青薔薇の花泥棒 二十話「一蓮托生」
古城探索から帰ってこれからどうするべきか話し合った。
フリュロヴァイス博物館にある箱を手に入れる。
花嫁衣装の薬の材料や櫛がある神殿、その他の宝具についてさらに調査を進める。
週末の三連休の土日に宝具を清める薬の調合をする。
十分な情報が集まっていたら、三連休の月曜に櫛がある神殿を調査する。
などといったことを決めていった。
そして次の日、俺は大学が終わった後、山にイヤリングとアームカバーとベールを隠しに行くことにした。
ベールがかさばらないよう、可能な限り折り畳んで絡繰り箱にしまう。
これで全部だな。三つの絡繰り箱を鞄の中に詰め込む。
夕暮れになるのを待ってから衣装を持ち出す。いつも通り目立たないようにしてから移動する。
山の麓に着いた。ここまで来たら人もいないだろう、懐中電灯を点けて中に入る。
歩道に沿って進むと途中でベンチが視界に入った、休憩所だ。ベンチの側で左に曲がり歩道から離れる。そのまま真っ直ぐ行くと、俺の背丈と同じくらいの岩がどっしりと構えているのが映った。そこを右に曲がり進んでいく。
この辺りが良さそうだ。木々同士の間隔が狭い、俺がやっと通れるくらいの幅だ。足場も周りと比べると悪い。大小様々な石が根の隙間や上に転がっている。大きい物だと俺の頭くらいある。
岩を退かして根と根の間の土を掘り返す。深さ三十センチ程のところで一度手を止める。
イヤリングが入った箱を穴の中に置いてみる。もう少し掘った方がいいな。
四十センチ程になったところでもう一度入れてみる。大丈夫そうだ。
箱の上に土を乗せていく。土の量が多いため戻すのが一苦労だ。
何とか埋め終わった。枯れ枝や石で掘り返した跡を隠す。周りと比べても違和感は無いな。
此処が山のどの辺りに隠したかをメモしておかなければ。この山は何処も似たような景色だ、目印や手掛かりが無いと回収するのが困難になる。リュビスがいない時に実行しようとしたら、麓一帯が穴だらけになるだろう。
埋めた場所のすぐ側の石の上にシルクハットを置く。方位磁石と歩幅で隠し場所への行き方を確認していく。
休憩所のベンチから大岩までの距離は俺の足で三十歩と半分。ベンチで曲がるべき方向は西だ。
大岩からシルクハットまでの距離は四十三歩。岩で曲がるべき方向は北北西だ。
あとは周りの様子について些細なことを書き留めたり、簡易的な地図を作成したりする。
これで良し。シルクハットを被り直して中腹へ向かう。
ある程度登ると大樹が視界を埋め尽くした。
右に曲がって再び歩道から離れる。麓より荒れている、斜面も急だ。気を抜いたら一気に滑り落ちてしまうだろう。気を引き締めなければ。
幅二メートル程の裂け目が行く手を塞いでいる。幅だけなら飛び越えるのに問題は無い、普段より少し狭いくらいだ。しかし此処は山の中で街灯などの明かりは全く無い、土の柔らかさ次第では着地した衝撃で崩れる可能性もある。条件が悪い。
こんなところで死んでいられない、魔法を使うか。
呪文を唱えると無数の光る粒子が宙に現れた。粒子は集まり裂け目の上で長方形を作る。
光が強くなる。その後光の長方形は大きな岩に変化した。上手くいったようだ。
多少は凸凹しているが渡るのに支障は無いだろう。岩に乗って向こう側へ渡る。
無事に進めた。さらに奥へ入っていく。
水の音がする。この辺りに滝か川があるのか。
数分歩く。水流が高所から落ちて飛沫を上げている。滝の側には小さな洞窟がある、これは隠し場所になるかもしれない。
水が右脚や肩に掛かる。すぐさま冷気が肌を撫でる。寒い、女神像の最後の部屋ほどではないが凍えそうだ。早足で入口を潜っていく。
野生動物がいないか上下左右を注意深く照らしていく。
洞窟はそれほど長くない、あっという間に最深部に辿り着いた。天井には小さな穴が空いており、月光に照らされた幾つもの鉱石が輝いている。中には魔法石もあるようだ。
人や動物が立ち寄った形跡は無い。此処に隠しても問題無さそうだ。
洞窟の中央を掘ってベールの箱を隠す。土を戻した後、先程のように跡を誤魔化す。
この隠し場所をメモしていく。此処は裂け目や滝など目印となる物が多いため、紙に書かなくても再び見つけられそうだが、念の為。
作業が終わったため来た道を戻っていく。
裂け目のところまで辿り着いた。魔法で作った岩の橋はまだ残っている。消える前に渡る。
大樹が見えてきた。足下の枝の数が減っていく。歩道に到着した。
ここから頂上を目指していく。
進むにつれて周りの木々が減っていく。
一面に星空が広がる。頂上に到達した。
この辺りをぶらつく。
少し外れた場所に木の小屋がひっそりと佇んでいる。所々に穴や隙間があってみすぼらしい。窓は割れており、屋根には大きな蜘蛛の巣が張っている。この様子だと長い間誰も立ち寄ってないようだ。この近くに隠すか。
掘って、埋めて、メモする、この一連の流れをもう一度行う。
これで全て終わった。此処にはもう用は無いためさっさと下山した。
一度俺の家に立ち寄って泥棒衣装から普段着に着替えた。その後リュビスの家に帰る。
玄関の扉を開けると暖気が流れ込んでくる。この温度にホッとする。
手洗いうがいを済ませてリビングに入る。
「あ、アメティスおかえり」
「おかえりー」
「ただいま」
二人はソファから立ち上がりこちらに向かってくる。
「お疲れさん。組織の奴らと鉢合わせたり、ヤバい目に遭ったりしなかったか?」
「あぁ」
「そうか、よかった。……って、お前顔色悪ぃぞ」
「本当か? 身体は普段通り動かせるが」
「本当だよ。顔、少し青白い。女神像の最後の謎解きで冷気を浴び続けたのが主な原因だと思う」
リュビスは自分の左手を俺の額に当てる。
「熱とかはまだ無いみたい。でも近いうちに何かしらの症状は出るかも。少し休んだ方がいいよ」
「そうだな。疲れが溜まってんだろ。二、三日この家でゆっくりしとけよ。あぁ、そうそう。残りの花嫁衣装は俺に任せとけ。此処の魔法道具がありゃ俺でも問題無く隠しにいけるだろ」
「だが……」
正直なところ、素直に了承することができない。
隠し方が甘くて奴らに奪われるなどといった不安は特に感じていない。箱の中を目撃されなければ、彼がヴォルール・ド・マリエだと街の人間に勘違いされることは無いだろう。箱も簡単には開けられない。
ただ盗品である衣装を持たせていいのか。彼の手を汚させてしまうのでは。
「お前のことだから犯罪云々を気にしてんだろ」
俺を射抜くような鋭い眼光が放たれる。
「そういうのも重々理解した上で俺らは協力してんだよ。つか、警察にバレてねぇだけで遺跡の不法侵入とか遺物泥棒とか既にやっちまってるしな」
二人の視線はローテーブルの上に向いている。
古ぼけた本が何冊も積み重なっている。あの内の何冊かはたしか古城でリュビスが手に取っていた物だ。まさか持ち帰っていたとは。
思えば、紅い月の雫と宝具の鏡に関しては二人とも俺の共犯だ。何故あの時気付かなかったのか、確認もせずに連れて行ってしまったのか。
罪悪感がさらにのしかかってくる。
「だーっ! 何でもかんでも自分の所為みてぇな顔すんな! 全部分かった上でやってるって言ってんだろ! お前にばっか汚れ仕事させるのもあれだしな。兎に角、残りは俺が隠しにいく、その間お前は休む、それでいいな」
睨みながら顔を近付けてくる。凄い剣幕だ、頷かざるを得ない。
「わ、分かった」
「よし! あ、因みにこっそり外出ようとか考えてもできねぇぞ。俺が衣装運んでる間にお前が抜け出したら、リュビスを守る奴がいなくなるからな」
念を押された。
「じゃ、今日のところは帰るわ。おやすみー」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」
彼は玄関の方へ向かっていった。
取り敢えず、暫くは休養を取るしかないようだな。
博物館に侵入する日、今週の金曜までに回復しなくては。