビスは目を細めながらパイを口に運んでいく。口に含む度に目を輝かせている。

 茶を飲みながら授業や互いの趣味などの何てことない雑談をしていく。

 そんな中、彼女の顔が窓の方へ向いた。

「綺麗な満月だなぁ。あ、そういえば宝具、どうなったんだろう。ちょっと見てみようよ」

「そうだな。もしかしたら清め終わったかもしれないからな」

 ガウンを羽織ってベランダに出る。

 宝具の近くに寄ってみる。双剣の鞘に青薔薇と青い蝶の模様が浮かび上がっている。その側で浸けていた薔薇の花弁は青から透明に姿を変えていっている。中央の花弁はまだ青いようだが。

「パッと見た感じ順調そうだね。始めたのって一時間半くらい前?」

「あぁ。この様子だとあと十分から二十分くらいで終わりそうだな」

「それなら鏡と次の青薔薇の準備をした方がいいね。取ってくるよ」

「頼んだ」

 彼女は早足で部屋に入っていく。数分も経たないうちに手鏡、薔薇、薬瓶、蓋付きのガラスの箱を両腕に抱えて戻ってきた。

「お待たせ。早速やっちゃおうか」

 箱に薬を注いで薔薇と鏡を入れる。あとは月光に当てるだけだ。

 用意した後、リュビスは双剣の前でしゃがんだ。その視線は青薔薇の方に向いているようだ。

 その姿を月明かりが照らしている。彼女の美しい顔が淡く優しい光に包まれている。その紅い瞳は本物のルビーのように、その白い肌は陶器のように映る。まるで一枚の絵画だ。とにかく、俺の乏しい語彙では表現しきれないほど麗しい。

 っていや、見とれている場合じゃない。彼女が凝視しているということは花に何かあったのかもしれない。取り敢えず訊いてみるか。

「どうした? そんなに花を見つめて、何か異変でもあったか?」

「いや、本に書いてないことは特に起きていないよ。ただ、綺麗だなぁって。透明になった薔薇が月光を反射してて、まるでガラス細工みたいで」

「そうか。問題が無いならいいんだ」

「あ、もしかして勘違いさせちゃった? ごめんね」

「謝る必要は無い。つい目を奪われるほどこの花が綺麗なのは事実だしな」

 透明な花なんてなかなか見れないからな。興味を持つのも分かる。

「そういえば、こんな感じの花、女神像の最初の謎解きの部屋にあったな。悠徳蓮、だったか?」

「あぁ、あれね。あの花も、いや、あの謎解きで使った花全部綺麗だったよね、あの時はそんなこと考える余裕なんて無かったけど。今思い出すと、花が置いてあった場所が宝石箱の中身みたいだったなぁ」

 リュビスの言う通り、あそこにあった色とりどりの花々は宝石のようでもあった。光の反射によるものなのか、輝きを纏っていた。

「できることならもう一度見に行きたいけど無理だよね、花は残らず全て消えてしまったし」

「全く同じ光景となると無理だろうな。だが一種類ずつなら可能性はある。花が絶滅していないのなら、植物園や森などの何処かにはあるだろう。現代の専門的な図鑑を読めば絶滅してるか否か、生息地くらいは判明するだろう」

「うん、そうだね。いつか神隠しを解決して全てを終わらせたら、あの時の花を二人で探しに行きたいな」

 いつか、か。それはいつのことを指し示しているのか、邪神を倒した後なのかそうでないのか、今の発言だけでは分からない。それに、どちらであろうとそれができるのは遠い未来だということは変わらない。

 こんなことをそのまま口にしたら彼女の気分を暗くするのは明白、今の言葉を呑み込む。が、変わりの言葉が思い浮かばない。適当なことは言いたくない。

 返答を模索しそれが出てきたところで、少し強い風が肌を撫で、髪を乱した。辺りが冷気に包まれる。彼女が一つくしゃみをした。

「このままじゃ風邪を引く。早く鏡を月光に当てるぞ。双剣はもう退かしても大丈夫そうか?」

「うん。薔薇が茎も含めて完全に透明になっているから中に持っていっても問題無いよ」

 十二本の薔薇全てが彼女の言った通りの姿になっている。

 また、その隣の双剣の刀身に目をやると、それ全体が薄らと青みを帯びていることが分かる。先程の確認した時はまだ銀色だった。それが変化したことからも十分清められたと判断することができる。

「了解。双剣は俺が運ぶから鏡の方を頼む」

「分かった」

 双剣が入った箱を抱えて部屋の中に入る。

 少し後で窓が閉まる音がした。鏡を置き終わったのだろう。

 部屋の奥で剣に付いた薬を拭き取り、普段使っている道具で手入れをしていく。数千年の時を経ても錆や欠損が全く無かった剣、神が作った武器には必要無いのかもしれないがやらないと落ち着かない。使った後は手入れ、それが習慣になっているからだろう。

 山積みの古文書を尻目に作業を進めていく。

 よし、こんなものだろう。

 双剣を再び組み立てていく。

 できた。これで問題無く振れるだろう。

「アメティス、そっちは終わったところ?」

「あぁ。本の方、任せっぱなしで悪かったな」

「それくらいのことで謝らなくても。私は剣とかの武器を扱わないけど、万全な状態で戦う為にそれが大事だってことは理解しているから」

「そうか。ありがとな」

 情報収集の為読みかけていた本を手に取った。

 ページを開こうとした時、先程の返答のことが頭を過った。

 先程の風であの話題は終了したため、別に言う必要性は無い。彼女が少し落ち込む可能性もある。

 しかし伝えておきたいという気持ちがある。言わなければ、俺が償いをしている間に彼女の記憶の中から俺が徐々に消えていってしまいそうで。そう思うと酷く寂しくなる。

 彼女を困らせると分かっているのにその欲は膨れ上がっていく。

「リュビス、さっきの話なんだが」

 気付いたら口が動いていた。

「それって、いつか二人で花を探したいって話のこと? もしかして乗り気じゃなかった?」

「いや、行く気は勿論あるし、楽しみにもしている。ただ」

「もし、それができるようになるのが十年、二十年、それ以上先になったとしても一緒に行ってくれるか?」

「えっ、行くよ、当たり前じゃない。どうしてそんなこと訊くの?」

「俺達は遺跡泥棒などの罪を償わなければならない。三人の中で一番罪を犯している俺は二人より刑期が長くなるだろう。刑期が終わるまでの間にお前がそれを忘れてしまったり、何かしらの理由で行けなくなったりするかもしれない。そうなったら、悲しいからな」

「成程、そういうこと。大丈夫、ちゃんと忘れないように覚えとくから、ノートとかに書き残してね。そこに向かう方法も考えるから。勿論アメティスが帰ってくるのも待つから、それがいつになろうとずっと。だから安心して」

「あぁ。……ありがとな」

 その言葉で心が温かくなる。中でも、俺が帰ってくるのを待つ、この言葉が一番嬉しかった。

「さてと、そろそろ情報収集を進めなきゃ。早く事件を解決しないと、いつまで経っても探しにいけないからね。他の楽しいことも、皆で何かすることもできないし」

「そうだな」

 事件をどうにかしなければ今日話したことはいつまで経っても叶わない。

 会話を切り上げて作業に戻る。

 ただ黙々と読み進めていく。

「ねぇ、アメティス。ちょっといい?」

「ん? どうした?」

 彼女が見せてきたページを覗き込む。そこにはある物の絵が載っている。

「これ、宝具のワイングラスか?」

「そう」

「場所や謎解きとかの情報はもう訳してるか?」

「うん。場所は街から東に四十キロ離れた廃教会。迷路によって守られているみたい。迷路は櫛があった神殿と似たような感じだよ」

「比較的近い位置にあって、危険性も低い。奴らが回収しているかもしれないな」

「でも、まだ先を越されていない可能性もあるよね」

「あぁ。兎に角、確認しに行った方がいい。準備ができたら明日にでも向かうぞ」

「分かった。このことサフィールにも伝えとくね」

「頼む」

 彼女が連絡している間に廃教会のページを読み込んでいく。

 邪神がいる教会の鍵の一つである銀世界のティアラ、宝具の櫛が既に奴らの手中にある。そこにワイングラスが加わるとさらに厄介なことになる。

 奴らから三つのアイテムを盗む、それが過酷であることは明らかだ。最悪命を失うかもしれない。

 宝具がまだ廃教会に残っていることを祈りながら情報を纏めていった。

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